明るみになる真実(2)
「何でこの現場を、よりによって貴方が見てしまうの?!」
「っ!!!」
振り向いたボーンツさんの頬をつたうのは、真っ赤な学園長の血液だけではない。
この惨状をつくった張本人とは思えないくらい、透明で綺麗な『涙』が、彼女の頬を撫でている。
その涙を見た俺は、何も言えなかった。そして、俺は激しい罪悪感に襲われた。
安直な好奇心だけで、この現場を覗いてしまった事を、深く後悔する。
ボーンツさんは、俺が後ろから見ていたのを分かった上で、学園長にナイフを振るったんだ。
学園長に気づかれないように、平静を保ちながら・・・
それがどれだけ辛かったか、どれだけ辛い時間だったか、平凡な俺に、分かるはずもない。
でも、ボーンツさんが涙を流している表情を見ていると、俺も泣きたくなる。
ポツポツと血が付着している彼女の顔は、まるで『駄々っ子の女の子』の様だった。
その左手に持つナイフで、一体どれだけの人間の命を奪ってきたか、想像できないくらい、幼い顔に見えた。
沈黙する時間が数分続き、窓の外からは『完全下校を知らせるチャイム』の音が聞こえていた。
その音がボーンツさんの耳に入ったと同時に、俺は手を掴まれ、そのまま学園長室へと引っ張られ、ドアに鍵をかけられる。
もう逃げられない状況に、俺は何もかもを諦め、何もかもを打ち明ける覚悟を決めた。
そして、『あの夢』と同じように、俺は床に押さえ込まれ、ナイフを向けられる。
でも、夢の時と違って、不思議と言葉がスラスラ出てくる。
「_____ごめん。
俺、君に直接打ち明けた方が良かったのかな・・・?
あの現場を見てしまった事も、君が重大な秘密を隠している事も。
俺が直接、君に打ち明けた方が、君がこんなに泣くことはなかったのかな?」
「__________」
「俺は、ボーンツさんの仕事の邪魔がしたかったわけじゃないんだ。
本当に、たまたま、見回りの最中に見てしまったんだ。」
「_____煩い。」
「でも俺、君がそのナイフで、何十人もの大人を相手にしていた時の記憶は、俺の心の中に封印しよ
うと思ってた。
この学園生活、辛いことも多いけど、ボーンツさんと一緒に雑用に勤しむ日々も、悪くなかった。
草むしりしたり、掃除したりする生活でも、壊したくなかったんだ。」
「煩い。」
「俺は君のように戦えない、ただ肉体労働が得意なだけの、どこにでもいるような男子。
『暗殺者』としての顔を隠しつつ、『学園生活』をしっかり過ごせている君とは違う。
そんな俺にできる事は、君の秘密を守りながら生きる事。」
「煩いぃぃ!!!」
俺の言葉を聞くボーンツさんの目から溢れる涙が、俺の頬に着地すると同時に、彼女の熱すぎるく
らいの体温も伝わってくる。
その温かい涙が、俺の頬から流れ落ちるのを感じると、彼女の『隠された心の闇』を垣間見ているような気持ちになる。
そして俺は、涙と血で濡れたボーンツさんの顔を見て、やっと、思い出した。
俺が、何度頑張っても思い出せなかった、『転生前の記憶』
『彼女の涙』 『血に濡れた彼女』 『動けない状況』
この三つが揃ったことで、俺の封印されていた記憶が、一気に目覚めた。
そう、俺は彼女の顔を、『ずっと昔』から知っていたような気がした。
でもその『ずっと前』が、具体的にどれくらい前なのかが分からなかった。
ボーンツさんと初めて会った時から抱えていた、この不思議な気持ちの正体が、やっと判明する。
『ずっと昔』というのは
『前世』 『この世界に誕生する前』
「ボーンツさん・・・・・いや
真子先輩・・・・・」
「_____そこまで分かるの?」
「だって、俺が転生前に見た、『最後の顔』ですからね。」
真子先輩、中・高ともに、帰宅部だった俺にとって、『初めての先輩』
そのきっかけは、『委員会活動』
俺は高校二年目、『環境保全委員会』に入った。
その活動内容は、至ってシンプル。学校周りの雑草を毟ったり、花壇の世話をする。
俺の前通っていた高校は、『委員会活動』が盛んだった。
