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アルス

アルス視点


 離島への流刑。


 それが俺への罰。


「ご主人さま。今日はとても良い魚が釣れましたから夕飯は期待してくださいよ!」


 使用人として世話を焼いてくれるウィルが大きな魚を掲げて笑った。


 マールと二人、キッチンに並んで立つ姿はとても幸せそうで、見ているだけで心が安らぐ。


「ああ、期待しているよ」


 ウィルは白い歯をみせて笑う。マールも振り返り遠慮がちな笑顔をみせる。


 まだ気兼ねしているようだ。だが、リーリエのことを考えるとそうなるのも仕方がないか。


 しかし、本当に気にする必要はない。男爵令嬢であるマールと、平民のしかも魔法が使えないウィルとの恋仲を利用し、協力者に仕立て上げたのはこの俺なのだから。


 リーリエとの婚約を破棄し、国を一つにする。


 その企みは成功した。


 そもそも思い至った経緯は陛下のご病気からだ。王子である我々はおろか、近侍にすら秘した病いは内臓をむしばむ死病だった。


 徐々に病は進み、気づいた時にはもう手遅れ。


 回復魔法の天才と呼ばれたティア・ウェンリー子爵夫人ですら病の進行を遅らせるのが精一杯。


 彼女が誰にも見られぬように王城に出入りするのを偶然目撃し、帰り際を抑え問い詰めたのが半年前。


 彼女はその時なにも答えなかったが、俺も高位回復魔法の使い手だ、陛下を患者として様子を観察すれば、気づきは確信へと変わった。


 だが派閥争いは激化の兆候をみせ、兄に相談したくとも、二人で会う機会は作れそうにない。


 脳裏に浮かんだのは荒廃したファイラード。それを防ぐために、俺ができることはすぐに思いついた——


「さあ、旦那さま。自慢の料理をご賞味くだせえ」


「ああ、とてもいい匂いだ。ありがとう。君たちもぜひ一緒に」


「それではお言葉に甘えまして」


 ウィルの料理が仕上がったことで思考が途切れた。


 テーブルに置かれた、香辛料と塩で味付けして焼いた魚の切り身から、食欲をそそる香りがふんわりと漂う。


 簡素な高床式家屋の中が香りで満ちていく。


 エルポートの港から船で南に三日、ザム島と呼ばれる島にある漁村は、海から吹く風が寂しげに鳴りつつ今日も平穏だ……。






「旦那さま、あたりはどうですか?」


「ああ、今日は調子が良い。見てくれ、もう三匹釣れた」


「これは良い大きさですな。二匹は開いて、一匹は今日串焼きでお出ししますぜ」


 漁村から少し歩けば、浜から魚を釣れる場所がある。最近、俺が定位置としている釣り場だ。


 ウィルは必ずついてくる。一人にするのをマールが嫌がるのだ。まだ生きるのに飽きてはいないから自殺したりはしないのだが。


「ならあと、二匹で二人の分も釣ろう」


「そいつぁ、もうあっしが」


 ウィルが差し出した木桶にはすでに五匹の魚が入っていた。

 

