第24話 繋いだ手は温かく
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一方、鎌架たちは剣にこれまでの過程を伝えていた。
剣は時々顔をゆがめたり、オーバーなリアクションをしていたがしっかりと聞いていた。
「…んな大変なことがあったのかよ…。
しかも新しい殺狂人のえっと…サクリ…」
「サクリファイス」
「そう、それそれ。
サクリファイスに銀架が太刀打ちできないなんて…」
苦々しく言い、剣は少し考える動作をした。
「…羚真くらい、強くなれば…、銀架さん…勝てます」
不意にそう口を開いたのは妖梨だった。
羚真くらい強くなる…、確かに彼は強かった。
゛コア "である銀架以上の戦力だ。
「だが、強くなると言っても…」
「きっと、今羚真は…銀架さんを鍛えている、ハズです…。
…そうですよね?ヴェツェ様…」
妖梨の呼びかけに答えるかのように、彼女は現れ、静かに剣たちを見た。
『熱心に教えてるよ。
いくら゛コア "だと言っても、無茶なくらいね
明日は筋肉痛かな?』
クスクスと楽しげだ。
「なぁ、ヴェツェ。
俺らはどうすんだ?」
首を傾げ、剣は尋ねた。
ヴェツェはスッと笑みを消し、真剣な目になった。
だからといっても、暖かさも残っている目だが。
『そうだね…ちょっとした勉強会をしようか。』
そう言えば、背の(だいたい左下の)一枚の羽を動かした。
そこに、何かが写る。
「これ…4人の人…?あ、真ん中の奥にもう一人いる…」
興味津々に天音が見る。
2人の男性と2人の女性、そして奥に凛と立つ女性とも男性ともわからない人物がいた。
ただ、この人物がどこか威厳と神秘に包まれていることだけはわかった。
『この中心の者の真名<<まな>>は無名<<むな>>。
真名の通り、はっきりした名前は存在しないよ。』
「はっきりしないって、何故?」
鎌架はヴェツェを見る
『無名は親がいない子だった。
だから自分で生きていくために幾つもの名を持った。故に身体そのものの名前なんてないんだ。
さて、鎌架たちにはこの無名と4人……4人のことは四天守者<<してんしゅしゃ>>ね。
無名と四天守者のお話をしないといけない。
……聞く覚悟はあるかな?』
細められた双眼は、意味深げに5人を見つめる。
正確には
鎌架、双士、天音、剣だが
「…うん、あるよ。銀架や僕たちに関係あることだから」
「ヴェツェに話を聞いて衝撃はあろうが、後悔はないな」
「私たちにとって聞くことは大切なことだから…」
「俺も聞きたい!」
それぞれ頷く。
ヴェツェはゆるりと目をいつも通りに開き、苦笑を漏らす。
『なんか脅しが効かなくなってつまらないなぁー。
まぁいっか。
今は銀架がいないから帰ってきたら話そうか。』
「じゃあ、夕飯の用意しよっかな。
妖梨ちゃんも行こう?」
天音は笑って妖梨の手を取った。
すると、妖梨は一瞬だけ目を見開いたが、いつもの無表情に戻る。
妖梨の異変に気づいたのは鎌架とヴェツェだけだった。
「……ヴェツェ、…妖梨ちゃんって…一人がほとんど?」
『……うん、妖梨はあの日以来、ずっと一人なんだ。
確かに羚真やわたしがそばにいる。でも……羚真は守護に、わたしは眠りにいっていたからほとんど一人。』
ヴェツェはわずかに眉を眉間に寄せた。
悲しんでいるような、慈しんでいるような複雑な表情で。
彼女が見つめる先には天音と夕飯の用意をしている幼い少女。
鎌架はヴェツェに微笑んでから台所に向かった。
しばらくしてから銀架を背負った羚真が帰ってきた。
銀架の様子に双士が羚真を睨んでいたが、ヴェツェに制されて渋々止める。
『双士も過保護だねぇ♪
銀架は疲労で倒れているだけなのに』
ヴェツェはクスクスと笑いながら楽しんでいた。
「うわ…ヴェツェって性悪?」
「だよね…」
剣がコソコソと鎌架と話していた。
相変わらずヴェツェはいい笑顔だ。
「…………うるせー…」
周りのざわめきがうるさかったのか眠っていた銀架が目を覚ました。
片目を開けて周辺を見ている。
「…これくらいで気絶しているようだとすぐやられるぞ。」
「はいはい…。てか、羚真速い。」
「……スピード強化をするか…」
『そこ、戦闘の話はなし!
夕飯がおいしくなくなるよ』
ヴェツェに制されて二人は黙った。
可笑しそうに鎌架や天音は笑う。
今日も穏やかだ。
「…!…、…銀架さん…、腕、怪我してます…」
妖梨は黙った銀架の腕から血が垂れているのを見つけ、おずおずと歩み寄った。
銀架は「ん…?」と自分の腕をみた。
今気付いたようだ。
「あぁ、
舐めてたら治るよ」
「猫か」
思わず剣が突っ込んだ。
銀架お得意のスルースキルでかわされたが
「駄目、です…。手当て…するので、待っててください…」
そう告げて妖梨は奥へ行った。
『…妖梨、ちょっと柔らかくなったね…羚真』
ヴェツェはコソリと耳打ちする。
羚真は静かに頷いた。
妖梨を知る者には、彼女の僅かな変化はわかりやすいものなのだろう。
「妖梨様には、この環境は良い影響を与えるのだろう…
……」
小さな足音をたて、妖梨が救急箱を持って戻ってきた。
それからテキパキと治療をしていく。
その慣れた手付きに天音は感嘆する。
「わぁ…、すごい丁寧で早いね。
けっこうやってるの?」
「はい…、よく、村の人怪我…するので…
…、はい、終わりました」
銀架の腕は綺麗に包帯を巻かれていた。
腕を軽く曲げ伸ばしして、銀架はへぇ…と唸る。
「うん、動かせやすいしいいね
ありがと、妖梨」
そう言って彼女の小さな手を握る。
妖梨は密かに目を見開き、照れたように顔を伏せた。
「は、い…」
そんな様子に、皆微笑ましそうに笑った。
こんな穏やかな時間が続けばいいのに…と鎌架は願った。
その願いは、すぐに消されようとも…
―あの日から…初めて、人の暖かな手に触れた…。
それが懐かしくて、…嬉しかった…
[妃斗崎 妖梨]