1-3.選択
選択 ケン
エアロックの内側で、下着姿のパトリックに手伝ってもらって、ヘルメットをはずした。
「コラっ。」頭を軽く殴られた。
「いて。」
「お前、危うく戦争を、引き起こしかけたぞ。」言葉は厳しいが、顔が笑っている。
「え、そうか?」そんなにひどい、やりとりだったか?
「相手が、ブスの全権大使でなくてよかったな。」
確かに、地球上でなら国交断絶モンだ。俺はいまさら、ぞっとした。
「まぁでも、"あなたが気さくな人で、よかったわ"?」彼女のセリフをマネされた。
「気に入られて、よかったじゃないか。この、女たらし。」スーツを小突かれた。
「いや、そんなつもりは・・・。」俺はとまどった。
「わかってるよ。上司がどう思うかは知らんがな。」
「えっ。」ローナだけじゃなく、地球からも叱られそうだ。
「まぁ、もうドンパチ始めたんだけどな。」
「あ。」そうだった!ショッキングが事が続いて、現状がわからなくなっている。
「とりあえず、無事でよかった。先、行ってるぞ。」
パトリックは、普段着に着替えて出て行った。
俺は気まずい気持ちで、コントロールルームに降り立った。
「お帰りなさい。無事でよかった。」ローナからハグされた。
「ありがとう。」体を離した。
「突然の直接対話も、終始なごやかで良かったわ。歴史的人物になったわね。」
俺は頭をかかえた。「異星人と、アホな会話をしたヤツとして、汚名を残しそうだ。」
「あなたは相手に、悪感情を持ってなかったわね。」
「悪感情?なんで??」
「最初、殺しあっていたけど?」
そんな事、忘れてたな。
「殺し合いに、なってなかっただろ。全弾あっさり回避されて、反撃もされなかった。」
「こっちは攻撃されて、衝撃をうけたわ。」
そうか、それは生きた心地が、しなかったろう。
「守れなくてすまない。」俺はうなだれた。
「今、三人共無事なんだから、いいのよ。対話も、あちらは顔見せが目的だったんだし、地球の態度にも変化はない。いろいろ得られたものもあるしね。」
「なにかあったか?」俺は顔をあげた。
「分析は、地球にまかせましょ。今は、我々に向けられた提案を、考えましょう。」
「何を提案されたんだっけ?」俺はいろんなでき事がありすぎて、マジで思いだせなかった。
「おいおい、しっかりしろよ。月降下船を、ステーションまで運んでやるって言われたろ。」パトリックからはたかれた。そうだった。
月降下船は、月面キャンプ設営の為の物だが、火星ロケット製作を優先させた為に、ここしばらく使用されていない。
月降下船は、ゲートウェイから月面へ退避する場合にも、使用される。空気で膨らむテントが、静かの海の洞窟にあって、そこでのびのび救助を待っていられる。それだけの空気、水、食料等が用意されている。
衛星軌道まで上がって、救助にきたルナシャトルとドッキングする。というのが本来の用法。
もちろん、月降下船内だけで、救助を待つ事もできる。その期間内であれば、月降下船で月から地球まで運ばれる事もできるだろう。どう運ぶのかが問題だが。
「とりあえず、飲み物を持って座りましょ。」ローナから席についた。
俺はスポーツ飲料にした。座ってひとすすりすると、だいぶ落ち着いた。
「地球は、迎えをよこしてくれるって?」二人に聞いた。
「たぶん無理。」とローナ。
「猿もルナシャトルの接近を、ゆるさないだろう。」とパトリック。
俺はパトリックに顔を向けた。「なんで。」
「核を積んでいて、突っ込んでくるかもしれんからな。」
そうか。無人で飛ばしてきてもいいわけだ。
「地球側は、俺達に死んでくれって?」ローナに責めるように聞いた。
「まずはこちらで、猿からの提案を受けるかを検討しろって。」
「こっちの意見を聞いてくれるのか?ステーション側は?」
「たぶんあちらでも検討中でしょ。こちらの三人を受入れるキャパはあるはず。」
うん、そのはずだ。
「ここでのたれ死ぬか、敵の情けを受けるかの選択なんだが、ステーションに着いた後の事はわからん。」パトリックが重く言った。
