第10話 イノセンス
剣がいなくなり、天音、双士、鎌架、銀架はヴェツェにこれから自分たちが行わなければいけないことを伝えられる。
『まずは天音の試練から。…藤ヶ谷村の『藤花舞う祭壇』にみんなで行くの。そこで天音はある舞を身に付けて。』
「?舞?踊り…だよね?私…踊り出来ないの…」
舞を身に付けろと言われ、困惑する天音。だが、ヴェツェはこう伝える。
『大丈夫だよ。とにかくその後のことはいってからね。』
にっこりとした顔をした。自信に満ちた子供のような笑顔だった。
天音は言われた通りに、向かおうとしたがその前に家に帰ることにした。
「一応荷物を軽くまとめたいの…。…でも、お母さんの…」
「…天音の母さんの遺体は僕が埋めて墓を近くに作ってる。…簡単なのだけどね。」
天音の言いたいことを察して、腕を組ながら銀架が穏やかな声で言った。
天音はパッと顔を上げ、小さくこくりと頷いた。
「…ありがとぉ、銀…。…でも、あの狂った人たちは、来ないかな?」
次は不安そうに呟く。
『…狂った者、私たちは殺狂人と呼んでいるの。殺狂人は一時の間動きを止めるの。それは雪月花。つまり、雪が降る時、月光が照らします時、そして、花が咲き誇り舞い散る時。雪はこの季節にはない。月光は新月の時以外なら効果はある。でも、月光の照らしていないところは無理。花は、木に咲いている花や、蔓の花が散る時じゃないとだめ。…というより、その時、その場所じゃないとだめなの。』
ようは殺狂人を一時的だけ止めるには、いろいろな方法はあるが、いろいろな条件があるということだ。
『もう月は出てる。陰の中を通らなければ、大丈夫。祭壇は安全だから、月の光が照らしている間に行けばいいの。それに、銀架がいる。今は銀架に頼らないと何もではないけど、あなたも力を授かることができるよ、天音。』
「…うん、頑張る。」
天音は小さく笑った。鎌架はそんな彼女に微笑んだ。
「やっと落ち着けたんだね、天音ちゃん。」
「えっ?」
鎌架の言葉に少しぽかんとした。
「天音ちゃん、ずっと悲しい顔してた。笑った天音ちゃんを見ている方が、僕は好きだな。」
「…鎌…ありがとー。私、頑張る。」
『…頑張り過ぎないでね?あなたはあなたらしくいけばいいから。…さて、そろそろ行こ。月光が照らしているうちに。』
ヴェツェは微笑みを真剣な眼差しにかえ、4人に言う。
4人とも頷いた。
天音の家には難なく行けた。
天音が急いで支度をしている間、銀架は天音の家から離れていた。
今の自分が家に近寄ると、天音たちが危険に犯される可能性があるからだ。
『…銀架は優しいね』
ふとどこからともなくヴェツェが現れた。
銀架は目だけを隣にいるヴェツェに向ける。
「…別に…。…なんか、音亜の気持ち、わかった気がする。」
『…大切な人たちを巻き込みたくないってこと、だね。…でも、信頼してあげようよ。今の銀架は…誰も信じてない。』
どこかヴェツェの青い目を鋭くする。銀架は軽く目を細める。
「…何でもお見通しってか?…今まで記憶なんて気にしてなかった。…でも、今は…」
銀架は背中に担いでいた長い太刀―狂滅―を手元に置く。
「…不安だ。…知りたいと思うけど、知りたくない。でも、知らないといけない気がする。」
手が震えていた。
『…今日はいろいろあり過ぎたんだよ。藤ヶ谷についたら、少し寝ようね。』
鋭い目から力が抜ける。優しい目になっていた。
「…ヴェツェは…僕の過去、知ってんだよね…?」
『…知っているからこそ、銀架が思い出さないといけないと思うの。あなた自身が受け止めるからこそ、意味があるの。』
その答えに、銀架は黙って空を見上げた。
満天の星空に、青白い月が静かに仄かな光を照らしている。
風が優しく銀架を包んだ気がした。多分ヴェツェが送った風だ。
「………」
ただ目を瞑って風を感じた。
涼しいようでほのかに暖かい風だ。それは今のヴェツェの心情を表しているようだった―。
―あなたはいつも独り。きっと無垢のまま生まれた赤子のよう。でも、きっと無垢なあなたは変わってしまう。それは赤かな?黒かな?銀架―