『暗殺者』としての生活
「お、お前が・・・まさか・・・・
あの『役立たず』なお前が、こんな事までやらかすなんてな・・・」
「酷いなぁ、少なくとも学園では、『君たちの手足』として、立派に働いていたつもりだったのに。
___ま、君たちはいくらでもお手伝いが雇える身分だから、俺のことも、『単なる駒の一つ』と
しての認識でしかなかったみたいだけど。
でもまさか、そんな人間に、命を狙われてるなんて、思いもよらなかったんじゃない?」
「ま、まさかお前も・・・『化け物』だっ
グッ・・・!!!」
「残念、もう俺がこの部屋に来た時点で、君の『命のタイムリミット』は始まってたんだよ。
俺の力、『ネット』はね、『転生前の世界』から着想を得たんだ。
俺にしか見えない『糸』を使い、相手の情報を収集する事もできれば、命を潰す事だって・・・」
「アミー、もう事切れている相手に、そんなに話をするだけ無意味だよ。」
「あぁ、ごめんごめん、先輩。
なんか、昔あんなに俺をコキ使っていた相手を見下せるのが、嬉しくて嬉しくて・・・ね。」
「君もだいぶ変わったなぁ。」
「うん、『誰かさん』のおかげで成長できたからね。」
口から血を垂れ流しながら、その場に立ち尽くし、絶命しているその男。
かつて俺を、学園で散々働かせていた、カースト上位の男子生徒。
数年間見ないだけで、その姿はもはや『肥えた豚』になっていた。
かつての彼は、筋肉質でがっしりした体つきだったのに、その筋肉ですら愛想をつかしたのだ。
学園にいた頃は、「戦場で大いに活躍する!!」と意気込んでいたけど、どうやらその『純粋な野
望』ですら、『金』と『娯楽』には敵わなかった様子。
俺の推測だけと、多分彼が戦場で戦っていたのは、ほんの数ヶ月か数年程度だろう。
___当然だ、この世界で起きている戦争は、言ってしまえば『転生者同士の大乱闘』
戦場で実際に戦っているのは、この国の人間ではない。
そして、どちらの転生者が勝ち残るのか、勝因・敗因は何なのかを、大勢が見学して、楽しむ。
『国の名誉』だとか、『正義の為』とか、そんな綺麗な話ではない。
ボーンツ先輩の言っていた通り、この世界で長きに渡る戦乱の歴史は、
『国の重鎮たちが、命を削る戦いを傍観して、ただ楽しんでいるだけに過ぎない
くだらない娯楽 傍迷惑な歴史 各国の財政を賭けた戦い』
その真実を知ったと同時に、俺のなかの、全てが馬鹿馬鹿しくなったのは言うまでもない。
長きに渡り、俺たちから搾り取られてきたお金は、『金持ちの娯楽』として使われていた。
俺たち庶民は、パンを買うだけに何十時間も労働しなければいけないのに・・・だ。
国の重鎮は、パンに肉を挟みながら、血と涙を流し合う戦いを見て、ケラケラと笑っている。
当然、転生者には『たった一つの命』しかない。
戦場で事切れた転生者は、その場で『見せしめ』として晒される。
___つまり、俺達転生者に、人権は最初から存在していない。
暖かい地面のなかで、ゆっくり休む事すら許されない。
ボーンツ先輩との修練を経て、その戦場をこの目で見てしまった俺は、全てを投げ出してでも、彼
女と共に歩む決心をした。
辛く、厳しい修練が続いたけれど、今はすごく満足している。
時には命の危機に晒されたり、全身の激痛に悶える日が十数日も続いた日もあった。
でも、もう全てを投げ出す覚悟を決めた俺に、そんな痛みも苦しみも、本当に些細な事に思える。
それに、幼い頃からこんな苦行に耐えてきたボーンツ先輩と比べたら、自分の痛みなんて、まだ生
ぬるい方だと思う。
おまけに、彼女は幼い頃から、この国の馬鹿みたいな歴史を知っていた。
ボーンツ先輩・・・と、彼女の一家は、重鎮から命令されて闇を生きる、暗殺一家だった。
そんな一家の仲間入りができた事が、俺の人生のなかで、一番の誇りになると思う。
彼女に引き込まれたはその後、実家を離れ、彼女の一家のもとで生活する事に。
衣・食・住のレベルは、前より格段に上がったものの、修練の内容は、雑用の何十倍も苦しかった。
でも、俺はその修練を乗り越え、『ネット』という『魔術』を身につけることができた。
不思議だった、命の危機すら感じるレベルの激しい修練だった。
なのに、自分がそんな苦行を乗り越えられた事が。
___でも、魔術を掴んだ今だからこそ、その修練が、『無駄ではなかった』事を確信した。
雑用ばかりの生活も、確かに楽で過ごしやすかった。そう、真実から、目を背けられたから。
真実を知った直後は、やっぱり脱力感と無気力で、自分が自分ではなくなるような気分だった。
しかし、自分よりもずっと前からこの世界の真実を見つめ、勧誘してくれたボーンツ先輩を見てい
ると、自分もじっとしていられなくなった。