地元新聞でよく高校の名前が載るくらい、委員会活動で地域と交流していた。
部活はしていなかった俺だけど、学校の規定によって、帰宅部は率先して委員会に入らされる。
面倒だけど、『帰宅部になる為の絶対条件』と思えば、やるしかない。
それに、やってみると結構面白かったりする。
『海岸のゴミ拾い』では、外国から流れ着いたゴミを拾って、どこの国の言語か、皆で話し合う。
『鉢植え作り』をした時には、幼稚園生と一緒に、鉢植えを色々とデコレーションする。
勉強くらいしか、青春を謳歌できなかった俺でも、色々と楽しめる委員会だった。
いつだっただろうか、「毎年環境保全委員会に『自ら立候補』している女子生徒がいる」という話
を聞いた俺。
しかもその『先輩』というのが『女子生徒』というのも、ますます噂が怪しく思えた。
人気の委員会といえば、やっぱり『図書委員会』が無難だろう。
ただ図書室に篭っていればいいだけだし、委員会のイベントといえば、年末に本一冊一冊の状態を確認したり、幼稚園に行って子供たちに読み聞かせをしたり。
環境保全委員会に入ったからには、やっぱり『土・草』や『虫』は避けられない。
虫嫌いな人は結構いるから、そうゆう生徒にとって、環境保全委員会は、『絶対入りたくない委員会』と言っても過言ではない。
そんな委員会に、『毎年』立候補する、しかも『女子生徒』 疑うしかない。
他の委員会ならまだしも、肉体労働や汚れ仕事も多い委員会を、率先して行う女子生徒なんて、もは
や『都市伝説』レベル。
でも俺は、気づいてしまった、高校に入ってから二年が経ち、その噂が本当なのかどうか。
普通、そんな噂が立っていたなら、生徒の誰かが究明しようと躍起になるのが普通。
何故、『噂』ばかりが歩き回り、誰も真相を確かめようとしなかったのか。
それは、その噂の正体である真子先輩が、大勢でワイワイするような人ではなかったから。
言ってしまえば、真子先輩は、『少ない友達を深く大切にするタイプ』
だから決して、『人付き合いが苦手なタイプ』というわけではない。
それでも、広く浅い関係を好む大半の生徒からすれば、真子先輩は『陰キャ』に思われる。
だから、彼女が『噂の当事者・関係者』という考えには至らなかった。
それを知ったのは、あの『交通事故』があった、放課後の委員会活動をしている最中。
確かその日は、ものすごく暑い日だった。
そして、そんな灼熱地獄の日に限って、『グラウンドの草むしり』をやらなくちゃいけなかった。
近々、高校でサッカー部の合同演習があるから。
当然、避けられるのなら避けたい仕事。
灼熱地獄のなか、延々と草を抜く作業、命の危機レベルの熱中症・脱水症状になる。
部活をしている人は部活を言い訳にして、俺のような帰宅部生徒は、何も知らないフリをして、そ
そくさと下校してしまった。
結局、草むしりに参加したのは、俺と真子先輩と、委員会の担当職員のみ。
どうして俺は逃げなかったのか、それは俺が毎年、お盆になると田舎のばあちゃんの家で、畑仕事
を手伝っていたから。
その手伝い自体は辛いものの、熱々に熱せられた自分の体を、山の湧水が流れる川に沈めてしまえば、暑さなんて一気に吹っ飛ぶ。
俺は毎年、田舎に行くのが楽しみだった。
優しいばあちゃん達と、豊かな自然、そして美味しいご馳走の数々。
田舎は、山の幸も海の幸も美味しい場所だったから、俺にとっては『ご馳走のパラダイス』
それに、田舎には遊べる場所が沢山ある。
___と言っても、『ゲームセンター』とか『カフェ』とか、都会での遊び場とは少し違う。
綺麗な水が流れる『川』 あちこちに食べられる野草が生えている『山の中』
周りの目を気にせず、自由気ままに遊べる場所で、俺は毎年遊んでいた。
中学生になってから、もっぱら畑仕事ばっかり手伝わされていたけど、俺はそれでも田舎が好き。
土まみれ、虫まみれにはなるけど、夢中になると、もう手が止まらない。
