1
人生の、色の話。
1.
僕の生きている世界には、沢山の色を持って生きている人々がいる。
が、僕には灰色と黒、白しか見えないのだ。
抜け出せないでいる灰色の世界と、時折誘惑してくる黒い世界、そして眩しすぎて僕を魅了するけれど、心を時にとてつもなく逆撫でする白い世界。
いつからだろう、僕の目が白に釘付けになったのは。
そうだ、あの人を見た日からだ。
とてつもなく恋焦がれていた、白い彼女。
そして、灰色から抜け出せず、彼女に触れるどころか見続けることも許されそうにない僕。
試みては裏切られた世界のその彼女は、僕にも優しく微笑みかけるけれど、決して近づけはしないのだ。
お預け状態の犬と大差ない境遇だが、心中は相当違う物だろう。
ただ飢えているというわけではなく、そこにはルサンチマンが入り混じっているのだ。
彼女は沢山の人を魅了した。
だが、そこには何の分け隔ても無く、皆、平等に優しく微笑みを返されているのだから、
彼女が何を考えているのか皆目見当もつかなかった。
2.
私は生まれた時から、真っ黒な世界に居た。
けれど、そこで私は何者かに擬態する術を身に付けた。
親に愛される素質を持った子供、周囲に求められる性質を持った女性、そして、このどす黒い気質を完全に隠しおおせる笑顔。
私は誰も信じないけれど、誰もが私を信じた。
自分以外の他人は全て、私にとっては、退屈をしのぐ為の駒に過ぎない。
ただ生きて、死ぬ。
そこには何の意味もないのだから。
ただ、そこで好き勝手するには、「白」く見せる必要があることに、私は生まれつき気付いていたのかもしれない。
一際輝き、誰もを魅了する色。
そして、そこに誰もが何色でものせられそうという期待に満ちた目で見る色。
そんな自分勝手な期待も受けてしまう色だけれど、私は気に入っている。
その性質によって、寄ってくる人間の選別が出来る。
相手がどんな目的で自分に近付いてきているのかが、私には手に取るように分かった。
エンパスのような、共感性で相手を見ているのではなく、むしろ私は共感性に欠けていると思うけれど、それをまるでそうではないかのように完璧に演じる事が出来た。
だから、何でも私の思う通りになったけれど、それでは世界がとてつもなくつまらなかった。
3.
彼女と初めて話をしたのは、2年ほど前の事だったと思う。
あまりに清廉潔白な雰囲気と直視できないほどの輝きに、目を下にやりながら、少しだけ話をした。
「こちらのカフェには良く来られるんですか?」
彼女は、とても耳触りの良い声で僕に問いかける。
それに少し間をおいて、返事をした。
まさか、話しかけられると思っていなかったからだ。
こんなにも美しい人を、僕は見たことがない。
「…え、と。あの、実は初めて、でして。」
僕は赤面していたと思う。
それが、自分自身で分かるほどに体温が上がっていて、それが恥ずかしさに拍車をかけた。
「そうなんですね。ここ、雰囲気はいいし、人が多すぎないしで、私、良くお邪魔させてもらってるんです。マスターが、あまり人でいっぱいにしないように配慮しているんですって。ほら、席の配置も、お店の広さの割に少なめに配置されているでしょう?それが心地良くて、私通い詰めてしまって。あ、済みません、私ばかり、話しすぎてしまいましたね。」
僕は正直ずっと聞いていたいと思った。
心地の良い声に微かに香る品の良い花のような、紅茶のような香りが相まって、僕は一気に彼女の世界にのまれてしまった。
僕たちは、その日たまたま二人きりの客だったのだ。
その日、僕は前日に上司から厳しく叱責を受け、溜まっていた有給を使って休みを取り、ぶらぶらとしていたのだった。
何となく家に居たくなくて、目に付いた近所の入ったこともないカフェにそっと潜り込んだ。
普段はこんな事はしないのだが、とてつもなく人の雰囲気に触れたかった。
たった一人で、自分の駄目さ加減に潰されそうな時間を過ごしたくなかった。
「また、お会いしましょうね。」