「着いた後?」
「一時的にでも、敵の捕虜になって、解放されるわけだからな。良い待遇は、期待しない方がいい。」
そういう事もありか。
「技術面はほとんど、あっちにおまかせするしかないわ。」
「こっちは、何もする事なしか。」
「月降下船とステーションのドッキングには、ソフトの修正が必要よ。現状、降下船からステーションまで、宇宙遊泳することになる。」
「ソフトの修正は、間に合わないか・・・。」
「月と地球の間で、何かされるとは思わないんだな。」パトリックから軽く睨まれた。
「何かって?」
「俺達をひきずり下ろすとか。降下船に、しかけを付けるとか。」
「俺達をつかまえたきゃここでもできるし、ステーションの破壊なら、オベリスクとペンシルでできるだろ。」
「盗聴器とかの、スパイ機器とか。」
「否定はしないが、通信に割込みかけてきて、核ミサイルの事まで知ってたぞ?」
「月降下船内外のカメラ映像はステーション、地球でも常に監視される。手だしされればわかるわよ。」
俺はうなずいた。この件はこれで納得するしかないな。
「B・スパイダーの事が、どこまで漏れてるか気になるな・・・。」パトリックが顔をしかめた。
「もう姿を見られているから、おおまかな推測はされてるだろ。」俺がつっこんだ。
「ずいぶん、あっちの肩をもつな。」
肩をすくめて答えた。「さっきデートの約束を、とりつけたばかりだ。期日未定だが。」
パトリックがにが笑いした。おい、冗談だと通じているよな?
ローナも交えて、いくつか懸念事項を話し合った後、俺達はだまりこんだ。
「こんなものかしら。」ローナが区切りをつけた。
「俺達の決心だけで、あとはあちらまかせだ。」パトリックは不満そうだ。
「地球側はOKするかな?」俺は天井を見上げた。そっちに地球があるわけでもないのだが。
「まずはこっちよ。私は提案を受ける事に賛成。」
「俺もだ。」二人がハモった。
「では地球にこちらの意向を伝え、指示をあおぎます。」ローナが席を立った。
「俺はスパイダーに、弾薬を補充する。」パトリックも立った。
俺は驚いた「おいっ!それはこの話し合いより、優先事項じゃないか!」
パトリックは意外そうだ。「比較的短時間での返答を求められていて、無線会話はまる聞こえなんだぞ?急いで顔合わせて話すしかない。攻撃はされないだろ、デートの約束をしたばかりなんだろ?」
うっ、やりかえされた。殺すならとっくにやってるよな。でも、備えは必要か。地球が何と言ってくるかもわからないし。「では、俺はエアロック前で待機だな。」
「俺の作業が終わるまで、しばらく休憩してろ。お前が作業可能になったら呼ぶからな。」
そんなに、のんびりしてていいのか?でも現状、そうするしかないか。
「わかった。」食堂へ行くべく、コントロールルームを出た。
俺はなんとなく、リンゴをかじることにした。
モニタの端にオベリスクの現状を映しつつ、ペンシルの着艦の様子を撮影した動画を見た。
ペンシルの前部と後部あたりから、マグネットアンカーをオベリスクにつけた。
するすると引き寄せ、羽2枚の向きを変えて甲板に着艦した。マグネットアンカーが定位置につくように誘導されているのか?甲板が沈んで、ペンシルが格納された。開いた穴はシヤッターが、交互二重に閉じた。
この後多分、ペンシルの周りに空気が満たされ、整備員がホースとかを引き回すんだろうな。
人型ではないロボットがやるのかな??いかん、となりの芝が緑に見える。
いや、こっちもほぼオートでドッキングでき、燃料と空気も補充される。うん、すごいぞ。武器、弾薬は軍人しか扱えないが。
リラーマの現状を大きく表示した。推定コースが右下に表示される。刻一刻L1に接近している。
でかい、圧倒的だ。月より大きそうな錯覚さえ覚える。
ローナのアナウンスが入った。「ケン、パトリックを手伝って。」
「了解。」俺はエアロックへ向かった。