03 初デートはWデート?①
「映画だけどさ……」冷司はフライドポテトを一本つまむと、それを口に運ぶ前に九斗に切り出した。「ぶっちゃけどうだった?」
「んん、面白かったぞ」九斗は口の中のハンバーガーを飲み込んだ。「話はわかりやすいし、敵をぶっ倒す時に爽快感があったな」
「そうか」
『イエローハングドマン』鑑賞後、九斗と冷司は昼食を取るため、海沿いのショッピングモールまで移動した。ファストフード店は混雑していたが、タイミング良く一番奥の四人掛けの席が空いた。
チーズバーガーにLサイズのポテトとアイスティーを注文した冷司に対し、九斗はビッグサイズのベーコンエッグバーガーにLサイズのポテトとアイスレモンティー、10個入りのチキンナゲットだ。映画館でのポップコーンとメロンソーダは、大きな体と年齢相応に食欲のある九斗の小腹を満たすには充分でなかった。
「む、その反応だと、冷司は面白くなかったみてーだな?」
「いや、決してつまらなかったわけじゃないんだ。ただ、いかにもCG使ってます的な動きが少なくなかったよな」
「ああ、確かにそれはオレも思ったよ。カッコいいっちゃいいんだけど、何処となく不自然っつーか」
「お前の言う通りわかりやすいストーリーだったけど、悪く言えばありきたりだし、ご都合主義展開。それに吹き替えも酷いもんだ。大人の事情だか何だか知らないが、セリフの多いメインキャラやキーパーソンに、演技力もなければ声も合っていないタレントを使うのはいい加減ほんとやめろって思うよ舐めてんのかね観客を」
「お、おう」
据わった目で淡々と語る冷司に、九斗はナゲットの入っている紙パックをそっと差し出した。
「まあまあ、これでも喰って……な?」
「ん? ああ、いや大丈夫。サンキュ」冷司は我に返って苦笑した。「悪い、つい熱が入っちまった」
「いや、別にいいけどよ。いつもとちょっと違うお前を見るのも楽しいし」
「……それ、狙って言ってるのか?」
「ん?」九斗はナゲットを丸々一個口に放った。「狙ってるって何が」
「好きな奴にそういう事言われるとさ、柄にもなく浮かれっちまいそうだよ」
九斗ははっとして周囲に目をやった。すぐ左隣に座っていた女性三人は、冷司が映画の感想を語り出す直前に帰っていったので今は空席だ。通路を挟んで反対側の列に座る客たちは、それぞれが連れと会話中で、こちらを気にしている様子はない。
「ん、どうした?」
「ほ、ほら……」九斗は声を落とした。「男同士ってのはよぉ、やっぱりどうしても世間から変な目で見られがちだろ」
「大丈夫だよ、誰も聞いちゃいない」冷司はのんびり言ってポテトに手を伸ばした。
「あ、勘違いするなよ。決して無理してお前と付き合ってるわけじゃないからな!」
「ああ、それもわかってる」
冷司は優しく微笑んだ。全く気にしていないような素振りだが、内心どう思っているのだろうか。九斗は若干の気まずさと罪悪感を誤魔化すように、残りのハンバーガーに齧り付いた。
「さて、この後はどうする?」
あらかた食べ終わり腹をさすって一息吐いている九斗に、冷司が尋ねた。
「何処か行きたい所はあるか?」
「んー、そうだな……」
九斗はみなとみらい21地区や横浜駅周辺の様子を思い出しながら、興味が惹かれるような場所はないか考えた。
──コスモワールドとか?
〈よこはまコスモワールド〉は、みなとみらい地区にある都市型遊園地だ。目印の大型観覧車以外にも、ジェットコースターや回転アトラクション、室内型の体験アトラクションなどが豊富で、一日中飽きずに楽しめる。
──いやでも、男二人で遊園地は変か……?
「……あー、ゲーセンとか? いや、それじゃあいつもと同じだな! 冷司は何かないのか?」
「いいんじゃない、いつもと同じでも。後は服とか靴をちょっと見られればいいかなって」
「よし、じゃあ行くか!」
トレーとゴミを片付け、正面出口から外に出た直後。
「あれぇ!?」
出口横のテラス席の方から、驚きの中に歓喜の混ざった声。九斗と冷司がハッとして顔を向けると、軽くなったトレーを手にした笑顔の麗央と篤弥が、こちらにやって来るところだった。
「おおっ!? 何だ、いたのかよ!」
「ははは、考える事は同じだな」
「だな!」
「どうも」
麗央と篤弥がトレーを片付けて戻ると、改めて四人で歩き出した。
「そっちは映画どうだった?」冷司が振り向き、麗央と篤弥に尋ねた。「確かコメディ要素の強いミステリーものだったよな」
「そこそこ面白かったよ。まあ、あくまでも俺の感想は、だけどね」
麗央は意味ありげに篤弥を見やってニヤリと笑った。
「二階堂君はいまいちだった?」
「ぼくは全然です」篤弥は即答した。
「笑えなかったって事か?」九斗は小首を傾げた。
「原作小説が大好きなんで期待以上に不安の方が大きかったんですけど、見事に予感が的中しましたね。俳優陣のほとんどが登場人物のイメージに合っていないし! 名シーンは悉く削られているし原作にないギャグシーンは滑りまくっているし! 恋愛シーンを無理矢理入れるために出したとしか思えない映画オリジナルヒロインにはイライラするし! ファン舐めてんのかってね!!」
ぽかんとしている九斗と冷司に気付くと、篤弥は恥ずかしそうにトーンダウンした。
「いやその……本当にもう、原作レ──崩壊も甚だしい、駄作中の駄作でした」
「だそうでーす」麗央はニヤニヤ笑った。
「何か冷司みてーだな、ニカイドー君」
「ん? もしかして槙屋も熱く語っちゃってたの?」
後方から、バタバタと騒がしい足音が近付いてきた。九斗たちよりやや年下であろう少年たちが、周囲への迷惑を顧みずはしゃぎながら走って来る。
「早く行こーぜコスモワールド!」
「あっちから行ったら駅近いぞ!」
「つーか電車何線だっけー?」
「なあ」少年たちが去ると、麗央が切り出した。「俺と篤弥もコスモワールドが気になってたんだ。良かったら四人でどうだ?」
「え、ほんとか?」九斗は目を輝かせた。
「いや、そう言ってくれるのは有難いが……いいのか?」冷司は気遣うような視線を篤弥に向けた。
「さっきハンバーガー食べた時に、高嶺と話してたんですよ」篤弥は微笑んだ。「また二人に会えないかな、何だったら連絡取って誘ってみれば、って」
「おお! いい奴だなニカイドー君!」
「篤弥でいいですよ、麻宮君」
「オレも九斗って呼んでくれな! あと敬語もなしだ」
九斗と篤弥はハイタッチすると、互いに少々照れ臭そうに笑った。
「じゃ、Wデート決定って事で!」
麗央は冷司の肩に手を置いた。
「またそんな事言ってる」
「こいつは中学ン時からこんなノリだからよぉ。今同じクラスで大変だろ?」
「そりゃあもう、毎日のように絡まれて──……」
すっかり意気投合した様子の九斗と篤弥のやり取りを、僅かに嫉妬しつつ見守る冷司の耳元に、麗央がそっと顔を近付けて囁く。
「間違ってないでしょ?」
「何が」
「デート」
視線がかち合うと、麗央は綺麗にウィンクしてみせた。