それから、僕は期待しながらも、その来るかもわからない日を少し斜に構えて頭の片隅に思い続けていたのだが、彼女は通い詰めていると言っていたから、案外また会えるかもしれないな、と思っていた。
その希望通り、それからは彼女とそのカフェで良く会うようになった。
色々な話をして、そして分かり合えたような気になっていた。
が、ある日突然に、突きつけられるその現実に、僕は我に返り、再び自分の世界に引きこもるようになったのだ。
僕は気付いてしまった、こうして話をしてはいるが、僕らは全く違う世界に生きている人間なのだと。
人生の色が違うのだ、
僕は、人殺しこそしないが、あまり褒められた人生を送っては居なくて、正直パッとしない、何物にも期待しない方が幸せだと感じる人生を送ってきた。
が、彼女は違った。
期待すればするほど、その伸びしろは伸びて言って、あるがままを認められる、そんな人生をふつふつと感じさせる言葉、佇まい。
そこに羨望と恋心を抱きながらも、この汚い妬みの感情を悟られずに関係を続けるのは困難だった。
そして、僕はその関係から逃げたのだ。
情けない負け犬とは、僕の事だ。
「住む世界が違う。」
こんな言葉が、自分の人生でこれ程重く胸にのしかかった事が、かつて有っただろうか。
その時の思いを、僕は未だに忘れられないでいる。
4.
お気に入りのおもちゃが無くなった。
私は、またつまらない世界でただひたすら、誰もが信じてくれる張り付けた笑顔で生きていた。
つまらない、つまらない。
あの少し虚ろな目をしたおもちゃは、私に必死についていこうと頑張っている姿で私を楽しませてくれた。
けれど、どこかへ消えてしまった。
また次のおもちゃが見つかればいいけれど、なかなかそうもいかない事は、これまでの経験で分かっていた。
昔から私は一つのおもちゃを壊れるまで気に入ってひたすら使って遊んできた。
その前に私の手元から離れるのは許せないのだ。
だから、私は全てを手に入れては気が済むまで堪能して壊しては、次を探して。
いつまでも、いつまでも満たされない。
最近では、分かってきていた。
一生、私は満足することがないのだと。
だから、それを考えないように、次々とおもちゃが必要なのに。
私は残念だな、と思いながら、つまらないアフタヌーンティーを過ごしていた。
労働してもいいけれど、必要は無いし、楽しいとも思えないから、こうして退屈をお金の力で誤魔化していた。
宝石も良い服も、オーダーメイドの高級靴も最上級の鞄だって、美しい至高の香りも、私を楽しませてはくれない。
どうしたらいい?
ねえ、どうしたらいいの?
誰かに、教えてほしい。
退屈で死にそうなのよ…。
5.
美しい人の内面は、同じように美しいのだろうか。
微かに心地良い香りをまとった彼女を思い浮かべながら、僕はベッドの中で微睡んでいた。
一緒に居ると、とてつもない高揚感があるけれど、同時に自身の薄っぺらな内面を見透かされていやしないかと、ひやひやする時がある。
これは、どんな感情なのか、僕にはわからない。
会いたい、けれど、この内面があらわになるのが怖い。
そんなせめぎあいの中、僕はあのカフェにあれから一度も足を運べていない有様だった。
微睡みの中の、うすぼんやりとした、この世のシステムに対する絶望感。
僕は起き上がる気力もないまま、ただ天井を見上げながら、呟いた。
「つまらないなぁ…。」
こんな事、散々思ってきたけれど、彼女に出会ってからは、その感覚が増していた。
会っていない時間がとても苦痛で、胸をかきむしるようなこの感情は、何だろう。
恋、なんて言葉で簡単に片付くようであれば、とうの昔に気付けているはずだけれど、一向にこの感情の正体に気付けない。
僕は一体、どうしてしまったのだろう。
情けない気分のまま、重い体を起こして、コーヒーを流し込む。
少しだけ頭が目覚めた。
そして、絶望はその輪郭をくっきりとさせる。
もう、会えない。
物理的にではなく、心理的にである。
こうして、僕の人生は諦めの路の上に出来上がってゆくのだろう。
深いため息をつき、いつもの灰色の日常に溶け込むように沈んでゆく。
気怠い消耗の日々の始まりだ…。
6.
