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屋上  作者: unknown K
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第二話 rooftop

「中学入試での失敗は、今、ここで取り戻すしかないのよ」


その言葉が、呪いだった。




3年前、僕は中学受験生だった。僕は地頭がいいはずだ、という謎の自信と生半可な覚悟のせいだったのだろうか。ろくに勉強をしなかった僕は、中学入試に全落ちした。

正直、地元の中学校に通わなければならないのは、辛かった。でも、それ以上に辛かったのは、母の変化だ。


今までは、「子供は遊ぶのが仕事」などと楽観的で温厚だった母はこの日を境に豹変した。


中学生になって、中間テストや、期末テストは勿論、小テストの結果ですら、母は一喜一憂するようになった。点が悪いと母は精神が不安定になった。


母は楽観的だった。


楽観的な母は僕が何とかなると信じていた。僕が落ちてしまうという想定をしていなかった。


母には、僕の受験結果を受け止めるだけの覚悟がなかった。


だから、合格発表の日、母は壊れた。


母は大量の問題集を買い与え、沢山の塾を掛け持ちさせた。


それでも、僕は母をこれ以上悲しませたくなかった。


女手一つで僕を育ててくれた母が大好きだったから。


学校、塾、勉強、学校、塾、勉強の繰り返し。


友達なんて誰もいなくて、話し相手も和俊くらいしかいなかった。


睡眠時間も7、6、5時間と短くなっていき、毎朝原因不明の頭痛に襲われた。


それでも、僕は精一杯、一生懸命頑張った。


でも、現実は無常だ。


僕は中2の三学期の成績が平均を割った。


中学生になってから、母の口癖は「あなたはやればできる」だった。


それが裏切られた時、母は発狂した。


「アンタなんてボンクラ産まなければよかった、この出来損ない!」


金切り声をあげ、怒り狂う母。きっと、これは母の本心ではなく、怒りに任せて、口から飛び出てしまった言葉だっただろう。


だが、その言葉は僕の心に大きな傷をつけた。



もう、疲れた。

ある日、そう、僕は思った。


もう、いいんじゃないか。やめてしまっても。


疲れた。


その日の昼休み、僕は取り憑かれたように、上を目指して歩いて行った。


上へ。


上へ。


上へ。


だが、屋上へ繋がる階段には“立ち入り禁止”の貼り紙が貼ってあるコーンが道を塞いでいた。


(こんな障壁なんて……無くなれば良いのに。)


僕はその貼り紙を無視し、階段を登った。


ガチャ。


不思議なことに、屋上の扉には鍵がかかっていなかった。


(風が気持ちいいな……空ってこんなに青かったっけ……)


扉の先には驚くほど澄んだ青空が澄んでいた。


冬の冷え込んだ空気を肺に吸い込み、辺りを見回す。


「えー、もうこの場所も見つかっちゃったか……秘密の場所だったのに……」


これが彼女との出会いだった。


「えっと、あなたの名前は?」


「私は4組の桜田美音。よろしく!」


「2組の水野大地です……」


「ここがバレちゃったなら仕方ない。君もこの屋上秘密結社のメンバーだ!イエーい!」


「……」


あまりにもハイテンションな彼女のノリに困惑した僕は何と答えれば良いのか分からず、口をつぐむ。


改めて彼女の顔をよく見ると、特別美人というわけでは無いが、愛嬌があって、

可愛い顔立ちをしていた。腰まで垂れた緑の黒髪が、彼女にどこか妖艶さを与えていた。


「……と言っても、団員は君を入れて二人しかいないんだけどね。でも、せっかく屋上に来たんだし、一緒にお昼食べない?」


「お弁当、教室にあるんですけど……」


「でも、隣にでも座ってお話しぐらいはできるでしょ」


特に断る理由も思いつかず、僕は彼女の横に座った。


とにかく聞きたいことは山ほどあったが、なにより……


「何で、桜田さんは屋上にいるんですか?」


口から最初に飛び出したのは、実に単純な疑問だった。


「何でって言われても……そういう水野くんだって、今屋上にいるってわかってる?」


「それはそうだけど……」


「私は外が好きなだけ。それに、他の女子達と一緒にご飯を食べたくないの」


「でも、ここ立ち入り禁止だよ」


ここ数回の発言が全てブーメランであることを忘れ、僕は愚問を口にする。


「実はね、屋上の扉が老朽化してて、鍵がかかって無いのと同じ状態なの」


「それ、答えじゃない気が……」


「うーるさーい。ごちゃごちゃ言わない。さ、別の話題にしましょ」



それから、僕たちは他愛のない話をして、そして別れた。





なぜあの日、僕は屋上へと向かったのだろう?


それは今でもわからない。


勉強に疲れて、無意識的に飛び降り自殺を考えていたなどと物騒なことも言えるし、天が僕を彼女に合わせてくれたとロマンチックなことも言える。


僕には、どちらもあってるようにも思えるし、全く違うようにも思える。


ただ、どうしようもなく疲れて、荒んだ僕の心を彼女の明るさが潤して、救ってくれたということだけは確かだ。


彼女は不思議な人だった。


そもそも屋上に居る時点で不思議なのだが。


いつもの言動は明るくてバカっぽいのに、たまに見せる横顔はどこか憂いを帯びていて。


また、彼女と話していると、日頃の辛さを忘れることができた。


この日から、僕は毎日屋上に通うことになった。


雨で屋上に行けない時は、漠然とした怒りと失望を感じるようになっていた。


彼女との交流を続けて、2つのことがわかった。


一つ目は「彼女もまた、中学入試に失敗してこの学校にきた」ということ。


二つ目は「彼女も親のプレッシャーによって多くのストレスを抱えている」ということだ。


「私、親に心配かけたくなくて、一生懸命頑張ってたの……でも、すごく辛くて……具合が悪くなって……友達を作る気力も無くなっちゃったの。

だから、水野くんが初めて私と談笑してくれた人なの」


そう、力なく微笑む彼女の横顔に、僕は親近感と淡い恋心を感じるようになっていた。


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