___というのも、俺の両親が没落した原因も、転生者同士の戦いを娯楽にしていた貴族たちが、お金欲しさに両親をそそのかしたのを知ったから。
俺は我が家の真実を聞かされ、本気で両親を怒鳴った。
「どうして教えてくれなったの?!!」と。
でも、力を身に付けた今だからこそ分かる。
何故両親が、この事実を隠して、下働きの毎日に身を投じたのか。
それは、俺を『金持ち同士の汚い抗争』に、巻き込みたくなかったから。
同時に、俺が『転生者』である事を、両親は周囲に隠して生活していた。
この世界では、転生者は強制的に国に保護され、戦うための訓練をさせられる。
もはやこの国だけではなく、この世界に、転生者の人権は、最初からなかった。
幸い、俺の両親は先輩一家が保護してくれたから、今は『先輩一家のお手伝い』として、静かに生
活できている。
その後、俺が両親に土下座して謝ったのは、言うまでもない。
両親は「隠していた私たちが悪いのよ」と言っていたけど、俺が両親の立場でも、俺はきっと真実
を言えなかっただろう。
俺の思っている以上に、両親は立派で、優しかった。
前々から、この世界は闇が深いのに気づいていた。
けど、まさかここまで、この世界は汚かったのか。
今まで自分が見ていた、優雅で美しい学園は、一体何だったのか。
そう思うと、今まで築き上げてきた何もかも、全てがどうでもよくなった。
逆に言えば、そんな理不尽な状況でも俺を育てる為・守る為に頑張っていた、自分の両親の偉大さ
を、改めて心に刻んだ。
やっぱり、両親の偉大さに勝るものはない。俺はきっと何十年経っても、実の両親を越えられないんだろう。
だから、力を身につけたと同時に、自分も暗殺任務を任されるようになっても、動揺しなかった。
『人として越えてはいけない一線』を超えてしまったものの、それでも俺には、許せない事が沢山あるから。
転生者をおもちゃにしている各国もだが、真面目で働き者の両親から、何もかもを奪った、自分た
ちの母国も許せない。
もうこうなったら、母国を潰す覚悟もしている。
両親の心境が複雑なのは、息子の俺にも分かる。
でも、だからと言って、彼らの所業を無視する事もできない。
どの道、俺に残されている道は修羅の道しかないのなら、せめて『楽しめる道』を選ぶ、ただそれ
だけの事。
___昔とはだいぶ変わってしまったけど、俺は今の自分に満足している。
「そういえば、合流が遅かったね、先輩。
何かあったの?」
「君ならこの程度のターゲット、一人でもできるでしょ?
だからのんびり来たの。
前々から行きたかったレストラン、今日は割と空いてるみたいだから、後で一緒に行かない?」
「_____そこ見に行ってたんですか。」
呆れながらも、『仕事後の打ち上げ』がある事に、ワクワクが隠せない俺。
元・クラスメイトの暗殺を依頼したのは、同じ地位にいる貴族。
基本、俺たちが依頼主の詳細を聞くことはないんだけど、もう俺でもある程度察せる。
哀れではあるけど、彼もまた、その地位と財力で、多くの庶民を苦しめてきた。
それにこいつも、戦場で転生者同士の戦いを、高見の見物で楽しんでいた。
もし彼が、今の世界の制度に、何らかの意義を申し立てれば、変わったのかもしれないけど・・・
俺たちが、かつて通っていた学園は、相変わらず今も続いている。
学園長がボーンツ先輩に始末されたところで、学園は何も変わらない。
あの時のボーンツ先輩の言う通りだった。
___つまり俺たちの行いも、世界からすれば、ほんの些細なもの。
それでも、俺たちが諦めないのには、やっぱり『転生者としての意地』
だって、普通に考えたら、こんなのおかしい。
ボーンツ先輩から聞かされた、この世界の『転生者の使い道』
『使い道』というワードだけで、もう嫌な予感はしていたけど、その予感は、案の定だった。
各国の魔術師たちが、極秘で行なっている、『転生者の魂を引っ張ってくる魔術』
それに巻き込まれた俺と先輩は、この世界に転生した。
そして、俺は両親の奔走もあって、国のくだらない娯楽には巻き込まれなかった。
しかし、ボーンツ先輩の場合、『間接的』ではあるけど、その娯楽に加担してしまう。
そんな環境にいれば、当然この世界の真実を、嫌でも目の当たりにしなければいけない。
真実を知った上で、学園で『普通の女子生徒』として生活する・・・なんて、彼女からすれば、『苦痛』でしかなかったのかもしれない。
あの時、ボーンツ先輩が、嬉々として俺を引き入れた理由が、何となく分かる気がする。
小さな個人の秘密ならまだしも、この世界の各国が抱える、とんでもなく醜い秘密を抱えたまま『普通の人間』を演じ続けるのは、辛いことこの上ない。
ボーンツさんが今まで手にかけてきた貴族や王族は、この娯楽に意義を申し立てようとしたり、娯
楽そのものを廃止にしようとする動きを見せていた人々。
