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02 映画館での再会

「九斗、今度のデートだけど、どうする?」 


 休み時間、冷司は隣の席で頬杖を突いている大きな恋人に、小声でこっそり尋ねた。


「映画でも行くか? お前が気になるって言ってたアメコミ実写の」


 九斗は退屈そうに顔を上げると、冷たく笑った。


「いやデートってさ、お前。何言ってんだよ、恥ずかしいな」


「え……」


 気付くと、クラス中の人間が無表情でこちらを見ていた。


「九斗──」


「気持ち(わり)ぃ事言うなよ。お前なんか、好きでも何でもねーよ」




 悪夢のような出来事が本当に悪夢だとわかると、冷司は安堵の溜め息を吐き、ベッドからゆっくり起き上がった。七時四一分。起床予定より二〇分近く早い。


 ──寝覚めが悪いぜ、ったく……。


 世間の祝日など関係ない職に就いている両親の姿は既になく、リビングのテーブルの上には母親からの置き手紙が一枚。


〝おはよう。

 目玉焼きとベーコン焼いといたから、鍋の味噌汁と冷蔵庫の中のブロッコリーと一緒に食べてね。

 キュート君によろしくね!〟


 九斗(キュート)の文字を目にすると、冷司の目は完全に覚めた。今日はGW一日目にして、記念すべき初デートの日だ。二人だけで遊ぶなんてしょっちゅうだし、何なら数日前にも出掛けたばかりだが、関係性が変わった事で特別感がある。


 ──あー……柄にもなくワクワクしてきた。


 無意識に鼻歌を歌いながらキッチンに来ると、フライパンの中の目玉焼きとベーコンを皿に移し、白米と味噌汁をそれぞれの茶碗に、普段より多めによそった。


 ──映画、面白いといいんだが。


 再びリビングに戻るとテレビを点け、ワイドショーのコメンテーターたちが喋くるのをBGMに、冷司は黙々と朝食を取った。冷蔵庫のブロッコリーは忘れていた。




 JR線桜木町(さくらぎちょう)駅前のショッピングモール内、映画館フロアー。


「えーと、塩味のポップコーンをLサイズで一つ。それと、飲み物はメロンソーダのLサイズで」


 冷司がトイレに行っている間、九斗は売店で自分用の映画鑑賞のお供を購入した。本当はホットドッグやシナモン味のチュリトスも食べたかったが、映画の後に昼食もあるのだからと、微笑む恋人にやんわり嗜められたので我慢した。


 ──まあ確かに、あんまり金使い過ぎてもな。


 商品を受け取って回れ右すると、広い通路の向こう側、グッズコーナー付近にいる冷司の姿が目に入った。


 ──ん?


 冷司は同じくらいの年頃の少年二人と喋っている。一人は一八〇センチ以上の長身──それでも九斗の方が高い──でミディアムロングの黒髪を一つに結んでおり、もう一人は一七〇センチ前後、ダークブラウンのマッシュボブだ。


 ──……あれ? あいつって……。


 九斗が早足で向かうと冷司が気付いて手を上げ、他の二人もこちらを向いた。


「おお、麻宮!」長身の少年が白い歯を見せて笑いかけた。「懐かしいな、キュートボーイ!」


「やっぱりそうか!」


 九斗はドリンクとポップコーンの乗ったトレーを冷司に預けると、長身の少年とハイタッチした。

 

「久し振りだなレオ!! 元気だったか?」


「ああ。麻宮も聞くまでもなさそうだな」


 長身の少年──高嶺麗央(たかねれお)は、九斗たちと同じ中学校に通っていた。はっきりとした目鼻立ちのエキゾチックな顔はイタリア人の母親譲りで、運動能力が高く愛嬌もあるため、女子からの人気は冷司以上だった。


「待っている間にグッズ見てたら、いきなり後ろから両目を塞がれて『だーれだ』って。一瞬変質者かと思ったよ」


 言葉に反して嬉しそうな顔をしている冷司を目にし、九斗の顔も自然と綻んだ。


「ビックリして振り向いた時のクールボーイの何とも言えない表情は、レアものだったね」麗央はいたずらっぽく笑った。


「なるほどな。ところで……」


 九斗は、自分たちのやり取りを微笑みながら見守っているもう一人の少年を見やった。


「えーと、学校同じじゃなかったよな?」


「はじめまして。二階堂篤弥(にかいどうあつや)です」マッシュボブの少年は、小さく頭を下げた。「高嶺と同じ高校で、同じクラスです」


「席が隣になってさ。もっと親睦を深めようって事で、俺からデートに誘ったってわけ。な?」


 麗央は白い歯を見せてニカッと笑い、篤弥の肩を抱いた。


「デ、デート?」九斗は一瞬ドキリとした。


「勿論冗談ですよ」


 篤弥は少々慌てたように訂正すると、麗央の腕を引き剥がした。


「ほら、すぐそういう変な事言う」


「えー、だって二人で映画だぞ? 立派なデートじゃないか」


「はいはい」


 最後の篤弥の声に被るようにして、男性のアナウンスがフロアー内に響き渡った。九斗と冷司の目当てであるアメコミ実写映画『イエローハングドマン』の日本語吹き替え版が、開場になったという案内だった。


「シアター9は上の階だな。あ、それずっと持たせてたな。(わり)ぃ」


 九斗が冷司からトレーを受け取ると、すかさず麗央が手を伸ばしてポップコーンを数個奪い、口に放り込んだ。


「あ、コラ金払え。一〇〇円!」


「聞こえませーん。うん、美味い。俺も買おっかな~」


「そういやレオたちは何観に来たんだ?」


「俺たちは『犬が三毛の一族』。二階堂が観たいって」


 答えるや否や、麗央は再び素早くポップコーンを奪った。


「一〇〇〇円な!」


「出世払いで~」


 九斗は、もうしばらくこのまま久し振りの会話を楽しみたかったが、アナウンスが『犬が三毛の一族』の開場を告げた。


「俺たちはこの階だ。じゃ、楽しんできなよ、キュートボーイとクールボーイ」


「おう、またな!」

 

「そっちも楽しんでな」


 別れ際、九斗は片手を開けると、麗央ともう一度ハイタッチした。

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