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キュート君とクール君の平凡で刺激的な日常  作者: 園村マリノ
第三章

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20/36

06 友達だから

 ──もうちょいゆっくりして、(めし)をおかわりしても良かったかな……。


 目覚まし時計が鳴り響くよりも二〇分以上早く起きてしまった九斗は、頭がスッキリしていたので二度寝はせず、テキパキと身支度をして普段よりも早く自宅を出た。


 ──ま、たまにはこういう日があってもいいか。


 公園の前まで来ると、冷司とばったり出くわした。


「よう」


「お、早いじゃん」


 冷司とキスをした──正確には()()()と言う方が正しいが──衝撃的な日から、早くも一週間が経過した。

 キスの後、互いに何となく気まずさや気恥ずかしさが勝ってしまい、冷司は長居せず帰ってしまった。それでも二人の仲はギクシャクする事もなければ特に進展する事もなく、普段通りに過ごしている。


「今日も晴れて良かったな」


 ほぼ快晴で、まだ七時台だが湿気が多く、それなりに暑い。似たような天気は月曜日から続いていた。


「そうだな。梅雨の中休みってやつだ。今週中は大丈夫らしい」


「今週中は、か。もうちょい続いてもいいんだけどな」


 二人で喋りながら歩いても、一本早い電車には充分間に合った。

 電車が出発してから程なくして、何気なく前の車両に目をやった九斗は、見覚えのあるライトグリーンの髪をした女性に気付いた。右手で吊り革に掴まり、左手で持ったスマホで何かを観ているようだ。


「あ、ゆあっちだ」


「え?」冷司が九斗の視線を辿る。


「ほら、あの明るい緑の頭の。この間偶然駅で会った。冷司も見てたんだろ?」


「ああ、あの子か。本当だ。私服だけど私立か?」


「そうだって言ってたな。名前までは知らねーけど。今度[MINE]で聞いてみっかな」


「へえ、交換したんだ?」


 九斗ははっとして冷司に視線を戻すと声を落とし、


「い、いや勘違いするなよ? あくまでも交換して、その後によろしくって簡単なやり取りしたくらいだからな。断じて浮気じゃねーからな!」


「わかったわかった」


 冷司は宥めるように九斗の肩を軽く叩いた。


 ──浮気?


 ──え、今一瞬浮気って言った?


 ──浮気? うん?


 二人のやり取りは周囲の乗客の数人に聞こえており、更にそのうちの三人──女子大生と女性フリーターと中年男性サラリーマン──には九斗の小声もしっかり聞こえていた。


 ──つ、付き合ってるのかな?


 ──あの大きい子、いかにも肉食系だもんね……ムフフ。


 ──俺の聞き間違いだよな? 最近疲れてるからな……。




 人気(ひとけ)が少なく、普段の賑やかさが嘘のように静かな校舎内。

 たわいない会話をしながらゆっくり階段を上って教室へと向かう途中、後ろから誰かがやって来たので、九斗と冷司は振り返りつつ真ん中を開けた。


「……どうも」


 隣のクラスの小泉だった。会釈すると早歩きで上っていったが、二階の踊り場で足を止めると九斗たちに振り返った。


「ねえ、黒沢さんと仲いいの?」


 九斗たちも踊り場まで来ると足を止めた。


「あー、えーとあなたは……」


「小泉だよ。君は麻宮君で、お隣は槙屋君、でしょ?」


「そーっす」


「同じクラスにいるでしょ、黒沢さん。仲いいの?」


「……仲がいいって──」


「まあ、悪くはないけど」探るような小泉の口調と目付きに若干苛立ちながらも、答えに詰まる九斗の代わりに冷司が口を開いた。「それがどうかしたの?」


「あー……一応、教えてあげておいた方がいいかなー、って」


「何を?」


「中学の時に通ってた塾で仲良くなった子から聞いた話なんだけどね……あの人、性格悪いよ」


 ──ああ、やっぱりな。


 どうせそんな話だろうと予想していた冷司は、特に驚かなかった。


「気に入った男子がいたら、たとえ彼女持ちでもちょっかい出してさ、でも男子が自分を好きになって告ってくると飽きちゃって、あっさりフッてポイ。彼氏取られたショックで不登校になりかけた女子もいたんだって」


 興が乗ってきたのか、徐々に話し振りに熱が入ってゆく小泉を、冷司は冷ややかに見つめた。


「そんな事だから、女子からは陰で嫌われてたらしいけど、当然だよね。二人もさ、気を付けた方がいいよ? 特に麻宮君。ナオとリホも言ってたんだけど、多分次のターゲットはキミだよ。この間偶然見掛けたけど、一緒に帰ってたでしょ? あの人多分また──」


