01.転校生
ラブコメっぽい何かです。
高校生とは、人生の中でもっとも輝かしい瞬間だ。
親元を離れて自由を手にする者や、内なる個性を解放して新たな自分に生まれ変わる者や、そんなやつらと出会うことで新たな扉を開く者。多くの高校生は羽を伸ばし空へと羽ばたいていく。
高校デビューを華麗にキメて、クラスのみんなと机を並べて定期テストに挑み、大切な友達をつくって、あわよくば1人の恋人を作る。そんなイカした高校生活を送ることができると、俺は思っていた。
高校2年の冬、親の転勤で引っ越すことになった。高校デビューはそれなりに成功してクラスの仲間とイイ感じの関係性を築けていけていたはずだった。若干思いを寄せていた女子への好感度を順調に上げていて、そろそろ告白デートに誘おうというタイミングで引っ越すことになってしまった。
「悪いな実、父さんの移動先が遠くになったばっかりに」
実というのは俺の名前だ。
父さんは俺に対してどこか申し訳なさそうな様子で、荷運びをしながら話しかけてくる。
「いや、別に恨んじゃいないよ......悲しいのは確かだけど」
「実だけここに残って仕送り生活をすることもできたんだぞ」
「それだと父さんの負荷が高いだろ、さすがについていくよ」
うちは決して裕福な家庭ではない。母さんが5年前に他界して、共働きで成り立っていたうちの家計はあっけなく危機を迎えた。子供が俺一人ならバイトをしてなんとかなっていたのだろうが、俺の下には弟と妹が1人ずつ存在するため生活費を稼ぐのに精いっぱいなのである。
因みに今の時間は夜の10時であり、今晩から明日の昼にかけて父さんの車で移動をする。弟と妹は車の中で寝ていることだろう。
「忘れ物が無いかは父さんが見てくるから、車に乗って休んでいなさい」
「わかった、早くしろよな」
父に促されて車に乗り込む。後部座席には先客が寝息を立てているため、俺は助手席に座る。
「......頑張ったんだけどなぁ」
バックミラーから垂れ下がるパンダのキーホルダーに向かって愚痴をこぼす。
人付き合い、話し方や見た目、皆と共有できる話題集め、高校生活を華やかにするためいろんなことを頑張ってきた。足りないものを全て埋めてきた。だが唐突な引っ越しという事態に全てが掻っ攫われてしまった。今までの努力が泡となって消えてしまった。
誰かの悪意があって起こったことではない。たまたま俺の進む道で交通事故が起こってしまったんだ。誰かを責めることはできない。
しばらくすると父が帰ってくるよりも先に眠気がやってくる。眠ってしまえばここまでの物語が思い出になって、新しい高校生活が始まってしまう。本当はもっと起きていたかったはずだが、心に大きな穴が開いたような喪失感と青春への燃え尽き症候群が起きていたいという気持ちをシャットアウトした。
一週間後。
俺の転校先は前よりも都会な場所にあった。学校の設備は充実していて、来訪初日から過ごしやすい場所だと感じていた。
冬休み中に引っ越しをしたため新たなクラスメンバーと顔を合わせるのは今日が初めてだ。引っ越しの経験が無かったため転校生として新しいクラスに馴染めるのか不安はあったが、これまでの青春で培ってきたコミュニケーション能力が背中を押してくれて案外気持ちは落ち着いていた。
「ハキハキ話してさえいれば変には思われない、安易に地元トークはしない、会話になったら必ず受け身、表情は硬くても笑顔......よし!」
朝の9時15分、担任となる先生に連れられて校内を歩く。長い廊下の先にある"2-C"の教室前で止められ、先生だけ先に教室へ入る。中から先生の声が聞こえてくる。
「今日から3学期で来年度の受験に向けた本格的な勉強が始まるわけだが、新しい仲間がいるからみんなに紹介しようと思う」
このタイミングだと言わんばかりの間を作った先生に、内心「この人やるなぁ」と感心する。先生の意志をくみ取り教室のドアをあければ、こっちを見ている先生と目が合った。どうやら当たっていたようだ。
次いで教室にいる他の生徒たちと目が合う。思ったよりも人数が多く、前の学校と比べると3割増しと言ったところだろうか。机同士の間隔が狭く、少し窮屈に感じた。
教壇の横に立ち、先生からチョークを受け取る。まず名前を書けということだろう。
平星 実
字は綺麗であるほど好印象を得られるため、めいいっぱい練習した。黒板の字はそこそこだった。
「平星実といいます、今日からよろしくお願いします」
発音と声量に気を付けた飾らない挨拶をすると、あちこちから小さな拍手をが聞こえてくる。ガンを飛ばしてくるような人はいないようで、排他的なクラスでないことにひとまず安心した。
「席は一番後ろの端に用意しておいたけど、このクラスではもうすぐ席替えをするから文句は言わないでくれよ」
先生は教室の後ろの方を指さして俺の席の場所を伝えてくれる。教室一番後ろの端には空き机が2つあった。どっちが俺の席なのだろうかと考えたところで、勢いよく教室のドアが開かれた。
「っすみません遅刻しましたぁ!!」
そう言いながら走って空き机のうちの1つに向かう。桃色のパーカーに学校指定のスカート、髪はお団子が2つに白のメッシュが入った黒髪の、ハツラツとした女生徒だ。
「遅いぞ小熊!......悪いね、平星君の席はあの子の隣だ」
「ええ......」
引っ越してから1番の不安に駆られたのだった。
プロットないのでアイデアの限り続きます。