04 初デートはWデート?②
「あ~楽しかったっっ!!」
〈よこはまコスモワールド〉を代表するアトラクションの一つ、ジェットコースター[バニッシュ!]から降りた九斗は、興奮冷めやらぬ様子だ。
「見た目以上になかなか凄かったね」
「ああ、最後の方の、水の中のトンネルに落ちるところなんか特に」
篤弥と冷司も満足げに賛同した。
「よしお前ら! 二回目行くぞ!」
「にっ、二回目だぁ!?」黙っていた麗央が、驚愕の表情で悲鳴に近い声を上げた。「いや、一回乗れば充分だろ一回で!」
「何言ってんだ。こんなに楽しいアトラクション、一回だけなんて物足りねーよ」
「そうだね、もう一回は乗ってもいいかも」
「二階堂まで! いやでもほら、何十分も待つんだぞ?」
「喋ってりゃあっという間だろ」
「そうだよね」
「槙屋~!」
麗央に泣きつかれた冷司は苦笑混じりに、
「アトラクションはまだ色々あるんだぞ。とりあえず他のにしよう」
「そうだそうだ!」
[バニッシュ!]の黄色い車両が、九斗たちの近くのレールを通過した。歓声や悲鳴を上げる乗客たちを、九斗は笑顔で、麗央は引きつった顔で見送った。
「ま、それもそーだな。じゃ、次は何乗る?」
「俺ちょっと休憩……」降参と言わんばかりに、麗央は両手を上げた。
「大丈夫か高嶺。お前、絶叫マシンは苦手だったのか」
「いや、そんな事はない。そんな事はありませぬ」
「大丈夫じゃなさそうだな」
「何か飲む?」
篤弥は気遣うように麗央の背中にそっと手を当てた。
「いや本当に大丈夫だ。ただ最初に落ちた時、天国の祖父の姿が見えた気がしてさ」
「ある意味ヤバいね」
「ん? レオは今雑誌の話をしてんのか?」
「今度麻宮にも、初心者向けのイタリア語講座をするよ」
「しかしレオの奴、意外とビビりだったとはな」
施設内の広いゲームコーナーでプライズマシンの景品を覗き込んでいた九斗が、ふと思い出したように言った。これまで複数のアトラクションを楽しんできたが、絶叫マシン系になると、麗央は何かと理由を付けて絶対に乗らなかった。
「なっ……! だ、だからさっきも言っただろ、今日はそこまで調子が──」
「死んだ曽祖父の遺言で乗れない、は流石に無理があったぞ」
篤弥はくつくつと笑い、
「そうだね。あと幽霊屋敷でもかなり怖がってたし」
「いやちょっと待て。それなら麻宮もビビリまくりの叫びまくりだったろ!」
「む!? オ、オレそんなに騒いでねーし怖がってねーし! つーか、冷司と篤弥は静か過ぎだったろ。お前らちっとも驚いてなかったじゃねーか」
「それは確かに」
「いや、そんな事はないぞ」
「うん、そんな事はないよ」
冷司と篤弥は視線を交わし、小さく頷き合った。嘘は言っていない。幽霊屋敷の演出や仕掛けよりも、大きな図体をした男二人が突然上げる悲鳴の方に何度も驚かされたのだから。
「そういや、3Dシューティングでは俺が一番点獲ったよな。一番下手なの誰だったっけ~?」
麗央の勝ち誇ったような得意顔に、最下位だった九斗は唸った。
「次やったら今度はオレの勝ちだ!」
「お、もう一回行くか?」
「それもいいけどさ」篤弥がやんわり制した。「時間が時間だし、もうそろそろ最後じゃない?」
冷司はスマホを見やり、
「そうだな、もう4時半になる」
「そういやキュートボーイとクールボーイは、今日何時までOKなんだ?」
「俺は特に決まってないけど」冷司は恋人をチラリと見やった。
「オレも特に。でも今日は母ちゃんの帰りが遅いらしいから、家の事は出来るだけやっておきたいんだよな」
「じゃあ二階堂の言う通り次で最後にするとして、何に乗るんだ?」
「それはもう、観覧車しかないでしょ」篤弥は迷わず答えた。
「おお、確かにコスモワールドと言えば観覧車だよな」九斗はポンと手を叩いた。「まあオレはやっぱり[バニッシュ!]が一番だけど」
