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キュート君とクール君の平凡で刺激的な日常  作者: 園村マリノ
第五章

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06 海沿いで……②

 フードコートで早めの昼食を取ると、二人は〈横浜ハンマーヘッド〉を後にした。


「いっぱい喰ったし、カガミンのプレゼントも買えたし! じゃ、海の方行こーぜ」


「ああ」


〈横浜ハンマーヘッド〉内で割り勘で購入したプレゼントは、限定デザインのマグカップとボールペンだ。何を購入してもいいようにと、九斗が背負ってきたリュックサックに丁寧にしまわれている。


「カガミンの誕生日当日、忘れずに持ってきてくれな」


「おう。二人で渡そうな」


 少し歩いただけで、あっという間に〈新港パーク〉に辿り着いた。


「意外と荒いな」


 波が押し寄せる度に低い防護柵に叩き付けられ、水飛沫が石畳を濡らしている。


「風が強くなってきたからな。涼しくていいけど」


「なあ、ちょっと近付いてみねーか?」


「わざわざ濡れに? 今日の気候だとなかなか乾かないんじゃないか?」


「オレなら完璧に躱してみせる!」


「はいはい」


 波打ち際で少しはしゃいだ──水飛沫は完璧には躱せなかったが、大きな被害もなかった── 後は〈新港パーク〉を北方面へしばらく歩き続け、隣の〈臨港パーク〉へ移動した。どちらのパークにも犬連れの散歩客が多く、歩道を一緒に歩いたり、芝生広場で遊ばせている。

 すれ違いざま、挨拶するように近付いてきたりじゃれたりする犬もいた。赤ん坊並みに小さかったり、飼い主よりもずっと大きかったりする彼ら彼女らは、位置的に冷司の方が近かったとしても、必ず最初に九斗の方へ向かった。


「へへっ、どいつも本当可愛いよな。ニッコニコしてよ」


「お前は本当にモテるな」


「昔から妙に懐かれやすいんだよな。犬は子供が好きだっていうからガキの時はまだわかるとして、未だに全然変わらないのは何でだろうな」九斗は小首を傾げた。

 

「うーん、何かわかる気がするな」


「え、何でだ?」


「そりゃあ──」


 ──お前も犬っぽいからな。


 正直に口にしようものなら、何かしらのプロレス技を掛けられるような気がした。言葉が外に出てしまう直前、冷司は瞬時にその内容を変更した。


「──沢山構ってくれそうな雰囲気だからさ」


「そーなんかぁ? まあ、確かに構っちまうけどな!」


〈臨港パーク〉内を更に進んでゆき、やがて二人は公園内の最北端まで辿り着いた。快適な気候とはいえ、流石に背中が少々汗ばんでいる。


「ちょっと座らないか?」


「おう」


 石段の最上段に二人分のスペースを見付け、並んで腰を下ろす。同じように座っている人々は、一人ならばスマホを触り、二人以上であれば会話に花を咲かせている。


「今日もいい天気だけど、ループはもう充分だよね」


 二段下、九斗たちの斜め右に座る、二〇代くらいの女性の声が聞こえた。その右隣の四〇代以上に見える男性──年齢差があるようだが夫婦だろうか──は、真っ直ぐ海を見つめながらも、穏やかな笑みを浮かべて話に耳を傾けている。


「わたしさ、時々考えるんだ。あの九月最後の水曜日が、灼熱の太陽が幅を利かせる真夏日だったら、って。絶対すぐ脱出したくなったと思うよ。それにさ、カズ君だって──……」


 九斗たちと同じ最上段、離れた場所に座っている白髪の男性のスマホが鳴った。男性は心底うんざりした様子でディスプレイをタッチし、耳元に当てた。


「はい、もしもし。おお、タヤマさん! お久し振りです! ご無沙汰しております~! はい、ええ、今日はちょっとお休みをいただいておりまして──……」


 マイナスな感情など微塵も感じさせないトーンで喋りながら、男性は九斗たちが歩いて来た方へと去っていった。


 ──ここでは……いや、駄目だよな。


 九斗の後頭部をぼんやり見やりながら、冷司は内心、自分の判断ミスに後悔していた。土曜日の横浜、特にこのみなとみらい21地区で〝誰も見ていない所〟なんて、冷静に考えてみればそう簡単に見付からないだろう。


──下手したら何やかんやで有耶無耶にされるかもしれないし……でもそうなったとしても、卑怯な賭けを提案した俺が悪いんだよな……。


「色んな人生があるんだよな」


「うん?」


 九斗がゆっくりと冷司の方に向き直った。


「いや、当たり前の事なんだけどよ、一人一人が似ているようで全然違ったり、全然違うようでちょっと似た人生を送ってるんだよなって。ここにいる人たちも、いない人たちも、ここに来るまでにすれ違った人たちも」


