第15話 舞姫
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彼ばじっとヴェツェらを見たあと、ヴェツェと妖梨の前で跪いた。
「守護者、妖梨様、ご無事で何よりです…。」
どうやら、2人の知り合いで、2人に忠誠を誓った者なのだろう。
『うん、羚真も無事で良かったよ。って言っても、羚真の能力を前に、殺狂人が羚真を倒すことは難しいけどね…』
「ヴェツェ…、この男の子は知り合い…?」
天音は不思議そうに尋ねる。
羚真と呼ばれた少年は、立ち上がって天音に向き直った。
「…舞姫になる者、いや、屡紅に選ばれた者。…お前はこれから行う儀式に覚悟はあるか?」
黒縁メガネ越しの真紅の瞳が天音を射る。
天音は頷いた。
「私は、守られ続けるのはもういやだ。私に可能性があるなら、みんなを守りたい。」
「…羚真、天音さんは、覚悟があるからここにいるよ…。」
妖梨が2人に近寄り、羚真にそっと告げる。
羚真はなにか考えていたが、妖梨に言われ、頷いた。
「なるほどな…
…挨拶を忘れていた。俺の名前は蒼月 羚真。お前の名はなんだ?」
羚真はしっかりと向き合って挨拶をしてくれた。
天音はぺこりとお辞儀をした。
「私は、鈴時 天音。羚って呼んでもいい…?」
「…好きに呼べ。…妖梨様、守護者、すでに用意は出来ています。」
羚真は妖梨たちに向き直る。
妖梨は小さく頷いた。
ヴェツェはタンッと地を蹴り、高々と飛ぶ。
4枚の金色の羽を広げた。
すると、4枚の羽は形を変え、4枚の白い翼となった。
ヴェツェの身体は呼応するように青白い光を全身に纏う。
人あらざる者の解放だった。
それは、ここにいる者たちと、゛コア "だけが見ることができる。
『―舞姫…舞ってみせよ。汝の想い、受け止めてみせよう…。』
いつもの口調と違い、凛として、それでいて重く心に染み渡るような声だった。
人あらざる者の解放は、゛コア "の側に使える者の本来有るべき力を引き出すことが出来る。
天音は祭壇に歩み寄った。
2匹の左右対称の姿をした水龍を模した祭壇だ。
2匹の間には、緑のだいたい手のひらサイズの水晶がはまっていた。
天音は迷わず触れた。いや、迷ったが、手が勝手に水晶に触れたのだ。
まるで、屡紅が望んでいるように…。
触れた瞬間、水晶が緑の光を放ち、水龍も呼応するように光る。
2匹の間の水晶は真っ二つに割れ、隠し扉が開かれた。
水龍たちと水晶が守っていたもの…それは、2つの扇子。
まるで寄り添い合うように、それはあった。
〈―ありがとう…私の子孫…〉
ひだまりのような声が天音を暖かく抱きしめた。
屡紅が天音に自らの意志を授けるように…
『継承者・天に与えられし音…天音。
汝は先代の舞姫・屡紅の意志と共に…゛コア "を癒せ…。』
ヴェツェの声を合図に、天音は2つの扇子を祭壇から受け取った。
屡紅の意志が宿る扇子…
―シャキンッ
否、鉄扇だ。
天音は目を閉じた。
屡紅の意志を受け継ぐために。
ゆっくりと、開かれた瞳は、偉大な舞姫を映し出す。
彼女の目の前に、舞姫はいた。
その姿は、優しいひだまり。そして、自分とよく似たヒトだった…
〈―舞いましょう…、私の次なる舞姫…〉
屡紅がヒラリと舞う。
天音はその動きと連動し、同じ舞いを舞う。
笛の音が舞いに続く。
妖梨の笛の音だ。
天音と屡紅は笛の音と共に、花のように舞う。
ヒラリヒラリと散ってゆく花弁のように…
凛と咲き誇る大輪の花の如く…
彼女たちの舞いは儚く、だが凛として咲く花の如く、鮮やかだった。
羚真はただ見ていた。
儀式を見届けるただ一人の人間として…
天音たちが『藤花舞う祭壇』に行き、しばらく経ったとき、゛コア "は漆黒の瞳を開いた。
何かを感じ取り、目が覚めたのだった。
その目が映したのはある和室の天井。
「…ここは…どこだ…?」
「あ…銀架。目、覚めた?」
尋ねてきたのは自分の片割れ、鎌架だった。
「ここは…藤ヶ谷村か?」
目だけを鎌架に向けた。
身体が鉛のように重く、うまく動かせないからだ。
鎌架は頷いた。
「あの後、僕も戦ったんだけど、…やっぱりまだ無理だった。
不思議な女の人に助けられて、ヴェツェを祀る社に来たんだ。」
「不思議な女の人?」
銀架の興味を引いたのか、オウム返しに尋ねた。
鎌架は苦笑しつつ答えた。
「緑色の髪をした瑠璃水 藤那っていう女の人。
機関銃をぶっ放して私たちを助けてくれた。
飄々(ひょうひょう)とした女の人だったよ。」
そう伝えると、銀架は何か考え込んだ。
「…瑠璃水…藤那……。
…なんか引っかかる。」
「音亜の記憶?」
「多分。…瑠璃水…、瑠璃ってついた名字、音亜もだね。
音亜の名字は瑠璃風。」
天井に目を向け、自分にいうように呟く。
「……!…ヴェツェ…?」
何かを感じ取ったのか、不意にヴェツェの名を出す。
゛コア "がヴェツェの変化を銀架に訴えているのだ。
胸の中にある゛コア "がほんのりと赤い光を放っている。
「ヴェツェに何があったの…?」
鎌架が心配そうに尋ねてきた。
「…心配することじゃないよ…。ヴェツェが自分を解放したんだと思う…。
人あらざる者の解放。」
「人あらざる者の…解放…。
…銀架とヴェツェは一心同体だもんね、゛コア "が訴えているんだろうね…。」
鎌架はそっと窓を開けた。
藤の花がヒラリと花弁を散らす。
風が優しく、花弁を包んだ気がした。
―人々を癒やす至高の舞姫、私たちと共に目覚める。天音…貴女の願い、屡紅も私たちも受け入れたよ…―