時折訪れるホテルのラウンジで、お気に入りの苺タルトを頼んでダージリンティーの香りを嗅いでいるこの時間は、幾分か気分がましなのだけれど、ここ最近ではそうでもなくなった事に気付いていた。
原因には思い当たる節があるけれど、あの男が例のカフェに顔を出さなくなったからと言って、残念に思うのも癪なもので、私はいくつかのお気に入りの店の中のひとつで新たなおもちゃを探そうとしていた。
けれど、私が知りたいのは、見たいのは、何処か見知ったようなここに居るすまし顔の男達ではなくて、雨の日に捨てられて濡れた哀れな犬のようなあの男の見せる影だった。
私はタルトと紅茶で軽くランチを済ませると、会計を済ませ、ケリーを片手に出口へと向かった。
すると、つまらない餌が引っかかってきた。
「済みません、少し、お話しませんか。」
私はそれを丸無視すると、さっと外に出た。
後ろからは、軽く舌打ちが聞こえたけれど、そんな事はどうだっていい。
乾いた喉を潤すように、私はあのカフェへ向かっていた。
別に、あの男に会いに行くのではない。
ただ、あのこだわり抜かれたエスプレッソの風味を堪能しに行くのだ。
ただ、それだけ。
カランカラン、と、少し古い鐘の音を鳴らして店内に入った私にマスターは声を掛けた。
「最近、ご無沙汰でしたね。お忙しかったのですか?」
それに答えた私の言葉の、白々しい事。
「ええ、そんなところかしら。」
何か見透かされているようで調子が狂う。
「エスプレッソを下さる?」
そう言って上着をマスターに渡す。
一般の街並みの中にあるカフェにしては過剰なサービスを、ここでは一人一人に丁寧に行っている。
これは、元々コーヒー通が高じてカフェを始めた、元ホテルマンのこだわりなのかもしれない。
そのホスピタリティから、このカフェの徹底した居心地の良い雰囲気づくりはなされているのだろう。
だからだろうか、私の白々しい言葉を聞いてからは、無駄口をたたかずエスプレッソに真摯に向かっているマスターに、私は少しだけ尊敬の念を感じた。
昔から人に何かを感じたことは、単に面白いかそうでないか、それ以外にほぼなかったのだけれど、この人は何かが違う、と感じていた。
7.
前に思った事がある。
これまで、コーヒーなんて割安で眠気を覚ませる黒い水くらいにしか思っていなかった、どちらかというと好んで飲んでこなかった自分が、あの店のエスプレッソだけは素直に体に沁み込むと感じた。
冷えた体と心を内からじんわり温めてくれるような、そんな、不思議な飲み物だった。
そして、気付けば足がひとりでにあのカフェへと向かっていた。
もう、彼女に丸裸にされて嘲笑されようが、構わない。
僕は、「渇いて」いた。
カランカラン、と、古めかしい鐘を鳴らして店内に入った僕の鼻をついたのは、渇きを潤すエスプレッソの香りだった。
「いらっしゃい、お客さん。待ってましたよ。」
何故かそう言って、僕如きの上着をハンガーに丁寧に掛けるマスター。
そして案内された奥の席の側には、あの彼女が伏し目がちに長いまつげで目の下に影を落としながら香りを楽しんでいる姿があった。
「…あ…、お久しぶりです。」
そう言うと、彼女は、ハッと顔を上げたように見えた。
「…あら、お久しぶり…。」
そうして、無言の空間が形作られた。
僕はこんな空間をあのマスターが作る意図が分からなかったが、一口、エスプレッソに口をつけた。
じんわりと、僕の内面の渇きと冷えを癒してゆく不思議な液体は、その空間の雰囲気を変えた。
少なくとも、僕にはそう感じた。
「…うまい…。」
思わず口に出し、我に返って恥ずかしくなる僕。
目を丸くしてこちらを見る彼女に、僕は照れ臭くなって下向きに目をそらす。
「…ふふっ。」
驚いた事に、彼女は微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
先ほどまでの気まずい雰囲気が嘘だったかのように。
「いくら美味しくたって、思わず口に出るものなんですね。」
彼女のその言葉に顔を赤くした僕に、マスターが近づいてきて一言声を掛けた。
「伊達にやっていませんからね。」
にこやかに笑い皺をつくりながら微笑むマスターに、僕は居場所を再び貰ったような気がして、肩の力が一気に抜けたのだった。
8.