それくらいこの世界の重鎮どもは、転生者が傷つけ合う現場を見るのが楽しいらしい。
そして、ボーンツ先輩一家も、その娯楽を廃止しようと、裏で手を回している人々の一部。
極秘ではあるが、そうゆう人たちは少なくない。
やはり、血で血を洗うような争いを見て喜んでいるのは、『たった一部の人間のみ』なのかも。
なのに、何故こんな殺戮だらけの娯楽がなくならないのか。
それは、この娯楽を楽しんでいる一部の人間の地位や財力が、『異様』なくらい大きいから。
___というより、彼らが『財力の独り占め』をしているせいで、何もかもが偏っている。
だから、『正当なやり方』では、この世界は変えられない。
そもそもこの世界には、『正統』も何もないんだけどさ。
この世界の闇をひっくり返すには、『財力以外の力』が必要になる。
その為にも、もっと大勢の味方が必須。
ボーンツ先輩が俺を誘った一因が、まさにそれ。
俺を救ってくれた両親のように、転生者を保護し、味方につければ、戦況は大いに揺らぐ。
『化け物』呼ばわりされている俺たちが束になれば、もはや金だけではどうにもならない事態にま
で発展する。
それこそ、地位や財力に縋り付いている奴らの『弱み』でもある。
「そういえば、この前俺たちに襲いかかってきた集団。アレどうなったんですか?」
「___どうやら、『どっかの重鎮』から遣わされた『盗賊団』みたい。」
「ふーん・・・・・」
何故そんな奴らが彼女を襲ったのか、大体察しはつく。
先輩は普段、お金持ちが着ているようなドレスもアクセサリーも身につけていない。
『表向き』は『一般市民』を演じているから。
スリにあったならまだしも、盗賊団が、たった一人の人間を狙うなんて、効率が悪すぎる。
「___で、依頼主は?」
「それはもう目星がついてる。いつだったか、私たちに依頼してきた貴族。
_____どうやら私を捕まえて、貴族達の機密情報を得ようとしていたみたいだけど。」
「うわぁ・・・・・なんて無謀な・・・」
もうこんな会話が、日常になってしまった俺の生活。決して驚きもしなければ、怒りも覚えない。
特にボーンツ先輩の家系は、あちこちの人間から恨みを買っていても不思議ではない。
だから俺は、先輩の側についている。彼女にとって、俺は数少ない、『無条件信頼できる存在』
そして俺にとっても、先輩は『ただ生きるだけの日常を変えてくれた存在』
「にしても、その相手、依頼する人を間違えてませんか?
ボーンツ先輩相手に、『窃盗団』をけしかけるなんて・・・
『専門的な組織』ならまだしも。」
「___ふーん、君もなかなかな言えるようになったね。
でもあの時は、君がいなかったら危なかったよ。
ここ最近は、私たちを狙う刺客の強さも馬鹿にできなくなってきたからね。
ますます君を頼ることになりそう。」
「ボーンツ先輩の俺の特訓の成果だよ。___かなり厳しかったけど。
何度か死にかけたし・・・」
「あれくらいしないと、この世界では生き残れない。」
確かに、ボーンツ先輩の言う通り。
修練は厳しかったし、何度も逃げ出そうとした。
でも、ようやく身につける事ができたこの力で、俺は更にこの世界の闇を知り、自由に動けるよう
になった。
___それが決して、(知ってよかった)と思えるような情報ばかりではなくても。
もう『雑用係』として働く生活とは、とっくにおさらばしている。
今は、この国の暗部で駆け回る『暗殺者』として
ボーンツ先輩の『相棒』として
転生者を救う『スパイ』として
この世界の制度そのものを、全部ひっくり返す野望を練っている『隠れ反逆者』として
「さぁ、もう此処には用はないわ。彼に買われた転生者は、私たちの屋敷へ送っておいたから。」
「___あの子、まだ『戦場の駒』としての訓練を受けていないみたいだった。
でも、俺が見つけたこの資料を見る限り、やっぱり近々、彼女は戦場に強制連行させられる予定だ
ったみたいだ。
まだ戦えるわけでもない、小さな子を、そんな場所に連れて行くなんて・・・・・
酷い奴らだよ、まったく。」
「今に始まったわけじゃないでしょ。
___恐らく、彼に悲惨な現場を見てもらって、プレッシャーをかけたかったのかもしれない。
あっちもあっちで、あの手この手で、娯楽を更に盛り上げようとしているみたいね。」
「クソッ・・・・・」
「_____でも、やられてばかりの私たちじゃない、そうでしょ?
まぁ、まだまだ遠い道のりではあるんだけどね。」
「それでも俺たちは走り続ける。命尽きるまで、この世界に争い続ける。
___さてと、そろそろ行こうか。明日も仕事だ。」
「そうね、私も貴方と一緒に走り続けるわ。この狂った世界で。」
俺たちは、開け放たれたベランダから落ちていく。
そしてこれからも、もっと深い闇に落ちていくだろう。どこまでも、どこまでも・・・・・
彼女と一緒に




