第11話 樹海
天音の準備が終わり、ヴェツェと4人は最短ルートを通り、藤ヶ谷村に向かった。
危険だが、月光が照らしているうちに行かなければいけない。
道案内をするように、ヴェツェが浮かんで移動している。その後ろを鎌架、天音、双士、銀架が走る。
銀架は周りを警戒して、いつでも狂滅を抜刀できるように構えていた。
「―はぁ…はぁ…ヴェ、ヴェツェ…。…いま、どこ?」
疲れ気味な天音が先頭のヴェツェに声をかける。
ヴェツェは顔だけを後ろに向けた。
『藤ヶ谷に続く樹海。大体半分かな…。藤ヶ谷は樹海の奥に普通はあるんだ。だけど、鉱山を開くとき、人々は安全な道を作ったの。遠回りだけど、とても安全な道。』
「…つまりは、この樹海は危険なんだな…。」
双士はヴェツェの言葉を理解し、ぼそりと言った。ヴェツェはコクリと肯定の意を示す。
『うん…。本来なら禁忌の場所。人が入ると二度と出られないといわれているよ。でも、私が道案内をするから、絶対に抜けることができるよ。』
「…なら…いいが…。」
双士は軽く後ろにいる銀架に目線を向ける。
銀架はずっと自分と目を合わせようとしない。
本当に赤の他人であるというように…。
しばらく走っているといきなり銀架がヴェツェの前に現れた。正確には、鎌架、天音、双士を飛び越えてきたのだ。
サラリと銀架は狂滅を抜く。
―殺狂人が現れた合図だ。
「殺サセロ!!」
ヴェツェの前に現れたのを銀架は狂滅を構え、たった一歩でかなりの間合いを詰める。
ヴェツェはふわりと銀架以外の3人の上に浮かび上がると、何かを呟く。
『コアに導かれ、今守る時…汝暁とともに現れん…朱界空。』
夕日のような朱い半球体の膜がヴェツェの足下から現れ、鎌架たちを包む。
結界の一種のようだ。
『…銀架、なるべく早く終わらせて…。五分しか保たないの。』
ヴェツェの額にはうっすら雫が見える。守護者であるヴェツェでもかなりきつい技なのだろう。
銀架は殺狂人の手元を見た。
出刃包丁だ。それも二本。
銀架は一度殺狂人を転かし、動きを鈍らせようとした。
が、その殺狂人は体格がかなりよく、上手く転かすことができず、逆に包丁の柄で腹を峰打ちをされた。
「っ!う゛…ちっ」
銀架はその力により木にぶつかったが、すぐに体勢を整える。
「銀架!」
「だまれ…」
双士が彼女の名を呼ぶと、苦しく顔を歪め、拒絶するように言った。
そして、振り切るように力強く地面を蹴る。
殺狂人の真っ正面に行き、そのまま心臓に刃を突き立てた。
それと同時に殺狂人の手元にあった出刃包丁が銀架の脇腹を貫通した。
「―…もとに、戻してくれてありがとう…。」
殺狂人だったのは青年だった。
青年は小さく銀架に微笑んで、彼女に刺さっていない方の包丁を落とし、そのまま優しい光の粒子となって消えた。
その瞬間、銀架は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「銀!」
天音は朱界空から飛び出し、銀架に駆け寄った。
ヴェツェは素早く朱界空を解除する。
弾かれるように残った二人も駆け寄る。
「銀架!」
鎌架は銀架を抱き起こすと、名前を呼んだ。
銀架はうっすら目を開けた。
「ぅ…けっこう、痛いな…。」
そう呟くと目を閉じ、気絶した。
「銀架!」
『早く、早く藤ヶ谷にいこう。もうすぐだから。』
ヴェツェも焦っているようだ。双士が素早く銀架を背負う。
「まだ、危険だろ?」
まだここは樹海。危険に決まっていた。
『急ぎましょう。』
ヴェツェは再び前を進む。
みんなもそれに続く。
殺狂人に会わないことを願った。
だが、遭ってしまった―
―悲劇のはじまり。でも、あなたにとっては暇つぶしなのかな…?―