「勝てないなぁ」


「経験が違いまさぁ。どうしやす? もう少し続けなさいますか?」


「そうだな……。少し、海をみたい」


「お共いたしやす」


 ウィルが俺の横に腰をおろす。


「無理しなくてもいいんだ。マールのとこに先に戻っていてくれていい」


「……いえ、お共いたしやす」


「そうか……じゃあ、わかったよ」


 砂浜に男二人が座り込み海をみる。まあ、悪くないか。


「……旦那さま。あっしは旦那さまに感謝しておりやす」


「なんだ急に」


 海をみつめたまま、ウィルが独り言のように話し出した。


「言葉通りでございまさぁ、旦那さまのお陰でマールと夫婦になれました」


「あまり持ち上げられてもな……利用しただけかもしれないだろう?」


「旦那さまは、そんなお方じゃあございやせん」


「はは、買い被りだ」


 そう、買い被りだ。俺はそんなやつじゃない。国のためだといってマールやウィルたちを利用し、肉親や貴族たちを欺き、愛した人も騙した。


 だが、陛下にはほとんどバレていたようだ。魔王殺しの剣を掲げた時「わしもすぐに参る」なんて。俺にだけ聞こえるようにいわれて、ずいぶん焦ったものだ。


 兄上も止めるなら剣で止めればよいものを、王族は帯剣が許されているし、あの時も腰にさしていた。なのにわざわざ腕で止めるとは。


 ……兄上も気づいていたのか。知っているからこそわざと、腕で止めたとするのが考えやすいか。


 ……リーリエも、気づいてはいたと思う。だが、あれだけ冷たくしたのだから、俺への想いも断ち切れたはず。兄上も悪いようにはしないだろう……。


 彼女を正妃に迎える意味もわかるはず。


「買い被りではございやせん。あっしは旦那さまを毎日みて、それを知っておりやす」


「……」


「そんなお顔で海を見つめる方が、人を利用するだけのはずがありやせん……」


 どうだろうな。少なくとも、大事なはずの女性を大切にはしなかったが……。


「そんなこと、あってたまるもんですか……」


「……」


 風が吹き波が崩れて、寂しげな音を鳴らしている。ウィルと二人、しばらく黙ってそれを見つめていた。





 島に来てから一年が経った。


 昨日、ウィルが日用品の仕入れに、こことは反対側にある港に立ち寄ったさいに聞いたことを教えてくれた。


 半年前に陛下は崩御し、兄上が戴冠したようだ。


 陛下のことは、もうわかっていたことだし別れもあのとき済ませたつもりだ。


 そこまで動揺することもない。


 しかし、新王がまだ正妃を迎えていないと聞くと、なんとも複雑な気分になる。


 ネザー帝国との戦は迫っているだろうに、兄上は後継問題をどうするおつもりだろうか。


 何故正妃としてリーリエを迎えない? 彼女は国母に相応しい。それだけの格と教養を備えている。他に誰が、貴族たちのバランスを崩すことなく正妃に収まることができるというのか。

 

 リーリエはどうなっている——


 ——駄目だ。


 昨日から、同じことばかりが頭の中で繰り返されて、どうにも調子が悪い。


 ……部屋にこもっていても仕方がないか。気分を変えに釣りにでも行こう。


 

「「旦那さまっー!」」


 釣具を抱えドアを開けると、ウィルとマールが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


 あんなに走って、何を焦っているんだ?


「どうかしたのかー」


 昨日はあまり話さず考え込んでいたから、心配させてしまったかもしれない。


 なるべく明るい声で答えながら手を振る。


「「ーーー! ーーリー!ー!」」


 血相を変えてどうしたというのか。二人して大声で後方を指さして……。


 ……客か? 聖神教会の修道女が着るフード付きの黒衣だ。


 そういえば、近々伝道のため赴任すると聞いていたな。


 だがおかしい。ここでは俺はただの村人だ。わざわざ挨拶にくる意図がわからない。たとえ知っていたとしてもだ。


 ゆっくりと近づいて、フードを脱いだ……。


 ——!


 まさか。いや、どういうことだ。


 知らずのうちに俺は釣具を投げ捨て、砂浜を駆けていた。


 ものの数秒で彼女の前へとたどり着く。


 マールとウィルは少し離れて見守っている。


 荒い息のまま問いかけた。


「どうしてっ、君がここにそんな格好で」

 

 答えのまえに俺の頬へバチンという音と衝撃が走る。


「その前に、わたくしに言うべきことがあるのではございませんか? アルス様」


「す、すまない、リーリエ。俺の勝手で迷惑を」


 星が飛ぶ目のままで答えた。


「もうリーリエではありません。わたしは聖神教会、伝道司祭リア・ウォーカー。そして貴方はアルス。ただの村人、アルス」

 

「君は変わったか……?」


 以前は常に思慮深く、言動は控えめなことが多かった。しかし、今は直接的というか、手が出るなんてことは……。


 それに言葉が強さを持っている。


「わたしはわたしです。貴方を愛したままの」


 リーリエ、いやリアが、胸に飛び込んできた。


 何か言おうとしても言葉にならない。ただ抱きしめることだけが俺にいまできることだ。


 海から風が吹いている。


 いつも寂しく鳴る音が今日は聞こえてこない。



                   


 

 


 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

今後の励みになりますので

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時間軸が別のお話も先日に完結しております。

中篇でサクッと読めますので、ぜひお読みいただけると嬉しいです。


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