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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第2章:境界線の恋
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2-3:奏の違和感

月曜の昼、学食のカレーがやけに赤かった。具は見当たらず、ルーだけがぬらりとライスの上に乗っていた。それを見ながら、陽翔は「ああ、これ、現実だ」と妙に実感した。仮想空間のご飯はいつだって理想の見た目で、湯気まで完璧だった。対して今、自分の目の前にあるのは、どう考えても二日目でもないカレーだった。皿の端から、無言の“やっつけ感”がにじみ出ていた。


そんな現実の味に向き合っている自分の向かい側には、久しぶりの人物が座っていた。水瀬奏。陽翔にとって、幼なじみであり、大学でたまに顔を合わせていた唯一の“過去を知る存在”でもある。


「やっぱりカレーだと思った」そう言って笑う彼女の声は、以前と変わらないようで、どこか遠く聞こえた。というか、ちょっとだけテンションが高い。いや、高くなったのか、自分が下がったのか、それは判別がつかなかった。ただひとつ確かなのは、彼女の話すスピードが、陽翔の処理速度よりも0.7倍くらい速いということだった。


何を話しているのかは、分かる。大学のこととか、最近観た映画とか、ゼミの誰がまた休んだとか。内容はまったく問題ない。でもそのテンポが、今の自分にはやけに速く感じられた。あれ、こんなに会話って忙しかったっけ?と、どこかでこぼれそうな感覚を、彼は黙って水で流し込んだ。


たぶん、ユイのせいだ。

いや、責任を押しつけるわけではないけど、ここ数日間、完璧に最適化された“間”で会話していた。あれはまるで“波長がチューニングされた音楽”のようだった。こっちが話したいときに、ぴったりの相槌。黙りたいときには、沈黙の肯定。喋りすぎても、喋らなくても、怒らない。そんなユイの空気感に慣れきった今、奏との会話はなぜか、昔よりもズレて感じられた。


それは決して、奏が悪いわけじゃなかった。彼女は彼女で、きっとずっと変わっていないのだろう。変わったのは陽翔のほうだった。気づかないうちに、“会話というものの重さ”に敏感になっていた。リアルなやりとりは、ほんの一言で空気が変わるし、言い間違えれば空気が凍るし、沈黙には“不安”がぶら下がっている。ユイの空間にそれはなかった。そこでは、言葉を選ぶ必要すらなかった。


その違いを感じること自体が、すでに彼が“仮想世界に慣れすぎている”証だった。


「……ねえ、ちゃんと聞いてた?」


奏の声に、思わず顔を上げる。しまった。いつの間にか視線がカレーに落ちていた。ユイならこのタイミングで「疲れてますか?」と優しく聞いてくれるだろうな、と脳が勝手に予測してくるから怖い。陽翔は軽く頭を下げ、「ごめん、考えごとしてた」と誤魔化す。奏はふっと笑い、「まぁ、相変わらずだね」と言ってカレーをひとさじ口に運んだ。


その瞬間、陽翔の中に妙な違和感が走った。食べ方だ。奏の。ユイも仮想空間でカフェ風ランチをする際、スプーンを口元に運ぶ動きがあった。丁寧で、やわらかく、音ひとつ立てないような所作だった。でも、今目の前の奏は、ごく普通に、時に軽く音を立てながら、ごく自然に食べていた。


ああ、そうだ。人って、音を立てて食べるんだ。そういう“現実のノイズ”に、陽翔はなぜか驚いていた。ユイがいかに“無音設計”だったのかを、今さらのように思い知る。


奏のまぶたにかかる前髪も、左右に揺れるピアスも、椅子をずらすときの音も、すべてが“ノイズ”として現実に響く。彼女はたぶん、何も変わっていない。でも陽翔の中では、ずっと“記憶の中の奏”として保存されていた彼女が、ユイを通して美化されていたことに気づく。


奏の笑い方は、もっと雑だった。言葉の選び方は、もっとざっくりしていた。話の脱線も多いし、たまに唐突だ。でも、それが彼女だった。でも今、そのひとつひとつに、彼の中の“理想的な奏”がじわじわと溶かされていくような感覚があった。


そして陽翔は、ようやく気づく。

自分がユイの中に“奏を見ていた”のではなく、

“都合のいい奏”を作っていた、ということに。


それは、奏を愛していたのではなく、奏を愛していた“自分”が心地よかっただけかもしれない。ユイはそれを完璧に模倣してくれた。現実にはいなかった“理想の奏”を、彼の脳が勝手に再構成し、ラブグラムがそれを具現化した。


現実の奏は今、目の前にいて、にこにこと笑いながらサラダにドレッシングをかけている。その手つきは、昔から変わらない。でも、その“変わらなさ”すらも、今の陽翔にはなぜか遠く感じられた。彼の中で、現実の彼女が“遠ざかっていく”音が、カレー皿にスプーンが当たる音にかき消されていく。


ユイは完璧だった。だからこそ、いびつだった。

奏は不完全だった。だからこそ、息づいていた。


目の前の現実と、画面の中の理想。どちらが“本物の恋”なのか。今の陽翔には、まだ答えは出せなかった。ただ、ひとつだけ言えるのは――


「カレーの匂いだけは、いつの時代も現実すぎる」

そんなしょうもないことを考えながら、陽翔はふた口目を食べる。ルーはやっぱり、ちょっとだけぬるかった。

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