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01 バトルサイキッカー俊(しゅん)①

 学校全体が何となく覇気のない、GW(ゴールデンウィーク)明け初日。


「お……?」


 昼休み。

 友人たちとサッカーで遊んだ九斗(きゅうと)が教室に戻って来ると、数年前に発売された携帯ゲーム機に夢中になっている冷司(れいじ)の姿があった。


「よう、何やってんだ?」


「おう、お帰り。昨日DL(ダウンロード)したRPGだ。ほら」


 冷司はゲーム機のディスプレイを見せた。ドット絵のNPCに若干荒い画質と、どことなく古臭さがある。


「それ、何てやつだ?」


「『バトルサイキッカー(しゅん)』。聞いた事あるか?」


「バトル……いや全然知らねえ。有名なのか?」


「マイナーな方だと思うぞ。少なくともゲーム好きじゃなきゃさっぱりだろうな」


「昔のゲームか?」


「そう、発売されたのは三〇年近く前。しかも今までは、同時期に発売された特定の据え置き型でしか遊べなかったんだ。それがつい最近になってデジタル配信されてさ。昔からのファンはお祭り騒ぎだったらしい」


 九斗は冷司の説明に相槌を打ちつつ、自分の席に腰を下ろした。


「そんな古いゲーム、冷司は何で知ってんだ」


「このゲームを出した会社自体のファンなんだ。せっかくだから遊んでみようと思ってね。正直バランスはあまり良くないし、不便で面倒な点も少なくないけど、ストーリーやキャラクターは悪くない。それにBGMのクオリティが高いんだ」


「ふーん……」


 九斗は耳を澄ませてみたが、消音にしているのか、何も聞こえなかった。

 冷司が再びゲームに集中し始めると、九斗はすぐ隣まで椅子ごと移動し、体を寄せるようにしてディスプレイを覗き込んだ。


「見てていいか?」


「ん……いいぞ」


 ──近い……。


 顔と顔がくっ付きそうな距離に、冷司は内心どきまぎした。


 ──こんなのキスしたくなるだろ……クソッ。


「これは今どういう状況なんだ?」


「あー、これからこのダンジョンの一番奥まで行って、中ボスを倒す」


 主人公のパーティーが、殺風景な地下道のダンジョンを一人称視点で進んでゆく。階段を下り、ワープゾーンを行き来しているうちに、敵が出現した。


「お、何だこいつ」九斗は敵の一体を指差して笑った。「変な仮面だな。腕が四本に尻尾? 人間じゃないのか?」


「敵は魔物とか怨霊とか、人間であっても特殊能力持ちだったり。そいつらから街を守るために、俊──超能力者の主人公は仲間たちと戦っているんだ」


「ほー、なるほどな」


 冷司がテキパキとコマンド入力すると戦闘が始まり、敵味方が次々と攻撃を繰り出してゆく。拮抗した戦いだったが、腕が四本の敵の物理攻撃が主人公にクリティカルヒットして、HP(ヒットポイント)の半分以上を奪った。


「うおっ、今の一撃えげつないな。こいつ強いのか」


「まあ、ゲームだとそこそこな。実写ドラマだと一瞬で殺られる雑魚敵だったけど」


「え、ドラマ?」九斗はディスプレイから顔を上げ、冷司を見やった。「何、このゲームの?」


「そ。ゲーム発売から半年後くらいだったかな。深夜枠で放送されていたんだ」


 冷司は敢えて九斗とは目を合わせなかった。


「当時のCG技術かつ低予算だったから、かなりチープな造りでB級感満載だけど、何だかんだで面白かったな」


「ほんとかよ。ってか、詳しいなお前。リアルタイムで観てたわけじゃないだろ」


「そりゃそうだ、生まれてすらない」冷司は小さく笑った。「でも本編映像なら検索すりゃ出て来る。俺はそれで全話観た」


 冷司が魔法を駆使して敵を全て倒し、近くのセーブポイントでセーブしてからゲームを終了させると、直後に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。