あの男が現れた。
唐突に、でも、相変わらず無害なその雰囲気に、私は思わずほころぶ心を感じた。
「…うまい…。」
彼がそう思わず口に出したところで、私の好奇心は堰を切って溢れ出して、思わず口を開いてしまった。
「いくら美味しくたって、思わず口に出るものなんですね。」
好奇心がそのまま口から出た事に、私自身が驚きながらも、何故か笑ってしまった。
なぜ私がこの場所とこの男が気になってしまうのか。
マスタ―の力と、この男の妙な情けなさが、不思議に私の心を溶かしてゆくのだ。
頑なでつんと形を整えて固くなってしまったこの心の琴線に触れ、良い意味で調子を狂わされてガードを解かれてしまうのだ。
私は再び、こう言って店を後にした。
「また、お会いしましょうね。」
敢えて連絡先を交換したり、そんな無粋な事はしない。
そのくらいの距離感、塩梅がちょうど心地良いのだから。
あの日から数日経ち…。
僕は不思議な恍惚感の中にふと憑き物の落ちたような、心地良い脱力感を感じていた。
彼女の情報は全然持ち合わせてはいないし、知らない事ばかりだが、何となく彼女を自分だけが知っている様な、不思議な感覚になっていた。
何故だろう?
考えても到底分からなそうだから、考えるのを早々にやめ、僕はひとまず休日をベッドの上以外で過ごす事にした。
こんなにすんなりと外の世界と関わろうと感じたのはいつぶりだろうか?
とりあえず寝汗を流す為にシャワーを浴びる事にしたが、ふと思った。
『外と言っても、一体、どこへ行こう?』
ここ数年というもの、以前からの無気力気味の性格に加え、何処か精神の迷子感に苛まれていたのだが、その名残は一時の恍惚感にも搔き消せなかったらしい。
僕はどこで、何をして、何が欲しくて、どうしたいのか?
何もかもが、考えても分からないのだ。
ただひたすら、三大欲求をたった一人で満たしながら生を消費してゆくだけの人生だったから、全くそれ以外の欲について疎いのだ。
僕は何が欲しいのか?
考えて、考えて。
分からなくて、分からなくて。
その脳裏に一瞬だけ、彼女の姿が浮かんだが、意識してか無意識か、すぐに頭から消して、僕は深々と帽子をかぶり、着の身着のまま、とりあえず外へ出た。
本当は、少し罪悪感を感じたからだった。
彼女に対する、憧れと違う他の感情、いや、欲望を感じた事に。
罪悪感と、恥じらいと、それから色々が入り混じった感情をひとまずどうにかしたくて、何構わず外へ飛び出したのだった。
しょぼくれたアパートの1階、そこに居ては増大しそうな新たな感情に恐怖を感じ、逃げに外へ出たのだった。
だが、ゆく当ても無く、彷徨いながら思わず足を止めた所は、繁華街の一角にあるホテル街だった。
そこには様々な男女が行き来していて、訳ありな雰囲気を感じる事もあった。
そして、僕はその光景から目をそらす様に帽子を深くかぶり直し、足早にここを立ち去ろうとした。
と、そこに見覚えのある顔が有り、僕は目が釘付けになった。
―――彼女だった。―――
今までに見た事の無い破廉恥な格好をして、まるで思い切り汚して欲しいと言わんばかりの雰囲気に、僕は驚愕と同時に体の芯から湧き上がる熱に思わず圧倒されていた。
ドクン、ドクン、ドクン…。
どれくらい経ったか、いや、恐らく一瞬だったかもしれない。
気付いた時には彼女は僕の目の前に居て、そっと、呟いた。
「抱いて」
僕は何を聞くでも無く、お互い無言のまま、密室へと入って行った。
その日、初めて。
僕は「彼女を知った」のだった。
9.
