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キュート君とクール君の平凡で刺激的な日常  作者: 園村マリノ
第四章

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06 どの人生でも

「まさか、ここで顔見知りに会うなんてね」


 七色の輝きを放つクリスタルの柱を背にしたセーラー服の少女の声色からは、純粋な驚きと、隠し切れない落胆が感じられた。


「おれだって驚いたよ。ここはおれだけしか知らない秘密の場所だと思ってたから」


 セーラー服の少女の正面で、学ラン姿の若き紫苑が、少々上擦った声で答えた。まだ髪を染めておらず身長も伸び切っていない一五歳の少年は、目の前の同級生に、高校の入学式で一目見た時からずっと心奪われていた。


「あなたの事は、よく廊下で見るわ」


「近巣。近巣紫苑。隣の二組だよ」


「珍しい苗字ね」


「きみだってかなり珍しいでしょ、座田名(ざたな)さん」


「まあね。親族以外で聞いた事ないわ」


「おれも両親以外には知らないんだ。しかも下の名前は女に間違えられやすいし。その点、きみは真歩(まほ)だから──あ、ごめん勝手に……」


「あら、構わないわよ。真歩って呼ばせてあげるわ、紫苑ちゃん」


 身長一七〇センチ超、モデルのような体型と流れるような豊かな黒髪、奥二重で切れ長の目、そして何者にも媚びない堂々とした振る舞いから、同級生たちの間で一目置かれている──そんな魅力的な想い人の悪戯っぽい笑みは、クリスタルよりもずっと輝いて見えた。




 過去の記憶の世界からゆっくり戻ってきた紫苑は、クリスタルから手を離すと感慨深げに溜め息を吐いた。想い人との大切な思い出は、何十回と見直しても飽きないものだ。


「おれの女王様……愛してる!!」


 熱を帯びた紫苑の声が、空間中に響き渡った。


「若い頃からずーーーーっと可愛い! 気高い! 美しい! お前もそう思うだろ? なあクリスタル!!」


 当然ながら返事はなかったが、紫苑は満足げに一人頷くと、南太田へと繋がる出入口へと戻っていった。


 ──さっきの二人は羨ましかったなぁ~、あんな若いうちから両想いで! 


 クリスタルを使用後、第三者の存在を忘れて青春モードに入っていた少年二人の様子を思い出し、紫苑は微笑んだ。


 ── あれ、そういやちゃんと名前聞いてなかったな。感じのいい奴らだったし、またいつか会えるといいな。

 



「不思議な体験だったな。まるで夢みてーな」


「ああ……でもこの感覚が現実だって言ってる」


 九斗と冷司は、一度も振り返る事なく石造りの通路を進んでいった。コツコツと響く二人分の足音の間隔が、来た時よりも若干短いのは、どちらも空腹感から無意識に早歩きになっているためだ。


「なあ、見てみたい記憶があり過ぎたって言ってたけどさ、どんな記憶で迷ってたんだ?」


 冷司が問うと、九斗は真っ直ぐ向いたまま、


「親父との思い出。一緒に飯喰ったり、遊んだり、何処(どっ)か連れてってもらったり……いっぱいあるんだけど、どれも結構うろ覚えだから」


「そっか……」


 ──だったら、やめて正解だったのかもしれない。俺が気軽に覗いちゃいけない。


 冷司は安心したような、少々残念でもあるような複雑な気持ちになった。


「後はさ、過去世だな」


「え、過去世?」


「おう。過去の記憶っつーから、ひょっとしたら今より前の人生でもOKなんじゃねーのかなって」


「いやー……うーん、それはどうだろうな。流石にそこまでは厳しいんじゃないか? もし可能なら、近巣さんが教えてくれたんじゃないかな」


「む、確かに……」


 商店街へと続く黒いドアが見えてきた。


「まあでも、見なくったってだいたいわかる気がするんだよな。オレはどの人生でも──……」


 自分から言い出しておいて、九斗は中途半端なところで口を噤んでしまった。

 冷司は口を挟まず、静かに続きを待った。やっぱり話したくないのであれば、それでも構わなかった。九斗は大きな体と強面に似合わず、優しくて繊細な心の持ち主だ。表情にこそ出さないが感傷に浸っている最中なのだろう──自分(オレ)はどの人生でも、親父を早くに喪ってしまう運命なのだと。


 ──そうだったとしても、俺はいつだってそばで見守っていたはずだよ……たとえお前が振り向いてくれなくても。


 やがて二人は黒いドアの目の前まで辿り着くと、どちらからともなく一旦足を止めた。


「あー、その、今の続きだけどよぉ……」


「ん、いいよ。ゆっくりで構わないから」


「……オレはどの人生でも、お前と一緒にいたんだよ、きっと」


 冷司の両目が、ゆっくり見開かれる。


「それで、その……少しずつ、友達以上になっていったんだろうな……と思うんだ」


 ドアの向こう側から商店街の喧騒がぼんやりと聞こえてくるが、二人の耳には届いていないも同然だった。


「……な、何だよぅ……」


 まばたきも身じろぎもせず、無言で見据えてくる冷司からの反応を待っていた九斗だったが、耐え切れずに目を逸らした。拗ねた子供のように自分のTシャツの裾をぎゅっと掴み、落ち着きなく体をモジモジさせる。


「そんなに変かよ。お前だって言ってたじゃんか、どんな人生でもオレの事が──」


 最後まで言い切れなかったのは、冷司の柔らかい唇にしっかり邪魔されたからだ。

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