表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イルの記憶  作者: ツキウサギ
焰を捨てし者、霜の中に凍る
1/3

雪原の焔


吹雪が荒れ狂う極寒の地。

空も地も白一色に染まり、すべての命を拒むように冷たく凍りついていた。


そんな中、一人の女が歩いていた。

小さな赤子を胸に抱きながら、ただ北へ、ただ北へ。


──どこから来たのか。

──なぜ、この雪原を目指したのか。


それを知る者は誰もいない。

だが、その足取りは迷いなく、まるで何かに導かれるようだった。


()を隠せるほどの雪原を目指して。


やがて、足が止まる。

全身の感覚が薄れ、視界が霞む。

それでも腕の中の温もりだけは、かすかに感じられた。


──その時だった。


目の前に、小さな灯が揺らめいた。

ありえないはずの、吹雪の中に浮かぶ炎。


それは、静かに燃えていた。

まるで、何かを問いかけるように。


女は声を出せなかった。

けれど、炎には伝わっていた。


(ゼノ……強く……生きて……)


静かに、女の体が凍りつく。

そして、すべてが静寂に包まれた。


──だが、小さな炎は消えなかった。



「……ん?」


吹雪の中を歩く男が、不思議な光を見た。

極寒の大地に、まるで命が灯るような温かな光。


男──ブラッドレイ中佐は足を止め、その光のもとへと向かう。


そこにあったのは、冷たく凍りついた女と、彼女が抱える赤子だった。

女はすでに息絶えている。

だが──


「……()()()()


赤子は生きていた。

この吹雪の中、防寒もろくにされていないというのに。


「中佐、どうされました?」

部下が駆け寄る。


「拾った。女は……もう死んでいる」

「なんと……」

「俺はこの子供を教会に預ける。女の遺体は任せた」

「了解しました」


ブラッドレイは赤子を抱き上げ、その姿をじっと見つめる。


──赤子は、古びた布に包まれていた。

それは粗末なものだったが、唯一、そこに綴られた文字だけがはっきりと読める。


「ゼノ」


「……ゼノ、か」


名前なのか、それとも何かの意味を持つ言葉なのか。

それを知る術はない。


だが、吹雪の中でなお生きているこの命は──確かに、消えかかることなく灯っていた。



「この子を頼めるか」


教会に着くと、初老のシスターが赤子を抱き上げた。

その瞬間、彼女はふと眉をひそめる。


「……この子、ただの温もりとは違うね」

「そうか」

「吹雪の中、母親がここまで来たんだ。きっと大切な子だったんだろうね」


シスターはそっと微笑み、背後の少女へと視線を向ける。


「アルスちゃん、頼めるかい?」

「ん、分かった」


少女──アルスは、無表情のまま赤子を受け取った。

その腕に抱かれた赤子は、小さく息を吐く。


「アルスも大きくなったな」

「……そこまで変わってない」


ブラッドレイは、無愛想な少女の頭をわしわしと撫でる。

アルスは少しだけ眉をひそめるが、文句は言わなかった。


「名前は?」

「布に『ゼノ』とあった」

「ゼノか……いい名前だね」


アルスは赤子を見つめる。

ゼノ、と名付けられたその命は、ただ静かに眠っていた。

まるで、雪の中に隠された炎のように。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