06 思い出
「今日は有難うな」
「こちらこそ」
「楽しかったよ」
「おう、オレもスゲー楽しかったぜ!」
横浜駅構内、中央通路。
日中の比ではない混雑の中、九斗たちは柱の周辺に何とか場所を取り、別れを惜しんでいた。九斗と冷司はJR線、中学校卒業後に引っ越した麗央は東急東横線、横須賀市内に住んでいる篤弥は京急線を利用する。
「また今度四人で遊びに行こう」
「そうだな。次は何処にしようか」
「もう一回コスモワールドだろ。レオを絶叫系に慣らすためにさ」
「あ、いいね」
九斗と篤弥は、顔を見合わせてニヤニヤ笑った。今日一日で、まるで以前からの友人であるかのように打ち解けていた。
「槙屋きゅん助けてー。鬼畜二人がいじめる~」
「へいへい。まあ連絡先も交換した事だし、今度皆で決めよう」
四人は改めて再会を約束すると解散し、人混みを縫って改札へと向かっていった。
「思い出したんだけどよぉ……」
電車を降り、住宅街方面へと歩き始めて程なく、九斗は静かに口を開いた。
「オレ、ガキの頃に親父とコスモワールド行ってんだよな」
小学校三年生時の夏の終わりに突然倒れ、別れの挨拶も出来ないままこの世を去った父親との、決して多くはない思い出の一つを、九斗はゆっくりと語り始めた。
「小坊よりも前、五、六歳の時だったと思う。さっき皆で観覧車の中で写真撮ったろ? それで思い出したんだ。親父と母ちゃんと三人で観覧車に乗った。親父が何か変な話をしてオレと母ちゃんを笑わせてさ。てっぺんだったかどうかは忘れたけど、親父が持ってたカメラで写真も撮った。
後は、ガキ向けのジェットコースターにも乗ったり、なんかおやつも喰ったり。[バニッシュ!]は記憶にねえから乗ってないんだと思う。身長制限に引っ掛かったんかな」
口を挟む事なく耳を傾けていた冷司は、九斗と目が合うと優しく微笑んだ。
「何でだろうな、今まですっかり忘れてた。今日レオたちと偶然会ってなきゃ、他に何かきっかけがない限り、思い出す事はなかったんだろうな」
「帰ったらお母さんにも話してみなよ。きっと懐かしがるぞ。探せば写真もあるんじゃないか」
「そうか……そうだな」
九斗はふわりと微笑むと、一八時を過ぎてもまだまだ明るい空を仰いだ。
冷司はゆっくりと手を伸ばし、一瞬の間の後、恋人の大きな背中に優しく触れた。本当は抱き寄せたかったのだが、通行人が多過ぎた。
「そういや悪かったな、予定変更しちまって」
「え?」
九斗が再びこちらを向くと、冷司は手を引っ込めた。
「いやほら、本当ならその……デートだったろ、初めての。二人だけで過ごすはずだったのによ」
「ああ、そっか。いや、気にしなくていいさ。高嶺と会えたのは本当に嬉しかったし、二階堂君とも仲良くなれたしな」
──それに、実質Wデートだったわけだし。
麗央の篤弥に対する想いは、いつか九斗も知る時が来るだろう。少なくとも、今この場で冷司が勝手にもたらしていいものではない。
──頑張れよ、高嶺。まあ、俺もあんまり他人事じゃないけどな。
「──すか?」
「……うん?」冷司は我に返った。「悪い、何だって?」
九斗は周囲をチラリと見やると声を落とし、
「デートだよ。やり直すか?」
「……そうだな、お前さえ良ければ」
「いいから聞いたんだろ」
分かれ道まで来ると、二人は自然と足を止めた。
「明日は空いてるか?」
「早速だな。空いてるよ」
「じゃあ、オレん家来ないか。母ちゃんは明日も仕事でいないし」
「お家デートってやつか。いいね」
「何か喰ってさ、格ゲーやったり漫画読んだり……って、それもいつもと変わんねーな」
「そうだな。まあ俺は、お前と一緒にいられればそれでいいさ」
「そ、そうかよ……」
照れ臭そうに笑って頬を掻いたのも束の間、九斗は急に真面目腐った顔をした。
「言っておくが……い、いかがわしい事は禁止だからなっ」
冷司は一瞬目を丸くし、小さく吹き出した。
「安心してくれ。考えてすらなかったよ」
「お、おう……それならいいんだけどよ」
「あれ、何か残念そうだな」冷司は九斗の耳元にそっと顔を近付けると、微かに笑うように囁いた。「実はちょっと期待してた?」
九斗の顔から首までが、見る見るうちに真っ赤に染まっていった。
数秒後、冷司は観覧車内で麗央が受けた技を、自分でもしっかり体感する羽目になった。