「高嶺は大丈夫か?」
「フン、あまり俺をみくびるな。観覧車はガキの頃から大好きだ」
「高速回転するわけじゃないもんね」
篤弥がサラリと言い放つと、九斗と冷司は吹き出し、麗央は僅かに顔を赤くして口篭った。
「よし、そうと決まれば早速──あ、その前に便所行きてえ。お前らは?」
「あ、じゃあぼくも」
「俺は平気だからここら辺で待ってるよ」
「同じく」
九斗と篤弥がトイレに向かうと、残った冷司と麗央はプライズマシンから離れ、通行人の邪魔にならないように近くの壁側に寄った。
「なあクールボーイ」
友人二人が去った方をぼんやり見やりながら、麗央が何気ない様子で口を開いた。
「ん?」
「麻宮とはどこまで進んでんの?」
「……え──」
「俺の予想だと、まだやっと手繋ぎくらいまでかな。それも他人が全然いない所とかでさ。さっきも言ったけど、今日はマジでデートだったんじゃないのか?」
「……えーと?」
冷司が敢えてすっとぼけると、麗央は振り向き、そのエキゾチックな顔にからかうような笑み──これで何人もの女子がハートを射抜かれてきた──を浮かべた。
「俺は中学時代から気付いてたぞ、槙屋冷司。お前が麻宮に友達以上の感情を抱いているってな」
「……あー……」冷司は頭を掻くと、諦めたように笑った。
「で、どうなんだよ」
「どうってなあ……」
「馬鹿にしているわけじゃないし、誰にも言いふらさないから安心してくれよ。何だったら俺も今ここで、お前と同類だって事を打ち明けよう。その方がフェアだろ?」
「え?」
「俺もさ、男が好きなんだよね。それも今、同じクラスの友達に片想い中」
腕を組んだカップルが、ゲームコーナーの方からやって来て二人の前を通り過ぎてゆく。女性が甘えた声でわがままを言っているが、その内容までは冷司の耳には入ってこなかった。
「え……そうなの?」
「そうなの~」
「片想いの相手って、まさか二階堂君か」
「まさかでーす」
「そうか……それじゃあ今日、コスモワールドが気になるって言い出したのは二階堂君の方か。高嶺は本当は気乗りしなかったけど、好きな子をガッカリさせたくはなくて同調した、と」
「正解者に拍手」
麗央はその気のない様子でゆっくり小さく手を叩くと、自虐的に笑った。
「絶叫マシンより恐れたのは、こいつダサいなって思われる事だ。最後まで平気なフリするつもりだったけど、ご存じの通り初っ端から駄目だった。内心ドン引きされてるだろうな。下手したら今後距離を置かれるかも」
「それはないだろ。考え過ぎだ」
篤弥と知り合ってまだ数時間だが、冷司には彼がそんな事で他者を見下したり、毛嫌いするような人間だとは思えなかった。
「そうそう、最初の質問の答えだけどさ。まだまともに手を繋いだ事もないし、今日が初デートだ」
「お、そうなんだ?」
「そもそも気持ちを伝えるつもりはなかったのに、この間うっかり言葉に出しちまってさ。意外にもあいつは嫌がらなかったから、じゃあ試しに付き合ってみないかって提案して、今に至る」
「マジか、脈アリだったのか! やったな!」
九斗と同じくらい大きな麗央の手が、冷司の背中から小気味好い音を引き出した。
「イテッ……いや、多分あいつは友達付き合いの延長だとしか思ってない。だからこそOKしたんだよ」
「でも少しは進んだじゃないか」
「まあ……そうだな」
互いの想い人が戻って来るのに気付くと、二人は会話を中断した。
「待たせたな」
「超待ったー。スッキリしたかいキュートボーイ」
「おう、あれは多分朝飯の分──って何言わせんだコラ!」
「キャ~暴力反対!」
じゃれ合う九斗と麗央を呆れたように、そしてどこか可笑しそうに横目で見つつ、篤弥は冷司の隣に移動した。
「さ、槙屋君。下品な人たちはほっといて行こう」
「ん、そうだな」
「あ、待て!」
「こんなにいい男を置いてくつもり!?」




