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キュート君とクール君の平凡で刺激的な日常  作者: 園村マリノ
第三章

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04 そうだ、本を読もう

 図書室に入るなり、冷司は真っ先に貸出カウンターへと向かった。天気の割に生徒の姿は少なく、九斗たちが知っている顔はなかった。


「すいません、新刊の『コンソメ人間』ってあります?」


 手元のクリアファイルの中身に目を通していた司書・鍋島(なべしま)が振り向いた。推定四〇代後半の小柄な女性で、気さくな人柄から生徒たちに人気がある。一部の女子生徒は、本人のいない所で〝ナベちゃん〟と呼んでいる。


「あー、あれはさっき貸し出したばかりよ」


「ああ、そうですか。残念」


「同じSFならあれはどう? 去年出たやつだけど『そして輝く丑寅象(ウシトラゾウ)』。読んだ?」


「もう読みました。面白かったんですけど、主人公の思考にあんまり共感出来なくて」


「あ、わかる。というかあの作者の作品の主人公ってだいたい捻くれてて──……」


 冷司と司書の会話は、すぐに終わりそうにはなかった。手持ち無沙汰になった九斗は、ゆっくり歩きながら適当に本棚に目をやった。


 ──オレもたまには何か読むかなぁ。


 九斗には読書の習慣はないし、あまり興味もない。座って活字を目で追うよりは体を動かす方がずっと好きだ。中学時代、冷司と読書好きなもう一人の友人にそう話したら「目で追うだけじゃないだろ……」「ただの文字の羅列にしか見えないのかい……?」などと、どこか憐れんだような口調で反論された。


 ──オレでも頭使わずに気軽に読めそうな小説は……ああ、それこそ冷司(あいつ)に聞けばいいのか。


 貸し出しカウンターの方へ振り向くと、冷司がこちらにやって来るところだった。


「待たせたな」


「おう。何か借りられたか?」


「いや、今日は何も。また今度にするよ。戻ろうか」


「あー、あのさ。何かオススメの小説ってないか?」


「え?」


「ちょっと気が向いた。何か読もうかなって」


 冷司は一瞬目を見開き、破顔した。


「や、やっぱり変か? オレが読書なんて」


「変じゃないよ。どんなジャンルがいいんだ?」


「あー……特に考えてねーや。オレにも読めそうなら何でもいいんだが」


「うーん、そうだな……じゃあ……」


 言いながら、冷司は貸出カウンターの方へと戻ってゆく。司書にでも聞くのだろうかと思いながら九斗も後に続いたが、冷司の足はカウンター近くの回転式本棚の前で止まった。


「この辺のはどうだ?」


 回転式本棚には、何十年も前から何百もの生徒たちに触れられてきたのであろう、古びた文庫本がまばらに収納されている。主に海外の推理小説と、SF小説のシリーズものの邦訳本だ。


「推理ものなら、例えばこの『鏡が全然ひび割れない』とか。昔の作品だから表現はちょっと古臭かったりするけど、なかなか面白いぞ。SFならこの『銀歯ハイキック・ガイド』シリーズとか」


 九斗は『銀歯ハイキック・ガイド』の第一巻を引っ張り出し、適当なページを開いて目を通した。自分にとっては難しい日本語と、聞いた事のない恐らくはSF用語の数々に、自然と小さく唸り声が漏れる。


「あー……じゃああっちの方がいいかもな」


 次に紹介されたのは、図書室の奥へ進む途中にある木製の本棚の一角だった。ズラリと並ぶ単行本のタイトルのいくつかは、九斗にも聞き覚えがあった。


「この辺のは、だいたいどこの図書室にもある世界の名作コーナーだ。さっきのSFよりは間違いなく読みやすいぞ」


「お、この『ああ無情』って知ってるぞ。重くて悲しい話らしいな。前に母ちゃんが映画で観たって言ってた」


「読んでみるか?」


「ん……いや、ハッピーエンドがいいな。善人の主人公が報われずに死んじまうってのが嫌だ」


「そうか。じゃあ『ロビン・フッドの冒険』もやめときな」


「おう。……ってネタバレじゃねーか!」


 冷司は慌てて口元に人差し指を当てた。


「だってお前がそういうの嫌だって言うから」


「む、待てよ……もしやこの『赤毛のアン』とか『トム・ソーヤーの冒険』も、最後に死ぬんじゃ……」


「安心しろ、無事だ」


「こっちの『小公子』と『小公女』ってのは、シリーズものか?」


「別物だけど作者は一緒だ。ほら、その右端の『秘密の花園』と同じ作者。そんでもって死なないからな」


「ふうん……」


 何気なく『秘密の花園』に伸ばしかけた九斗の指先と、同じタイミングで伸びてきた冷司の指先がぶつかった。


「あ、(わり)ぃ」


「ああ、ごめん」


 互いの視線が絡まり、無言になる。鍋島がPC(パソコン)のマウスをクリックする小さな音と、図書室の前を通り過ぎる生徒たちの話し声が、妙によく響いて聞こえてくる。


「な、何だよ?」


「いや……何かベタだよな、こういうの」


「お、おう……確かにそうだな」


 九斗は本棚に向き直ると、一つ咳払いした。世界の名作たちの背表紙を、少々大袈裟な動きで順番に指差してゆく。


「えー、あー……よし、これだ」


 指が止まったのは『ドン・キホーテ』だった。


「確かこれって、ペンギンが主人公のやつだろ」


「人間だよ。それと、最後に死ぬやつだ」


 結局九斗は何も借りず、冷司と図書室を後にした。

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