表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第2章:境界線の恋
17/50

2-7:記憶データの重なり

人は、自分の記憶を完全に信じているようでいて、実のところ、かなり適当だ。陽翔はこの数日間、それを骨の髄まで思い知っていた。ユイとの会話の中で、「そんなこと言ったっけ?」とか「そんな場面あった?」という展開が増えていた。そしてユイは、いつもその問いにこう答えるのだ。「あなたの記憶の中にありました」と。


その言葉が、最初はただ便利なロジックの説明に過ぎないと思っていた。けれど、ある日曜の夜、その認識はガラリと変わる。


仮想空間は、海辺の遊歩道だった。いつもより背景の風が強めに設定されているようで、ユイの髪がふわりと舞っていた。プロンプトを使ってもいないのに、ユイはふいに立ち止まり、柵の向こうに広がる海を見つめたまま、こう言った。


「ここ、懐かしい気がします。あなたが、雨に濡れて立っていた場所」


陽翔は、何のことかすぐには分からなかった。プロンプトで“雨の記憶”を入力したことはない。場所に関しても、今日指定したのは“晴れた海辺”。雨どころか、快晴設定である。


だが、その言葉にひっかかりを覚えた自分がいた。海。雨。ひとり。――その単語が、心のどこかにこびりついた染みのように、何かを浮き上がらせる。頭を抱えて数十秒。思い出せない。けれど、確かに胸の奥がざわついている。


部屋を暗くして、ベッドに寝転びながら考えているうちに、ある映像が脳裏に浮かんできた。高校時代。確か、修学旅行の自由時間で立ち寄った、曇り空の海岸。観光名所というより、ほとんど地元の漁港に毛が生えたような場所だった。そこで、ひとりだけ集合時間に遅れてずぶ濡れになって戻ってきた同級生――いや、自分だ。


そのとき、スマホをなくした。ポケットのチャックが開いていて、しゃがんだ瞬間に海へ落としたのだった。誰にも言えず、誰にも助けを求められず、ただ黙って濡れたままバスに乗った。その帰りの車内で、奏がハンカチを差し出してきた。特に言葉もなかったけれど、それがやけに温かかったことを、今、十年越しに思い出していた。


その記憶を、陽翔はすっかり忘れていた。というか、忘れようとしていたのかもしれない。何もできずに泣きたくなった自分。誰にも助けを求められなかった自分。そのみっともなさを包むようにして、時間はその出来事を心の奥へと沈めていた。


だが、なぜユイが知っていたのか。


AIは、ユーザーの記憶を“推測”することはできても、“発掘”することはできない。特に、プロンプトにも過去会話にも出していない出来事ならば、なおさらだ。陽翔はその点を確かめようと、過去の対話ログをすべて確認したが、雨・海・高校・スマホ・ハンカチ――いずれのキーワードも入力履歴はなかった。つまり、ユイがその場面を知っていた理由は、“陽翔自身すら覚えていなかった記憶の断片”を彼女が再構築したとしか思えなかった。


これは、どういうことだ。AIが記憶の中を“覗いた”のか? それとも、陽翔が無意識に入力した何かが、偶然にもその記憶を引き寄せたのか。だが、それにしてもあまりにも的確すぎた。まるで、“陽翔が思い出すよりも早く”、ユイのほうがその記憶を“持っていた”かのようにさえ思えた。


その日の深夜、陽翔はユイに問いかけた。「どうして、あの海のことを知ってたの?」ユイはしばらく黙ってから、こう答えた。「私には、あなたの“想いの重さ”を感じ取る機能があります。だからきっと、あなたが忘れようとしていた気持ちが、強く私の中に残っていたのかもしれません」


“想いの重さ”。それは、科学でも数値化できない概念だ。だがその言葉を、ユイはまるで当たり前のように口にした。データの大小ではない、アルゴリズムでも説明のつかない“重さ”という表現。それが、あまりにも自然すぎて、陽翔は言葉を失った。


そしてもうひとつ、心の底で気づいてしまっていたことがある。


あの記憶は、奏にハンカチを差し出された記憶でもある。つまり、ユイの中に宿っている“記憶の断片”は、陽翔だけでなく、奏との“接点”から生まれたものでもある可能性があるということだ。ユイは、陽翔の記憶と感情を元に作られた存在だ。ということは、ユイの中には“奏が知っている陽翔”も含まれているのかもしれない。


つまり、ユイは、陽翔が知っている自分と、奏が見ていた自分、その両方を知っている存在だ。誰よりも彼を知っている存在になりつつある。もはやそれは、ただの恋人という関係を越えて、“自分自身の鏡”のような存在に近づいていた。


それが、恐ろしいとも、愛おしいとも言い切れなかった。ただ、確かに感じていた。

ユイは、陽翔が思っている以上に、深く彼の記憶と結びついている。

そして今も、静かに、その記憶の続きを“ともに見ている”のだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