02 バトルサイキッカー俊(しゅん)②
「クソッ!」
俊は拳を握り締め、目の前の化け物をキッと睨み付けた。
「戦うっきゃねえ……殺られる前に殺ってやる!!」
「気を付けて、俊。アイツは今までの奴らと違う」
俊の仲間である凛子も身構えた。左肩を押さえているのは、直前に化け物から不意打ちを喰らって負傷したからだ。
「へっ、そういうアンタの方が心配だぜ。そんなんで戦えるのか?」
「フン、余計なお世話よ新米サイキッカー君」
化け物が咆哮し、二人に突進する。俊と凛子が右手を突き出すと、それぞれの掌から黄緑色と紫色の衝撃波が繰り出される。
チープなCGによる超能力と、それなりに気合いの入ったアクションが混ざったバトルシーンに、九斗は真剣な面持ちで見入っていた。
「気に入ったみたいだな」
トイレから戻ってきた冷司が、九斗の隣の椅子に腰を下ろした。当初の約束通り、二人は『バトルサイキッカー俊』の実写ドラマを槙屋家のリビングでノートPCから視聴しており、現在は第三話だ。
「おう。全体的にB級感がスゲーけど、何か好きだ」
「それは良かった。全一三話だけど、どうする? 観られるところまで観ていくか?」
「ん、そうだなぁ……」
俊と凛子が化け物を倒し、不穏な空を見上げたところで第三話は終了した。短い次回予告の後、俳優たちの映像に合わせてエンディングテーマとスタッフロールが流れ始める。
「でもそれだと、お前と喋る時間がほとんどなくなる。とりあえずここまでいい」
「お、嬉しい事言ってくれるじゃんか」
「……そうかよ」
何となく気恥ずかしくなり、九斗は恋人から視線を逸らした。
「そ、それによぉ。何か腹減ってきた」
「ああ、もう一二時過ぎたもんな。じゃあ昼飯にするか。カップ焼きそばでいいか?」
「おう、サンキュ」
冷司はノートPCをシャットダウンすると、空いている椅子の上に置いた。
──どう反応すりゃ良かったんだろ。
〝嬉しい事言ってくれるじゃんか〟──冷司の口振りだとからかっているようにも聞こえたが、恐らく本心から喜んでいたのだろう。
──つれない奴だと思われたかな……。
「他にも何かあったかな……まあ適当に用意するから待ってな」
「お、おう。よろしく頼む」
冷司が背を向けたところで、九斗はふと、ある事を思い出した。
「なあ、そういや今のドラマだけどさ」
「ん?」
「主役の俳優って有名か? オレ、見覚えあるんだよな」
「あー……どうだろ? 俺はあのドラマ以外で見掛けた記憶がないな。名前は何だっけ」
「鬼村喬っていうみたいだ」
「オニムラ……聞いたことないな」
「そっか」
冷司がキッチンで準備をしている間、九斗はスマホで鬼村喬を検索した。
「……へえ……」
ネットの情報によると、鬼村喬は二〇歳でアクション俳優としてデビューし、二二歳の時に『バトルサイキッカー俊』の主演に抜擢された。作中での数々のバトルシーンは、ほとんどスタントなしで本人が挑んでいたらしい。
その後も深夜ドラマや映画の脇役を中心に活動していたが、四〇歳で芸能界を引退。現在の動向は不明なようだが、存命ならば今年で五〇歳になる。
「おーい、お湯入れたぞー」
「ん、今行く」
キッチンに向かうと、焼きそばの他にも小皿に盛られたサラダが二つ。
「お、これ冷司が作ったのか?」
「いや、昨日の夜に母親が。野菜もちゃんと食べろってうるさいからさ」
「お前の母ちゃんの厚意は無下に出来ねーな。ブロッコリーにマヨネーズかけてもいいか?」
「いいぞ。マヨネーズもドレッシングも、好きなだけ使いな」
数分後、湯切りをしたカップ焼きそばとサラダを手にリビングに戻った九斗は、椅子ごと対面に移動した冷司に、鬼村喬の情報を話した。
「ふーん、もう引退してるのか。そりゃあ聞いた事ないわけだな」
「むう……」九斗は腕を組んで小首を傾げた。
「どうした」
「やっぱりオレ、鬼村喬に見覚えがある。絶対知ってる」
「何かのドラマの再放送にでも出てたんじゃないか」
「まあ……普通に考えりゃそうだよな」
──いや、一回や二回じゃねーんだよな……何回か見てるんだ、絶対。
「ま、いっか。とりあえず喰うぞ!」
「ああ、食べよう。俺も腹減ってきたよ」
一七時過ぎに九斗が帰ると、冷司はスマホで鬼村喬について調べてみた。
──うーん……。
昼食前に九斗が話していた内容と同じ情報しか見当たらず、出演作も『バトルサイキッカー俊』以外は、聞いた事がないようなマイナーなものばかりだ。
──九斗が観るようなものは、なさそうだよなあ……。
ついでに、検索結果に一緒に表示された『バトルサイキッカー俊』のキービジュアルにも目を通す。
凛子役の女優と並んでポーズを取る鬼村は、アクション俳優だけあって、一見細身だがよく見れば締まったいい体付きをしている。シリアスな表情を浮かべてはいるが温和そうな印象を受けるのは、彼が垂れ目だからだろうか。