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キュート君とクール君の平凡で刺激的な日常  作者: 園村マリノ
第四章

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03 近巣紫苑

「……何かスゲーな」 


「そうだな」


 黒いドアの先は、狭い石造りの通路になっていた。左右の壁に等間隔に松明が掛けられているため、暗過ぎるわけではないが、距離があるのか先の方がほとんど見えない。


「あー、どうするんだ? 進むのか?」


「行ってみよう」


「おう」


 冷司が先に歩き出し、九斗も後ろに続いた。二人分の足音が響く以外は何も聞こえず、何処からともなく冷たい風が足元に吹きつけてくる。


「うおっ、ドアがねえ!!」


 ほんの数メートル進んだところで何気なく振り返った九斗の驚きの声が、通路内に響いた。


「見ろ、消えちまってるぞ! 閉じ込められた!」


「うわ、ほんとだ……」


「おい、やっぱり入っちゃマズかったんじゃねーのか!?」


 九斗は、今にもしがみ付かんばかりに冷司に体を寄せた。


「うーん……」


 抱き締めてやりながら頭をぽんぽんと優しく叩き、隙あらば柔らかな唇を塞ぎたい……という純粋な愛情と邪さが入り混じった気持ちを押さえながら、冷司は冷静に答える。


「いや、大丈夫じゃないかな。先に行ったら何とかなる気がするんだ」


「何とかなる?」


「ああ。こういう感覚、何て言えばいいのかな……第六感? いや大袈裟かな」


「よ、よしわかった。お前に任せるぞ」


 再び歩き出し、二〇メートル程直進んだところで、焦茶色の木製のドアに突き当たった。


「ここ以外に出口はなさそうだな」


「覚悟は出来たぜ。何が飛び出してきてもぶちのめす!」九斗は拳を構えた。


「飛び出る……というか、開かなかった場合の方が困るんじゃないか」


「腹減っちまう! というかもう減ってきてんだよオレは!」


「まあ落ち着け」


 冷司は右手でドアを押してみた。最初の黒いドアよりは重いが、手応えはあった。

 二人は顔を見合わせて頷くと、一緒にドアを押し開けた。


「……おっ?」


「……何だあれ……」


 辿り着いたのは、一〇帖あるかないかの薄暗い空間だった。ど真ん中には、全長五メートル超はある七色に輝く石の柱が鎮座している。

 二人はどちらからともなく石の柱に近付き、まじまじと眺めた。


「これ……まさかクリスタルか?」


「クリスタルってレインボーもあるのか? というか、ここは何処でこれは何なんだよ?」


 九斗が柱に手を伸ばしかけた時だった。


「その水晶に触れると、思い出したい記憶を見せてくれるぞ」


 いつの間にか、柱の向こう側に一人の男性が立っていた。三〇代半ばくらいだろうか。冷司と同じくらいの背丈で、アッシュグレーの短髪をオールバックにしている。


「ビ、ビックリした……」


「ああ、悪い悪い」


 男性が回り込んで二人の近くまでやって来た。


「おれは近巣紫苑(ちかすしおん)。ごく普通の社会人だ」


 冷司が完全に警戒を解いていない様子を察したのか、男性は自ら名乗った。


「おれだって、誰もいないだろうと思ったらきみたちがいて、ちょっとビックリしたんだぜ。きみたちは何処から通って来た?」


「……近所の商店街です」冷司が答えた。「不自然な場所に、真っ白い壁と真っ黒いドアを見付けたら、無性に気になって」


「へえ、面白いな」


「チカスさんは違うんですか?」


「人によって違う、というか、どうにも不安定みたいだな。毎回同じ場所に見付かるとは限らない。おれは今回は、京急線の南太田(みなみおおた)って駅の近くにある、いい感じのコーヒーショップの窓ガラスからだ」


「あの……」九斗がおずおずと口を開いた。「さっき何か、もっと凄い事聞いたような気がするんすけど……」


「え? ああ、おれの名前?」


「いや、その──」


「ごく普通の社会人」


「自己紹介の前っす!」


 紫苑と九斗はほぼ同時に笑い出した。冷司は、今頃はまだジェノバで夢の中であろう友人を思い出した。何となく、本当に何となくだが、雰囲気が似ている気がした。


 ──多分、悪い人ではなさそうだな。


「記憶を見せてくれる、って……本当すか」


「ああ、本当だ。どういう原理なのかはさっぱりわからないがな」


「慣れているみたいですけど、ここには何回も?」


「何だかんだで、一〇回くらいは来てるかな。食うか寝るか泣くかばっかりだった頃から、昨日の夕飯の内容まで、とにかく自分の記憶なら何でもOKだから便利なんだよねー。まあ、入口を見付けるのが簡単じゃないんだけどな」


 二人は曖昧に頷いた。黒いドア、この空間に至るまでの道、そして目の前のクリスタルの柱……それらを踏まえれば、紫苑が嘘を吐いてからかっているとは思えなかったが、それでもまだ完全に信じられるとは言えず、奇妙な気分だった。


「試しに何か見てみたらどうだ?」


 九斗たちの心情を知ってか知らずか、紫苑はクリスタルの柱を指し示した。


「おれは最後に来たから、きみたちが終わるまで待ってるよ。ちなみに、記憶は水晶に触れた人間にしか見えないようになってるからご安心を」


 どうする、と目で訴えてくる九斗に、冷司は小さく頷いて応えた。


「試しに俺がやってみるよ。丁度、もう一回思い出したい記憶があるんだ。何なら一緒に見るか?」


「え、いいのか?」


「ああ」


「一緒に見るなら、茶髪のクールなきみが最初に触れるんだ」


 クリスタルの柱からゆっくり離れながら、紫苑が指示する。


「見たい記憶を、ぼんやりでいいから思い出しながらな。上手くいけば、クリスタルが無色透明になる。そうしたらすぐに、背の高いきみも触れてみな」


「わかりました」


 冷司はゆっくり息を吐き出すと、大切な思い出の記憶の欠片を頭に浮かべながら、クリスタルの柱に手を伸ばし、そっと触れた。

 

「……あ!」


 クリスタルから七色の輝きが失われてゆく。驚きに声を上げた九斗に対し、冷司の表情はぼんやりとしている。


「もう始まっているみたいだ。きみも触って」


「う、うっす!」


 九斗は少々慌てて、叩くようにしてクリスタルの表面に触れた。


 ──……!?


 クリスタルに吸い込まれるような感覚がした。

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