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AI -生成された君に、恋をした-  作者: ノートンビート
第1章:理想の恋人をください
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1-1:破局の夜

ベッドに背を預けたまま、早瀬陽翔はスマートフォンの画面をぼんやりと見つめていた。時計の表示は、午前2時34分。通知の数はゼロ。誰からのメッセージも着信もないことを確認してから、彼は小さく息をついた。ベッドサイドのスタンドライトが照らす部屋の中には、紙類が散らばっている。未提出のレポート、開きっぱなしの教科書、封も切られていない講義資料。床にはコンビニの袋と空のペットボトルがいくつか転がっている。乱雑とまではいかないが、きちんと整っているとは到底言い難い空間。その無秩序の中に身を沈めるようにして、陽翔はじっとしていた。まるで、時間が止まってしまったかのように。


スマホの履歴から、つい先ほどまで交わしていたLINEのやり取りを開く。画面に浮かぶ最後の言葉は、たった一行。「ごめん、もう無理だと思う」。彼女の名前は、伏せられたまま残っていた。既読がついた瞬間、どこか遠くへ押しやられたような感覚があった。音も匂いも、世界のすべてが自分から離れていくような。彼はしばらくそのメッセージを眺め続けたが、やがて画面を伏せるようにスマホをベッドに置いた。


「もう無理」。その言葉が突き刺さる。何が“無理”だったのか。会う時間が少なかったからか。未来の話をしなかったからか。それとも、彼が彼女の望む理想になれなかったからか。正解はわからない。ただ確実なのは、恋人という役割を自分は失ったという事実だった。それも、静かに、唐突に、何のドラマもなく。


外は静かだった。風の音もなく、車の走る音すらしない。まるで世界が彼の孤独をそっと包んでくれているような夜だった。だがその優しさも、彼の中にぽっかりと空いた隙間を埋めるには至らない。失恋はいつも、誰にも気づかれないまま、ひとりの部屋で完結する。誰にも見送られず、誰にも慰められず、ただ個人の心の中で処理されていく。それが、陽翔にとっての恋の終わりだった。


彼は立ち上がり、ペットボトルを何本か拾い上げてゴミ袋に放り込んだ。コンビニ袋をまとめ、積もった埃を払う。少しだけ部屋が片付いたが、心の中のごちゃごちゃはそのままだった。片づけるべきは感情の方だとわかっていながら、それに着手する方法が見つからない。だから彼は、代わりに物理的な散らかりに手をつけた。清掃は儀式だ。何かを終わらせるための。それが恋であれ、関係であれ、自分自身の一部であれ。


ふと、机の上のノートパソコンに目をやる。自動でスリープから目を覚ましたそれが、ログイン画面を映していた。キーボードに手を伸ばすと、数秒後には見慣れたブラウザが開き、無造作にブックマークされたページが並ぶ。その中のひとつに、彼の目が止まる。「恋人AI〈Lovegram〉公式サイト」。数日前、SNSの広告で目にして、なんとなく保存しておいたものだった。クリックすると、ピンクと白を基調としたポップなデザインのページが立ち上がる。そこには、こんな言葉が踊っていた。


「あなたの理想の恋人、AIが作ります」


陽翔は思わず笑った。笑い声にはならない、鼻で抜けるような乾いた笑みだった。くだらない、と思う一方で、どこか心の奥にひっかかる。本当にそんなことができるのか。そんなことができたとして、それに何の意味があるのか。AIが生成した“恋人”に、慰められて満足できるのか。……いや、満足ではない。ただ、今夜、この胸の中の空洞をほんの少し埋めるくらいなら、それでも構わないのかもしれない。


「恋愛は、記憶の再生だ」というフレーズが、画面のスクロールに合わせて浮かび上がった。彼はその言葉を、まるで何かを予感するかのように、じっと見つめた。手が勝手にマウスを動かし、登録フォームへと進んでいく。名前、生年月日、好きな食べ物、理想の性格、過去の恋愛傾向。入力項目は驚くほど細かく、まるで性格診断テストのようだった。半分投げやりな気持ちで、彼は記憶をなぞるように答えていった。画面の右上には、生成までの進行度が表示されている。パーセントが、じわじわと、彼の中の過去と現在をすり合わせるように進んでいく。


最後の質問が表示された。「あなたが一番、忘れたくなかった恋の記憶は?」


彼は、数秒間画面を見つめた。何も入力せずに、そのまま閉じてしまうこともできた。だが、気づけば指がキーボードに伸びていた。打ち込んだ文字は、自分でも見たくなかった記憶だった。彼女の名前。たったそれだけで、目の奥がじんと熱くなった。


生成ボタンを押すと、画面が白く切り替わり、「ラブグラム:初期化中」という文字が浮かぶ。部屋の空気が一段と静かになる。PCのファンの音だけが、耳に残った。彼は再びベッドにもたれ、目を閉じる。そのまま、何も期待しないまま、眠ってしまいたかった。


だが、それはもう叶わないことなのだと、どこかでわかっていた。これは、恋の終わりではなく、“何かの始まり”なのだと。

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