「え、どうしたいきなり」


 笑いかける冷司に対し、九斗は真剣な表情のまま、


「オレたちみたいなのも、いるんかな。ほら、その……友達だけど、それ以上になって、みたいな?」


「うーん……どうだろうな」


 答えながら、冷司はイタリア系の血を引く友人を思い出した。名探偵槙屋冷司の推理通りなら、彼の想いはそう遠くないうちに届き、恐らくは受け入れられるだろう。


「オレたち、もしこうなってなかったら、今頃はどうしていたんだろーな。友達のままだったら、友達になっていなかったら、そもそも出逢ってすらいなかったら……」


「本当にどうした? ラーメン以外に何か拾い食いでもしたか?」


「何だとぅ!? オレだってそーゆー事を考える時もあるんだよっ!」


「おわっ!」


 じゃれてのし掛かってきた九斗に、冷司は反射的に抵抗した。


「うおっ!」


 弾みで互いにバランスを崩し、九斗が前のめりになる。


 ──!!


 ──!!!?


 厚みのある唇が、それよりも若干薄めの唇を塞ぐようにして重なった。


「っっっ!! す、すまん!!」


「い、いや……」


 どちらも慌てて体勢を戻し、周囲を見回した。数人がこちらを向いていたが、表情からすると九斗の大声に反応しただけで、すぐに興味をなくしたようだった。


「あー……今のはちょっとビックリしたな、ははは」


 冷静を装う冷司に対して、九斗は赤い顔と上目遣いで恐る恐る口を開いた。


「い、今のじゃ……駄目か?」


「何それ可愛い無理」


「は!?」


「あ、ああうん……まあOKかな。事故だったけど」


「あ、待てよ。ラーメン臭かったか!?」


「いや平気。でも九斗がちゃんとやり直したいってんなら、今ここでもう一回──」


 冷司の脳天にチョップが炸裂した。




 九斗と冷司が〈臨港パーク〉でじゃれ合っていた頃。


 ──……ちょっと休憩するかな。


 大翔は、睨めっこしていたPCから目を離すと、オフィスチェアに座ったまま大きく伸びをした。手元にはペンタブレットとタッチペン。高校受験で第一志望校に合格した記念に、両親がプレゼントしてくれた大切なものだ。


 ──まさか、すぐ転校する事になるとは思わなかったけど。


 大翔の父親は元々横浜出身だった。加賀美家は大翔の曽祖父の代から小さな会社を経営しているが、長男である大翔の父親は後継者となるのを拒否し、逃げるように静岡県に移住。そこで出会った大翔の母親と結婚した。


 ──父さんの決断は悪くないけど、こっちはせっかく出来た友達と離れるのが辛かったな……。


 大翔の父親は公務員をしながら妻と子供二人──大翔には姉がいる──を養っていたが、つい半年前に自分の父親が急死すると、実家の母親や弟たちに請われ、代々受け継がれてきた会社を自らの手で守る事に決めたのだった。


 ──まあでも、今の学校でもすぐに友達出来たし、それに……。


 大翔は再びPCのモニターに目をやった。開いているのは漫画制作ソフトで、大翔が現在描き進めている一次創作漫画の下書きが表示されている。


 ──新作のモデルも見付かったしね!


 新作漫画の主人公は、強面だが人懐っこい長身の男子高校生だ。彼が密かに付き合っているのは、中学時代からの友人でもあるクラスメートの()()。美形で文武両道、性格もいいので女子にモテるため、主人公をやきもきさせる。


 ──()()()()には、またネタを提供してもらわないとな……へへへへっ。


 加賀美大翔は腐男子だ。きっかけは中学生の時、家族で出掛けた先の古本チェーン店で、間違えて腐女子向けの同人誌を立ち読みしてしまった事だ。それ以来、元々得意だったイラストや漫画で、一次二次問わずBL作品を密かに生み出すようになっていった。

 高校進学後に[Kaxiv]の存在を知り、思い切って二次創作を投稿したところ、腐女子・貴腐人方から多くのブックマークや熱いコメントの数々を貰えた。次に投稿したオリジナル作品でもいい反応を貰えたが、二次創作程ではなかったので、ファンを増やすために日々努力中だ。

 

 ──麻宮君と槙屋君が実は密かに付き合ってて、一見攻めな麻宮君の方が初心(ウブ)な受けで……なんて、おれが妄想して更に作品にしてるなんて、誰が想像出来ようか! むふふふふ……!




「なあ冷司、何か急に寒くなった気がしねーか?」


「言われてみれば確かに……。じゃあ、そろそろ行くか」

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