第26話 虚無感
皆、呆然と立ち尽くしていた。
人が変わってしまったかのようなヴェツェ。
羚真は藤那の胸倉を掴んだ。
「貴様ッ!!どういうことだ!?
守護者が俺たちの敵だと…!?」
混乱するような羚真を、銀架が止めた。
「羚真、止めな。
…藤姉さん、あれ、どゆこと?」
「…まぁ、坊ちゃん嬢ちゃんにはキツいかもねぇ…。
…あんたらが信頼していた守護者が、倒すべき敵の【D-GOD】のNo.10なんだよ。
その名前が<ヴェルツェニア>ってやつ。」
羚真に解放されていない状態で、困ったように藤那は答えた。
「…<ヴェルツェニア>…、<ヴェツェ>、ねぇ…」
銀架はなにやら少し考え込んでいた。
それにいち早く気づいた鎌架は「銀架…?」と彼女の顔を覗き込んだ。
皆が鎌架の声で銀架に視線を向けた。
「…゛コア "なら何かわかるんじゃないかぃ?」
「………、ヴェツェの意識が違うモノになった。
なんだろ……、ヴェツェ…じゃない感じ」
「…アタシの推測、話していいかい?」
考えを巡らせている銀架に藤那は尋ねる。
思考回路を戻していないため曖昧な肯定の返事が返ってきた。
「…羚、藤姉さんを掴んでる手、どけてあげて…。」
未だ藤那の胸倉を掴んでいる羚真を天音が諭す。
まだ怒りがおさまらないのかギュッと強く掴んでから、手を離した。
「…」
「…羚真、アンタらしくない。
とりあえず、藤姉さんの話を聞いて考えるよ。」
銀架は羚真を横目で見ながら言う。
羚真もだいぶ落ち着いてきたのか、強張っていた肩の力が少し抜けた。
それを確認し、藤那に問いかけた。
「…で、その推測っつうのは?」
藤那は片手を顎に添え、話し出した。
「アタシたちのチームでは、一番目撃情報のある<ヴェルツェニア>を調べてたんだけど……、少し、おかしいことになってんだ。
<ヴェルツェニア>は元々冷酷非道な性格で、゛コア "との接触をできるだけ控えていたんだよ。
でも、今さっきまでの…<ヴェツェ>という<ヴェルツェニア>と容姿が酷似した存在は、真反対の天真爛漫で無邪気。
で、アタシたちが考えて行き着いた先は『双子説』か『多重人格説』、てなわけ。
だから<ヴェルツェニア>と<ヴェツェ>が本当に同一なのかはまだはっきりしてなかったんだけどねぇ。
『双子説』を考えて、当たって砕けろ精神で銃口向けたら、まさかの『多重人格説』だったわぁ…」
ケラケラと笑う藤那。
「…僕らは理解できたけど、剣のバカが理解できてないよ」
天音の隣で混乱している剣を指差し、呆れた声を出す。
「あぁー…、もうちょっとわかりやすく言った方が良かったかな?
つまり、<ヴェルツェニア>と<ヴェツェ>は肉体はおんなじなわけ。
でも、人格が別だから嬢ちゃん坊ちゃんが信頼している<ヴェツェ>は敵ではない可能性が高いよ。」
「えっと、つ、つまりは<ヴェツェ>は敵じゃないんだな?
」
「最後しか聞いてないのかよ…」
ゲシゲシと銀架は剣の足を地味に蹴る。
その結果、剣が地味に痛がっていた。
「痛い痛い痛いッ!滅茶苦茶地味に痛ぇよ!!」
「精神的ダメージを与えたくて」
「土下座するから止めてええぇぇぇ!!」
心の底から叫ぶ剣に、ドSな笑みを一瞬だけ浮かべ、蹴るのを止めた。
膝カックンをオマケにやってから。
「「…真面目な雰囲気台無しだな…」」
シリアスぶち壊しな銀架と剣に思わず漏れた言葉がユニゾンした双士と羚真だった。
それを藤那はケラケラと笑ってみていた。
「ひぃっ…!あははっ!
