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キュート君とクール君の平凡で刺激的な日常  作者: 園村マリノ
第四章

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05 食欲優先

「近巣さん……まさか、見えていたんですか?」


「いや全然。水晶触ってないし。でも今の台詞(セリフ)聞いたら察せるよ?」


「あ、ああ……」


 冷司は頭を抱えた。顔を真っ赤にして俯いている九斗は、普段より小さく見えた。


「いいじゃん、青春じゃん。性別なんて関係ねえってね」


「……う、うっす……」


「おれも学生の時から、ずっと好きな子がいてさ……」


 紫苑は遠い目をしながら静かに語った。


「おれの場合、相手は女性なんだけどさ……こっちがどんなにアプローチしても、のらりくらりと躱わされ続けて、未だに友達以上恋人未満な関係……一緒に出掛けたり呑みに行く時もあるけど、それ以上発展しないんだ……」


「え、えーっと……」九斗は遠慮がちに口を挟んだ。「一緒に出掛けたり呑みに行くって事は、全く気がないわけじゃないはずっすよ。な、冷司?」


「あ、ああ多分な……」


「おっと失礼。つい自分語りしてしまったよ」


 紫苑は苦笑すると、思い出したように九斗に手を差し、


「さ、次どうぞ。おれは最後でいいから」


「え? あ、どーも……」


 九斗はクリスタルの柱をゆっくり見上げた。七色の輝きを眩しがるように目を細めたり、小さく唸ったりしながらしばらく考え込んでいたが、やがて振り返ると困ったように小さく笑った。


「せっかくだけど、オレはやめとくっす」


「え、いいの? これといって何もない感じ?」


「いや、逆に見てみたい記憶があり過ぎて迷っちまって、一つに絞れそうにないっす」


「ああ、なるほどね。まあ、無理強いはしないよ」


 紫苑のために場所を空けようとクリスタルから離れかけた九斗に、冷司がどこか心配そうな視線を投げかける。


「どうした……む、そうか! お前の記憶は一緒に見たのにオレの分は見せないんじゃ不公平だな! す、すまん……」


「いや、そうじゃなくて。それは全然構わないんだけど、本当に見なくていいのかなって」


「もう結構腹減ってきてるからよ……迷ってたら余計にしんどくなりそうだろ?」


「ははは、そうか。じゃあ俺たちはそろそろ戻ろうか」


「おう」


 二人は焦茶色のドアがあった方に目をやったが、それらしきものの形跡はなく、ただ無機質な壁があるだけだった。それどころか他の出入口も見受けられない。


「お、おい! 出られねーぞ!?」


「あー……そういや、商店街のドアも途中で消えたもんな」


「何でそんな冷静なんだよ! このまま帰れなくなっちまったら──」


「大丈夫さ」


 クリスタルに近付きながら、紫苑がのんびり答えた。


「もう少し待っててみな、また復活するから。これもどういう原理と理由なのかさっぱりわからないんだけど、消えたり現れたりするんだよ」


「そーなんすか……でもどれくらいっすか?」


「おれの経験上、四〇分以上待った事はないね。きみたちが使ったドアがいつ頃消えたのか、見てなかったからわかんないけど、まあ雑談でもしながら待ってなよ。

 じゃ、おれは今から自分の記憶にダイブするから。ドアが現れたら、気にせずそのまま帰りな」


 九斗と冷司が礼の言葉を述べると、紫苑はニカッと笑って小さく手を挙げて応えてから再びクリスタルに向き直った。


 ──そういえば俺も腹が減ったな。


 冷司はスマホを取り出した。そろそろ一二時半になろうとしている。


「お、圏外だ」横から九斗が覗いた。「滅多に見ないよな」


「本当に謎な空間だな、ここは」


「オレさ、思ったんだけどよ……ここは、この世じゃなかったりしてな」


 外のように暑くはないが涼しいわけでもないこの空間で、冷司が背中にひんやりとしたものを感じたのは初めてだった。

 そして、少々ゾッとする考えが頭を(よぎ)った──今ここで振り返ったら、クリスタルの前にいるはずの男の姿が、ドアと同様に消え失せているのではないか、と。


「おお、見ろよ!」


 ある意味では夏にピッタリな雰囲気を壊したのは、その雰囲気を作り出した本人だった。


「ほら冷司! 復活してんぞ!」


 二人から数メートル先、間違いなく何もなかったはずの壁の一部分に、いつの間にか焦茶色のドアが現れていた。

 九斗は逃さないとばかりに走ってゆき、ドアを開けた。来た時と同じように、左右の壁に松明が掛けられた石造りの通路が続いている。


「同じ場所に戻れるんだよな?」


「そうだろうな。もし違う可能性があるなら、あの人が教えてくれたはずだ……」


 冷司は恐る恐る振り返った。変わった苗字の気さくな男は、ちゃんとクリスタルの前にいて、過去の自分に戻っていた。


「どんな思い出に浸ってるんだろうな、近巣さん」


 ドアを手で押さえたまま、九斗は純粋な疑問を口にした。


「さあな……いいものとは限らないし、滅多に使わないサイトのパスワードを思い出したいだけかもしれない」


「えー、夢がねーの」


「じゃあお前はどう思う?」


「むぅ……あ、さっき言ってた、ずっと好きな人との思い出じゃねーか? 初めて出逢った時の事とか」


「あり得るな」


 二人は顔を見合わせ、うんうんと頷き合った。


「それじゃ、そろそろ行こーぜ。また消えないうちにさ」


「そうだな」


「それじゃあ、お先っす」


「失礼します」


 聞こえないとわかっていながらも紫苑の背中に声を掛けると、九斗と冷司は不思議な空間を後にした。


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