第一話 confess
カァーカァー
どこか腑抜けた、烏の鳴き声が聞こえる。
窓から差し込む、三月の暖かな陽気は、どことなく君に似ているような気がして。
窓から外を覗くと、ムクドリの大群がせわしなく動いていた。
皆、規則正しく動いているのに、2羽の鳥が、少し遅れて羽ばたいていた。
1羽はやがて群に追いついたが、残りの1羽はどんどん群から引き離されていく。
あの時、何故あんなことをいってしまったのだろうか。
つかの間の後悔に襲われ、僕は苦笑する。
情けないなぁと僕は思う。後悔する暇があるなら、謝ればいいのに。
いつから僕はごめんねが言えない人になってしまったのだろう……
暖かな陽に包まれると次第に眠気に襲われる。
段々とまぶたが重くなり、やがて僕の意識は心地の良い暗闇へと落ちていった。
「おい、起きろ水野!授業中だぞ!」
「ん〜、もうちょっと寝させt……うわぁ!すいません!」
眠りからの目覚めはいつも唐突だ。
突っ伏して、頭を乗せていた腕から重みが消え、ゴツン!と盛大に額を机にぶつける。
「いってぇ〜」
考え事をしているうちにいつの間にか眠ってしまったようだ。
5時間目の授業、陽のよく当たる窓側の席、後ろの座席。
この睡眠三大条件が全てそろっている環境下では少しでも気を抜くと、一瞬で眠気が襲ってくる。まさに、5時間目の授業は“闘い”である。
「夜にちゃんと寝とけよ!夜にしっかり寝ないと背は大きくならないからな」
中3にして成長期が終わってしまった僕には、いささか皮肉とも取れる言葉を残し、先生は授業を続ける。
まだ重たいまぶたを擦って、僕は教室を見回す。
この古びた教室も、もう見れなくなってしまうのかと思うと、何とも言えない寂寥感に包まれる。
もう、卒業なのか……
特に何の思い出のない小学校と違って、ここにはたくさんの思い出が詰まっている。
楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、戸惑い、安堵、救い、怒り、
そして……
後悔だ。
キンコーンカーンコーン
「今日の授業はこれで終わりだ。もう卒業だからって、復習を疎かにするなよ。
高校で苦労しないように、今、頑張るんだ」
担任が皆に発破をかける。が、卒業モードの僕たちには馬の耳に念仏だ。
その高校でも大学入試の為に苦労するんですけどね、という一瞬思ってしまった事は置いておいて、そもそも試験前でもない限り、まともに復習などした事などないが。
昼休み、僕はいつも屋上で昼食をとる。外で食べるご飯は最高だ。優しい風や、 暖かな陽光を感じられる。それに……
彼女との思い出の場所だから……
「よっ、水野。ぼっち飯は寂しいだろ。一緒に食おうぜ」
背後からいきなり肩をポンと叩き、そんな僕の思考を乱暴に遮ったのは、僕の親友。和俊だ。
「いいよ、一人で食べるのが好きなんだ。和俊こそ部活の友人と食べないのか?」
「いや〜、お前、いつも一人で飯食ってるじゃん。だから、ちょっと気になっちゃってさ。その為にわざわざあいつらとの約束破って来たんだからな。お前が嫌でも横で食わしてもらうからな」
そう言って、彼はよいしょと僕の横に座る。
「いや、全然嫌じゃないよ。むしろ嬉しいぐらい」
「お、一瞬で矛盾したな……」
和俊はニヤッと笑い、俺の肩をツンと突く。
全く、正直で優しい奴だ。一体、僕は何回、彼の不器用な優しさに救われたことか。
「ところで、水野はどうして屋上で飯を食うんだ?」
「それは……」
彼女との思い出の場所だからと続けられなかった。
あの日々を思い出す度に、僕の胸はズキズキと痛む。
あの時、あんなことを言わなければ……僕は……
「まあ、この話はいいよ。ところでさ……」
言いたくないという僕の気持ちを読んだのだろうか。
彼の気遣いに感謝しつつ、水筒の蓋を開け、喉を鳴らして水を飲む。
「ところでさ……」
「どうした?」
「ところで、水野、桜田のこと好きだろ」
「………………」
世界が、一瞬、停止する。
そして……
「ブーーッ」
口から水を盛大に吹き出し、和俊の制服を濡らす。
「いきなり水を吹くな!気持ち悪い!」
「急な発言すぎるし……ゲホゲホッ、和俊の……ゲホッ、せいだろ……」
「しかもお前、顔真っ赤だぞ」
「う、うるさいな!」
まるで、頬が火傷したように熱い。
「水野ってわかりやすい奴だな……それに、そのこと、クラスの男子全員が知ってるぞ……」
「は!?」
赤くなった顔がさらに赤くなる。
あぁ、凄く恥ずかしい……穴があったら入りたいとはこの事だ。
「……まぁ、人の噂は七十五日と言いますし、大丈夫!、いつか忘れ去られる!」
「いや、意外と長いな……というか何でみんなが知ってんだよ!」
火照った頬を冷えた指先で冷やし、呼吸を整え、僕はようやく疑問を口にする。
「なんでって……水野のいつもの様子見てたらわかるだろ……例えば、授業中とか、廊下ですれ違う時とか……とにかく目が恋する乙女だぜ」
「そんな……全部バレてたなんて……」
ガックリと肩を落とす僕を和俊がまぁ落ち着けよと慰める。
「もう、みんなにバレてるんだしさ……告白しろよ、水野」
「和俊、まさかそれを言う為にここに来たんじゃないだろうな……」
「あ、バレちゃった?」
「バレちゃったじゃないよ……人の恋愛事情に首を突っ込むのはやめろよ」
それが、面倒見のいい和俊のおせっかいという名の気遣いであることは僕も理解している。それでも、自分の恋愛に首を突っ込まれたら、嫌な気持ちはする。
「嫌がられるのはわかるよ。でもさ……お前の場合なんか違うっていうか……その……桜田を見る時、なんか寂しそうでさ。それは俺の完全な思い違いかもしれないけどさ……なんか、桜田に思うとこがあるなら言ったほうがいいと思うんだ」
でも、と彼は続ける。
「水野と桜田に何があったのか俺は知らない。でも、水野が桜田のことが好きだってことはわかる。なら、告白するのがいいんじゃないかなって思って」
「ハハ……」
全く、和俊は何でもお見通しだ。
「ハハって何だよハハって。はっきりしろよ」
「いや……和俊は心理学の才能あるなって思って」
「はぐらかすなよ!」
おせっかいで、時には少し鬱陶しいけど、誰よりも優しい。
どうして僕は今まで和俊を頼らなかったのだろうか。
和俊なら僕の悩みを、いや、罪の告白を聞いてくれるだろうか。
「告白か……告白なら、和俊、俺の告白を聞いてくれるか?」
「え!?、あの、その……私は異性愛者でありましてね、その同性愛を否定したいわけではなくて、その……友達のままで……」
「違うよ。僕の罪の告白を聞いてくれる?ってこと」
「え?ごめんちょっと何言ってるかわからない」
「これは感情に任せて桜田を傷つけた、最低な僕の罪の告白だ。これを聞いて、縁を切ってもらっても構わない。頼む。聞いてくれるか?」
「いや、別に構わないけど……何言ってんだ?水野?」
無理やり話を続け、半ば強制的に和俊を巻き込み、僕は罪の告白をする。
静寂に包まれた屋上で、僕の言葉だけが静かに紡がれていった。