まったくっ、面白い連中だねぇっ!」
腹を抱え、バンバンと畳を叩いている。
藤那の笑いが止まった頃には妖梨が町医者を連れてきていて、妖梨は不思議そうな目で皆を見ていた。
「あの…何かあった、のですか…?」
瞬間に皆が妖梨に目を向け羚真は苦虫を噛んだような表情になった。
銀架はチラリと羚真を見、スタスタと妖梨に近寄った。
ゆっくり目線を合わせ、静かに尋ねた。
「…妖梨、血を取りながら話すよ」
「?…わかり、ました…」
よくわからないのか首を傾げ、とりあえず頷いてくれた。
幼い彼女の頭を撫でて、町医者を家に入れ、献血を行う準備をした。
布団に横たわり、落ち着いた声で事実を伝える。
―
「……て、こと。」
一通り説明すれば、妖梨は目を伏せた。
無表情に、悲しい雰囲気を纏っている。
「…ヴェツェ様は、…お戻りに、なりますか…?」
守護者ヴェツェを敬い称える幼い巫女は、震えた声で尋ねた。
ヴェツェが帰ってきてくれるなら、彼女は希望を失わずにいられるのだから……
献血されながら、銀架は言葉を紡ぐ。
「…さてね。
ヴェツェは気まぐれだけど村が好きだから、【ヴェルツェニア】ってやつが本当にヴェツェのもう一つの人格なら、入れ代われば帰ってくる。
妖梨の信じてるヴェツェなら、呑気にね」
゛コア "は少しばかり考えていた。
自分の存在と守護者、今までの敵【殺狂人】、さっき教えられた自分達の敵【D-GOD】。
何故、世界はこんなに残酷なのか
何故、殺狂人は生まれたのか。
理由が全てわからなかった。
そもそも…
「そもそも…、なんで村なんだ…?」
「銀架…?」
片割れが不思議そうに銀架を見ていた。
彼女の呟きに、彼女が嫌っている彼が考えながら答えた。
「……環境、だと思う。」
その答えに、藤那も頷いた。
「おそらくね…。
都会ってさぁ、空気悪いでしょ?排気ガスとか
ここや田舎のは綺麗だから恐ろしい物や怖い物がはっきり見えるんだよねぇ…
あと、綺麗な場所だからこそカミサマってのは過ごしやすいんだよ。」
最もらしい答えだろう。
「…カミサマの居やすい場所だから、…その中の一番不純なものに【殺狂人】は向かうのか…。
それとも、もっと深い理由があるのか……」
「「不純なもの…?」」
天音と剣が銀架の発言に首を傾げた。
銀架は少し間をあけ、呟くように告げた。
「……ホントに恐ろしいのは、僕たち【人間】だよ」
゛コア "があるであろう心臓の位置に、ゆっくり手を這わせた。
剣はわからないとばかりに尋ねる。
「なんで、人間が恐ろしいんだよ!?
幽霊とか、【殺狂人】とか、正体不明の【D-GOD】の方がよっぽど怖ぇだろッ!?」
確かに、自分たち【人間】には、それが恐怖の対象に思えるだろう。
鎌架が銀架の言葉を補足する。
「【人間】からみたら、得体の知れないものだから怖いよね…。
だけど、人間の怖いのは【欲望】だよ。貪欲な人は、どんな欲望に支配されても全てを殺せる…。
【人間】という位置じゃなくて、客観的にみたら【人間】は怖いよ。」
「……古の書物に、【人間】による殺戮と破壊は幾つもの残っている。
…人は触れることができるから、壊せる。」
羚真は目を伏せ、言った。
銀架には、羚真が怯えているように見えた。
過去からの罪人だから、生き残りだからこそ、人の恐ろしさがわかるのだろう。
ヴェツェがいなくなって数時間しか経っていないのに、酷く、彼女の存在が懐かしく思えてきた。
銀架は静かに、目を伏せた……
―僕には記憶がないけれど、この静寂が虚無感を具現化しているように思えて仕方がないよ…、ヴェツェ…―