「なあ──」


「いい加減にしてください」


 自分が口にしようと思っていた言葉が恋人から発せられた事に、冷司は今度こそ驚いた。


「黒沢さんはオレらの友達です。悪く言わないでください」


 九斗自身は冷静で、あからさまに怒りを露わにしているわけではないが、体の大きさと生まれつきの強面が威圧感を漂わせている。小泉を黙らせるには充分だった。


「その話は嘘だと思います。あるいは誤解されてるんすよ、その塾が一緒だったお友達が。黒沢さんはそんな人じゃない。オレの野生の勘がそう言ってます」


「野生……は何かちょっと違うけど、俺も同意見。黒沢さんは性別関係なくフレンドリーだし、クラスで変な様子や噂もない」


 新しい足音に、九斗たちは階段へ振り向いた。


「あ……」


「おはよう、皆」


 しまった、と言わんばかりに顔をしかめる小泉とは対照的に、黒沢はにこやかに、堂々とした足取りで三人の元にやって来た。


「く、黒沢さん。えっと、オレたちその──」


「ほとんど全部聞こえたよ。……小泉さん」


 名指しされた本人は、睨むような視線を向ける事で応えた。


「うちの話は、松元(まつもと)さんから聞いたでしょ」


 ややあってから、小泉は視線を逸らして無言で頷いた。


「それ、ほとんど嘘だから。ほとんどっていうのは、うちが男子をフッたのが事実ってだけで、誑かしてなんかいない。その男子には付き合ってる子がいるのを知ってたから断ったの。どうもその場面を目撃していた別の男子がいたみたいで、話が一気に広まって、付き合ってる子の耳にも入ったみたいだけど……」


 黒沢は小さく溜め息を吐くと続けた。


「まさかそれに尾ひれが付いて、うちが悪いみたいになるとは思わなかった。しかも気が付いたら、何人も誘惑してフッてる悪女キャラにされかけてたし。仲がいい子たちは無実を信じてくれたけど、一部ではその話を鵜呑みにされちゃって、わざと目の前で悪口言われたり無視されたり、すれ違いざまに舌打ちされたり……」


「そのデマを流したのが、マツモトさんて子だったの?」


 冷司の問いに、黒沢は苦笑しながら頷いた。


「理由は何かよくわかんないけど、いつの間にか嫌われてたみたい。同じクラスになった事もなければ喋った事すらないのに、意味わかんないよね」


 階下から騒がしい声が聞こえ、徐々に近付いてくる。


「小泉さん。うちね、高校受験が始まる少し前にデマの件を学校に相談したんだけど、最初はあんまり積極的に動いてくれなかったし、松元さんはしらばっくれて、自分が言い出したってなかなか認めなかったの。

 じゃあどうしたかっていうとね、今度はうちの親戚の弁護士と警察官に相談してみたの。そしたら学校と違ってすぐに動いてくれて。で、どうなったと思う?」


 もはや小泉は黒沢だけでなく、強面でいかつい男子と冷めた目をした美男子とも視線を合わせようとはしなかった。


「即解決! 松元さんは泣きながら謝罪してくれたし、学校の先生たちも何か優しくなったし、周りの誤解も解けたんだ。もしも松元さんが頑なに認めないようなら、もっと動かなくちゃならなかったから、そうなる前に和解出来て良かったよ。

 あと親戚たちが言うにはね、デマを最初に流した張本人でなくとも、便乗して誰かの名誉を傷付けると、罪に問われる可能性もあるんだって」


 男子生徒が四人── 全員、二階に教室がある二年生だ──喋くりながら階段を上ってきた。前を歩く二人が九斗たちをチラリと見やったが、特に気にした様子もなく去っていった。


「……というわけだから小泉さん。松元さんに騙されていたとはいえ、もううちに関するデマは流さないでね? うちだって、同級生相手に争いたくなんてないし、それは小泉さんも同じでしょ? ああ、いつも一緒にいる子たち……土元(つちもと)さんと菊池(きくち)さん、だっけ? あの二人にも言っておいてね」


「……わ、わかった……」小泉の顔からは血の気が引いていた。「その……アヤカ──松元さんの話を、すっかり鵜呑みにしちゃってて……ま、まさか嘘だと思わなかったから。その、ごめん。うん。もう言わないし、信じないから」


「良かった、わかってくれて! ごめんねー、話が長くなっちゃって。そろそろ人が増えるだろうし、教室行こ。小泉さん、お先どうぞ!」


 にっこり笑った黒沢が案内するように手を伸ばすと、小泉は弾かれたように階段を上っていった。

 

「……有難う、二人共」小泉の足音が聞こえなくなると、黒沢は落ち着いた声で言った。「信じてくれて有難う」


「そりゃ当然っすよ、友達なんすから!」


「そう、お礼を言われるような事じゃないよ。さ、行こう。九斗、教室まで競走するか?」


「おう、望むところだ!」


 黒沢の目にうっすら光るものには気付かなかったふりをして、九斗と冷司は階段を駆け上った。

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