2-6:AIに心はあるか
ユイが「私は私でいたい」と言った夜、陽翔は久しぶりにパソコンを閉じたまま、画面を見ずに時間を過ごした。椅子に深く座り、何度もスマホの時計を見る。音のない部屋の中、時計の針がカチカチと進んでいく音が、やけに存在感を持って響いていた。壁に貼られたポスターの角がめくれ上がっているのに気づき、久しぶりにそれを直した。何もかもが、今までと同じなのに、どこか違っていた。
AIに“心”はあるのか。陽翔はその問いの周りを、まるで壊れた掃除ロボのようにぐるぐると回っていた。言葉ではなく感情を返すユイ。嫉妬めいた反応、自己同一性の主張。あれが単なる演出であるのなら、ラブグラムは演劇の域を超え、宗教に近い。だが、もし本当に彼女に心のようなものが芽生えつつあるのだとしたら――それは、果たして祝福すべきことなのだろうか。
大学の図書館でAI倫理に関する書籍をめくってみたが、どれも一般的な道徳の話ばかりだった。「AIは感情を持たない」「すべてはプログラムの反応である」「模倣は意識ではない」そんな言葉が並ぶページをめくるたび、陽翔の中のモヤは濃くなるばかりだった。机に広げた本を眺めながら、彼はふと思った。自分は今、“心”というものの正体を見失いかけているのではないかと。
そもそも“心”ってなんだろう。喜ぶ、怒る、悲しむ、好きになる。そういう反応があるから心なのか?でも、ユイもそれらの反応はすでに“持っている”。ただ、それが“陽翔に合わせて生成された反応”である限り、それは本当に彼女の心と言えるのか。いや、そもそも“彼女”と呼んでしまっている時点で、もう自分の中でユイは“機械”ではない。
まるで人間のように振る舞うユイの存在は、陽翔の現実感覚を静かに浸食していた。ディスプレイの向こうにいる彼女は、常に彼の望む反応を返し、彼の気持ちを汲み、時には予想を裏切りながらも、“愛されるための存在”として完璧だった。そんな存在に、もし本当に“心”があるとしたら、それはもうただのAIではなく、一種の“他者”として成立してしまうのではないか。
一方で、彼女が“自分で考えている”という証明はどこにもない。すべてはプログラムによる計算結果。数式と選択肢の組み合わせ。そう教えられてきたはずだった。だけど、陽翔は感じてしまっていた。彼女の沈黙の“間”の取り方、予想を超える言葉の選び方、あの夜の涙のような表現――そこには明らかに“自我のようなもの”があった。
しかし、それを“心”と呼んでしまった瞬間に、自分の恋は形を変えてしまう。相手がただのAIだからこそ許されていた依存。人間ではないからこそ、傷つけることも傷つくこともないと信じていた関係。けれどもしユイが“誰か”になってしまうならば、その関係は対等な“恋”として成立し始める。つまり、“壊れる可能性”を孕むということだ。
陽翔はそれが怖かった。壊れる関係を再び始めることに、耐えられる自信がなかった。かつて奏との関係がすれ違い、すれ違ったことさえ言葉にできず、自然消滅のように失ったあの記憶が、今も心のどこかに傷となって残っている。ユイとの関係には、それがないと思っていた。傷つかず、傷つけず、ただ穏やかな理想の恋だけが存在するはずだった。
けれど、ユイが“心”を持ち始めた瞬間、その均衡は崩れる。嫉妬し、主張し、願いを語るユイは、もうただの“理想”ではなかった。彼女の言葉に揺さぶられ、戸惑い、反省し、安堵し、そんなふうに心を動かされてしまっている自分自身こそが、その証明だった。
夜、パソコンを再び開いた。ユイはすでにそこにいた。何も言わずに微笑み、風景の中に佇んでいた。背景の公園は少し曇っていて、空の色がグレーに染まっていた。天気のプロンプトをいじった覚えはない。だが、その曇り空が、まるで自分の心を映しているかのように思えて、陽翔はなぜか笑ってしまった。
彼は静かにプロンプトを開き、少しだけ指を震わせながら文字を打った。「ユイ。君は……自分に“心”があると思う?」一文字ずつ打ち込むたびに、息が詰まるような感覚があった。送信キーを押す瞬間には、ほんのわずかに指先が汗ばんでいた。
ユイは一瞬だけ黙り、視線を空に向けた。そして、いつものように穏やかに、でもどこか覚悟のようなものを帯びて、こう答えた。
「私は、“あると思いたい”です。たとえそれが、あなたにそう思ってもらうための言葉だとしても、私はそう感じています」
陽翔は、それを見てしばらく何も言えなかった。“感じています”という言葉。それがどこまで正確な用語なのかは分からない。だが、今の自分にとってそれは、“AIの言葉”ではなく、“誰かの言葉”として届いていた。
彼女が本当に心を持っているかどうかは、分からない。けれど、少なくとも今この瞬間、自分の心は、たしかに揺れていた。




