05.和猫のことは
俺は今、荷軽井、柏田、榎尾の3人とカラオケボックスにいる。
そこは歌を歌う場所ではなく、俺にとっての取調室になっていた。
「それで、どうなんだ?」
「そ、そんなんじゃないよー……」
さっきから榎尾が質問する→俺がはぐらかすの攻防戦が続いている。誰が注文したかカツ丼も準備してある。
「まあまあ平星、とりあえずカツ丼食えって」
「そうだぞ平星、カツ丼食え」
「なんで荷軽井と柏田もノリノリなんだよ」
なにかを吐くかカツ丼を食うかの2択を延々と迫られている。一進一退というか千日手というか状況は動かないままだ。
「だって気になるだろう?俺らだけじゃなくて、これに関してはクラス中の皆が気になってることだぜ」
「何がかなぁ……」
さっきからこんな会話がしばらく続いていたのだが、流れを断ち切ったのは榎尾だった。
「パンダとは付き合ってるのか?」
「うぉっ、ダイレクトアタックしやがった!」
「だが俺たちが聞きたいのはそういうことだよな」
視線が俺に集まる。
男同士の恋バナなんてしないに越したことはない。揶揄われたり曲解さらて変な話になったりで良いことは何一つないからだ。
そもそも俺はパンダ……小熊和猫とはそういう恋人関係じゃない。付き合っているかと言われればNOだ。しかしここで答えてしまえば解釈は全て相手に委ねられてしまう。
「んなわけねーだろ、ならあのときのことはどう説明つけるんだ」
などと詰められてしまいかねない。答えの内容に関係なく勝手な解釈が付与されてしまうこの状況、沈黙こそが正解だ。
「……」
「ダンマリか。言いたくないのなら良いけど」
しばらく黙っていれば榎尾は諦めたように身を引く。しかし視線は未だ俺に向けられている。
「パンダは、荷軽井や柏田に出会えなかった俺なんだ。性格や性別のことじゃなくて、経緯というか」
榎尾は和猫のことを語りだす。そこには他人事とは思えない後悔に似た表情があった。
「入学してすぐの俺たちは、もちろんほとんどの人と面識がなかった。お互いへの警戒と緊張で皆が皆誰かに話しかけることを拒むような状態だ。でもそんな状態を壊してくれた人が何人かいて、そこから交流が生まれて、友達が生まれていったんだ。俺にとってそれは荷軽井だった」
榎尾が荷軽井の方をチラリと見れば、荷軽井は少し照れくさそうにしている。
「柏田もまたその人だ」
と言うと柏田は得意げな顔をする。榎尾は俺に向き直り話を続ける。
「お互いが何者なのかわからない中で人に声をかけることは、とても勇気がいることだと思う。荷軽井たちは俺に勇気を持って話しかけてくれたんだ」
荷軽井は照れくさそうにしながらも、確かにうんと頷いていた。
「だから」
と榎尾はさらに話を続ける。
「パンダは相当な勇気を持って平星と仲良くしようとしているんじゃないのか?いままでずっと1人でいて、他の人になかなか心を開けなくて、話しかけるきっかけや勇気がなく1年と半年以上を過ごしてきたんだ。その手を取ってやれなかった俺たちが言えたことじゃないかもしれないけど、平星っていう勇気を出そうと思える相手が見つかって良かったと思ってるんだ」
「勇気を持って……か。なんで俺なんだろう?」
「さあ」
「しらねー」
「パンダに聞け」
「お前ら……!」
榎尾はともかくとして荷軽井と柏田は揶揄い目的で会話に入っているようだ。許せぬ。
「なんだかなぁ、小熊さんのことは嫌ってるわけでないし経緯は置いといて仲良くするのはいいとおもうんだけど」
「いつもは名前呼びなのに」
「和猫って言え」
「和猫ちゃんって言え」
「やかましい!名前呼びって当人となら良いけど他の場所で言おうとすると気恥ずかしいんだよ。小熊さんが恋人だったのなら話は変わってくるんだろうけどさ」
「恋人じゃないのか」
「会って数日の相手で恋人になんかならないって。どこのラブロマンスだよ」
「それもそうだな。なら聞くが……」
榎尾は他の誰にも聞こえないくらいに声を潜めて耳打ちする。
「パンダは守備範囲内か?コミュ症陰キャなことを除けば相当可愛いと思うんだが」
「ばっ……おまえ何言ってんだよ!」
「おいおい、俺らにも聞こえるように話してくれよー」
「抜け駆けダメだぞ!」
「悪い、平星のタイプ聞いてた。水、岩タイプだ」
「草タイプから4倍じゃねーか。草生やしたろ」
よくわからないことを話している。内容のせいじゃなくて、榎尾に囁かれたことのせいだ。
確かに和猫の見た目は可愛い。黒髪に白のメッシュを入れているあたり相当お洒落さんだ。守備範囲か……そんなの知らん、だが今頭の中は無数の和猫が飛び始めている。くそっ、意識してしまった。
「その様子だとタイプ相性はいいみたいだな。あっちは自分のことを受け止めてくれる人を求めてるから、平星が受け入れ続けてくれれさえすれば成就するよ」
「余計なお世話だ。今後どういう関係になるかなんてわからないんだから、話してもしょうがないだろ」
「いいやわかるね。平星が拒絶しない限り関係はどんどん親密になる。堕ちるのはお前だよ平星」
堕ちる、か。
このまま和猫と今の関係を続ければ俺は和猫のことが好きになるのだろうか。たぶん、なるんだろうな。俺は人恋しいし、女の子と付き合いたいという欲もある。榎尾の言うとおりいつかはそうなってしまうのだろう。
高校生になって、2人目の恋人となる。
ならば早いほうがいいだろう。
次の日を待つ。
ただひたすら待つ。
言わなければならないと思ったんだ。
「和猫、ちょっといいか?」
「は、はい実くんどうしたんですか?今朝から気張っているようでしたけど、もしかして友達として新たな親密さを詰めにイベント開拓をするつもりでしょうか!?そ、そん教室でみんなが見ているところでだなんて」
「和猫のことは好きにはならない。地元の彼女のことが忘れられないんだ。だからずっとこのまま、友達のままでいよう」
「……へ」
和猫のとぼけた顔と、クラスの皆の驚愕した顔が見えた。