第27話 ソノ青ハ嘘カ真カ
そこは、とある場所…
暗闇に満ち、僅かに肌寒さを感じる。
石造りの宮殿のような静寂が支配するその場所を、カツン…カツン…と誰かが足音をたてて歩いていた。
まるで、静寂を壊すように…。
足音の主は、宮殿のような場所の最深へ向かっていた。
一つだけ、淡い光の差す場所だった。
祭壇のようなところに着けば、足音は止まった。
再び不気味なほどの静寂が辺りを包もうとした時、澄んだアルト声が響き渡った。
『―…おかえりなさい…、妾<<わらわ>>の片割れよ……
《ヴェルツェニア》』
声の主が、足音の主…《ヴェルツェニア》に微笑んだ。
淡い光が彼女を照らす。
人形のように整ったその顔は…何よりも澄んだ青の瞳は…何の感情もなかった。
『……ただいま帰りました……《Moon》…我が片割れ…』
『《Moon》ではなく、ヴェネシュリエ姉様…でしょう…?
久しく会わないうちに、忘れてしまわれたの?』
クスクスと笑う《ヴェネシュリエ》。
淡い光が《ヴェネシュリエ》を照らすが、彼女は黒いマントに身を包み、目だけを隠す仮面をつけていた。
ただわかるのは、彼女のうっすら笑んでいる口元、
纏う雰囲気だけだった。
《ヴェルツェニア》と呼ばれた者は、銀の髪を揺らし、跪いた。
『申し訳…ありません……《ヴェネシュリエ姉様》』
感情のこもっていない声で謝罪を述べる。
それが気に食わないのか、誰かが口を開く。
『Moon様相手になんて敬意がないのかしら……
もっと申し訳なさそうに言いなさいよ』
《ヴェネシュリエ》のそばに控えていたこれたまマントを纏い仮面を付けた者だった。
ただ、《ヴェネシュリエ》と違うのは右頬に【Ⅲ】の数字が赤く刻まれていることだろう。
『Spica<<スピカ>>…、抑えろ』
低い落ち着いたテノールが《Spica》と呼ばれた者を制する。
口ごもったが、渋々彼女は黙った。
『…ありがとう、Sirius<<シリウス>>』
『いえ…身に余るお言葉…。リーダーとして抑えたまでです。』
《Sirius》と呼ばれた彼は静かに言う。
『謙虚ですわね…
それで、《外》はどうだったかしら?《ヴェルツェニア》』
彼女の目は、確かに《ヴェルツェニア》を見ている。
《ヴェルツェニア》は間をあけ、告げた。
『【殺戮人形】たちは、我が゛コア "により破壊されております…
繰り師の存在を認知したようですが……』
淡々とし紡ぎだされた言葉…。
それに、《ヴェネシュリエ》はにこやかに微笑んだ。
『そう……Fomalhaut<<フォーマルハウト>>の予想通りね……
あとはPleiades<<プレアデス>>姉弟に任せましょう。
そのうち、可愛い゛コア "と出会えるまで、そう遠くないでしょうし……』
満足そうに笑う。
『《Spica》、《Fomalhaut》へ伝言を…』
『はい、Moon様』
《Spica》はふわりと花吹雪と共に消えた。
『《Sirius》は妾とアレに向かいましょう』
『仰せのままに…』
《Sirius》が《ヴェネシュリエ》ごと霧の中に消えた。
残ったのは、《ヴェルツェニア》だけ…
静寂が彼女を包む。
ふと、彼女は淡い光が舞い降りてくる場所を見上げた。
雪のように。上から光がゆっくりと降り注ぐ。
『………ぎ……か、…銀架……』
ポツリと…、《ヴェルツェニア》は呟いた。
何の感情も含まない無の声音ではなく、僅かに愛おしむような……優しい声で。
彼女がその場で感情を込めたのは、それだけだった。
一瞬揺らいだ澄んだ青は氷水のような元の《ヴェルツェニア》の瞳となる。
《ヴェルツェニア》は風と共に、その間から消えた。
光が、寂しくダレモイナイ祭壇を照らし続けていた……
―「…?ヴェツェ…?」静かに、確かに聞こえたアイツの声…。振り返っても、風が僕の頬と髪を撫でただけだった―