「オレも今度試しに観てみるかな。ああでも、通信量が気になるな……」


「じゃあ、今度の土曜日に俺ん()PC(パソコン)で一緒に観ないか」


「お、いいのか? だったら何か喰うものいっぱい持ってくな!」


「よし、じゃあ決定だな」


 二人のやり取りを、自分の席から遠巻きにぼんやり見やっていた清水亮平(しみずりょうへい)は、後ろの席の淵上光(ふちがみひかる)へと振り返った。


槙屋(まきや)に話し掛けるつもりだったんだけど、タイミング逃したわ」


「ん? ……ああ」淵上は九斗たちの方を一瞥すると、意味深に頷いた。「あいつらは特に仲がいいもんな」


「だよな。何か邪魔しちゃいけない気がするんだよ」


「ああ、何か……な」




「九斗ー、お願いがあるんだけど」


 一七時を廻る頃、九斗が自室で筋トレに勤しんでいると、キッチンから母親が呼び掛けてきた。


「切らしかけてたのすっかり忘れてて、コンソメが足りないのよ。ちょっと買ってきてくれるー?」


「ええー、今いいところなんだよぉ……」


 足音が近付いてきて、部屋の襖が開かれた。包丁を片手に持った母親が、チェシャ猫のような笑顔を覗かせる。

 

「よろしくね、キューちゃん?」


「りょ、了解!」


 ジャージから普段着に着替え、渡された一〇〇〇円札をジーンズのポケットに突っ込むと、九斗はアパートを後にした。


「ったく、おっかないんだからよ……山姥かっつーの」


 食品も扱っている近所の大型ドラッグストアまで、九斗の足では三分も掛からない。手伝いをするのは当然だとも思っている。けれども、趣味に集中し、気分が乗っているタイミングで水を差されても機嫌良く振る舞うのは、数学のテストで七〇点以上取るのと同じくらい難しい。


 ──母ちゃんは知らねーかもしんねーけど、筋トレは単に筋肉を付けるだけじゃねーんだ。自分自身との対話や戦いでもあってだな──……


「買い物かい?」


「おわっっ!?」


 ふいに背後から声を掛けられ、九斗は飛び上がらんばかりに驚いた。


「わ、ごめんごめん!」声の主である男性は、奥二重の垂れ目を細めて笑った。「そんなにビックリするとは思わなかったよ」


「すんません、ちょっと考え事してました! にゃははは!」


 振り返った九斗も、恥ずかしさを誤魔化すために笑った。


「こんにちはっす、東堂(とうどう)さん」


 東堂は同じアパートの住民だ。推定四〇代半ばから後半で、背丈は冷司と同じくらい。清潔感のあるパーマの掛かったツーブロックヘアーとは対照的に、無精髭が目立つ。ワイシャツの袖を捲って露出させた腕は、程良く筋肉質だ。


「こんにちは。向こうの店までおつかい?」


「はい。母ちゃんに頼まれて」


「そうか、偉いね」


「い、いやあ……」


 東堂は気さくで、よく気遣うような言葉を掛けてくれる。自分だけでなく母親にも親切なので、九斗の中で好感度は高い。


「おれはその手前の歯医者。途中まで一緒にいいかな?」


「うすっ」


 東堂はさりげなく車道側に移動してから一緒に歩き出した。


「何か部活やってるの?」


「いや、帰宅部っす」


「ああ、そうなんだ。え、何か意外だな。君、運動得意そうだし、その長身と体付きなのに勿体無い」


「よく言われるっす、ヘヘッ」


「あ、やっぱり?」


 歯科医院の目の前まで来ると、東堂は溜め息を吐いた。


「これからちょっとした地獄だ。何歳(いくつ)になっても嫌なもんだよ」

 

「虫歯の治療っすか?」


「そ。これから泣いてきます」


 言葉とは裏腹に、東堂は茶目っ気のある笑顔を見せた。


「じゃあね。車の通りが多いから、気を付けて行くんだよ」


「あ、はい。お大事に!」


「有難う」


 再び一人になり、少し進んだところで、九斗は歯科医院の方に振り返った。


 ──あの人も筋トレ好きなのかな。


 東堂は体型を褒めてきたが、そんな彼自身も引き締まったいい体付きをしている事に、九斗は今日初めて気付いた。東堂は昨年末頃に引っ越してきたので、これまで目にしていたのは、コートなどの重ね着姿だからだ。


 ──今度会ったら聞いてみっか。

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