火照る体と、相反するように胸の中に現れては消える、
不安感、そして、疑問。
彼女がおおよそ起こしそうにない行動に、僕は戸惑っていたが、少ない経験の中から拾い集めた記憶の中の情報で何とか部屋に入った。
「…どうしたんですか?そんな格好で。」
「らしくない、という事よね。」
「ええ、まあ…。」
「私の何を知ってるの?」
「知りません。」
「…随分な目で見るのね。」
「…あの、あまりに、露わというか…。慣れてないのもありまして。」
「そう、初めてじゃ、無いんでしょう?」
「ええ、まあ…。」
「手短に済ませたいの。私がリードするから」
「……。」
「…?」
「お…お話、お話しませんか!?」
「話の目的は?」
「目的…ですか?」
何も考えておらず、そして緊張のあまりに場繋ぎ的に出た言葉だったものだから、僕は困ってしまった。
「……。」
「何故何も言わないの?」
そう言われて、精一杯絞り出した言葉は、案外ストレートに口から出た。
「あ…、の……。何故、いきなり、こういった事を…?」
ふぅー、と、彼女はため息を気だるげにつくと、徐にベッドに横たわった。
「あなたに関係ある?」
そこには、いつもの真っ白な彼女は存在せず、かといって、どんな色かと問われても、答えあぐねるだろうと思った。
「……何か、有ったなら、お話を聞きますよ。」
そんな月並みな事しか言えず、要は現状、据え膳食わぬ状態だが、僕は彼女の魅力的な肉体はもちろんだけれども、いつもと全く違う様子になった原因や彼女の心の内がとてつもなく気になったのだ。
「実際がどうとか、関係無いのよ。要は、どう見えてるかって事。」
ぽろりと語った彼女の言葉に、次の言葉は自ずと決まった。
「どういう事、ですか?僕には、あなたは輝いて見えました。けれども、今、目の前のあなたを見ても、僕にはあなたが何を考えているか、あなたがどう見えていると表現すれば良いのか、分かりません。」
ふぅ、と再びため息をつく彼女。
「つまんない事、話そうとは思わないのよ。あなたって、惨めじゃない?だから、興味を持ってたんだけど。」
いきなりの言葉に驚き、また、今までの彼女とのあまりの違いに、何故か好奇心を煽られ、自然と口をついて出た。
「惨め、です。あなたは、それを嘲笑いたくて、僕と会ってたんですか?」
これは不快な気持ちからでは無い、好奇心からの言葉という事は、僕の口調から伝わったようで、彼女はそれに答えた。
「別に。ただ、面白いなぁ、って。私、惨めな思いってしたこと無くて。どんな気持ちなの?」
全くの無垢な言葉に、僕は自然とするすると言葉が出てきた。
「生きてるのが、生まれてきたのが、辛い。そんな感じですかね。」
少しの間を置いて、彼女は口を開いた。
「生きてるのが、つまらない、という気持ちなら分かるわ。それとは、違うのかしら。」
それを聞いた僕は、妙に納得していた。
何故なら、彼女の魅力的な外観とは相反する、絶望的な目の奥の何かの正体を見つけた気がしたからだ。
「似ては居ますね。もしつまらない、と仰る意味が、これまでも、これからも、何も変化しないだろう、という意味なら…。」
彼女は、笑い出した。
僕には、彼女自身を嘲笑っているように見えた。
「そうね、何もかもが思い通りになる、なら、これ以上何を望めばいいのかしら?とは思うわ。男になりたい?生まれ変わりたい?そんな非現実的なことなら、夢見ることが出来るのかしら?」
そんな言葉に、僕は何も答えが浮かばず、沈黙が空間を支配した。
まだ続きます。