ただひたすらに雑草を抜き、ただひたすらに白菜の根元を切っていく。
そして、全てを終えて、綺麗になった畑を見たときには、叫びたいくらい嬉しい。
俺は『学校生活』に、熱中できるものは見つけられなかったけど、『田舎』では、熱中できる事が
いっぱいあった。
いっその事、学校を卒業した後は、田舎に移り住んで、ただひたすら畑仕事をする未来も考えていたくらい。
そんな俺だから、暑い真夏での草むしりも慣れていた。
でも、その時に俺は気づいた、真子先輩も、雑草むしりがすごく上手いことを。
ちゃんと根本から取って、まるで這うように雑草を抜いていく様は、田舎に住んでいるばあちゃん
そっくり。
しかも、体操着が土まみれになっても、それでも手を休めないその姿勢は、ただ単に「『委員長』だから」という言葉だけでは片付けられない。
でも、俺は声をかけるのを躊躇った。
せっかくなら、真子先輩のことを、色々と知りたかったのに。
俺が声をかけられなかったのは、真子先輩が下級生・同級生問わず、距離を置かれていたから。
委員会の会議でも、真子先輩は私語ばかりする同級生に対して
「今が何の時間なのか、ちゃんと考えて。」
と言った事もあれば、委員会の仕事に遅れた下級生に対しては
「言い訳すれば、遅刻しても許されると思ってるの?
一分でも遅れたら、それはもう遅刻なの。」
___とまぁ、誰に対してもこんな感じだから、先生たちは助かっていたみたいだけど、生徒から
すれば『あまり仲良くできない存在』
でも、先輩が言っている事は、決して間違いではない。だから余計に、皆から厄介者にされていた。
その上、普段からあまり表情を表に出さないから、余計に怖がられていた。
仕事はテキパキ完璧にこなせるけど、チームワークに関しては、誰も彼女に近づこうとしない。
それに、真子先輩は一人で何でもできる、優秀な先輩だったから、距離を置かれても本人は構わな
い様子だった。
大声で陰口を言われても、「だから何?」という涼しい顔をしているところが、流石。
そんな先輩に、『ただの後輩』でしかない俺が話しかけるのは、何だか『不敬』だと思った。
だから俺は、黙々と草をむしり続け、ひたすら時間が過ぎるのを待つ。
今日で全て終わるのかも分からない、ただひたすら広いグラウンドで。
そして、草むしりを始めてから十数分が経過した頃。
もうそれくらい時間が経てば、草むしりの事をか考えられなくなる。
俺はただがむしゃらに、自分の世界に入りつつ、手を動かしていた。
そんな度胸無しの俺に対して、先輩の方から先に話しかけてきた。
その時の会話の内容を、転生してから17年、ようやく思い出す。
___あまりにも遅すぎるけど。
「君、草むしり上手だね。お家が農家さん?」
「え?! あ・・・・・いえいえ。
田舎が農家だから、それで毎年手伝いに行ってるんですよ。」
「いいね、私も行ってみたい。」
「え?」
「私、『花』を育てるのが好きなの。お休みの日は、ずっと庭で土をいじってる。
___だから冬は嫌いなの。必然的に。」
そう言って微笑んでいる真子先輩の表情は、俺の心をグッと掴んだ。
見ているこっちが苦しくなるくらい、優しくて綺麗な笑み。
つい手が止まり、持っていた雑草を地面に落としてしまう。
何故俺は、こんなに眩しい笑顔を、忘れてしまっていたのか・・・・・
学校内で見るときは、いつも冷静沈着で、人と積極的に関わろうとしない真子先輩。
そんな彼女の趣味が、すごく『女の子らしい事』だったのが、意外すぎて耳を疑うレベル。
でも、それだと色々と納得できる。真子先輩の作業の手際がいいのも、委員会活動に本気なのも。
そして、今まで聞いていた『噂』の正体が、ようやく掴めた。
「せ、先輩って、『去年』も環境保全委員会にいたんですか?」
「えぇ、そうよ。
去年だけじゃなくて、『中学生』の頃から、花や環境に関わる委員会に入っていたの。」
俺はその話を聞いて、何故かすごく嬉しくなった。噂の謎が解明できた・・・からじゃない。
今まで恐ろしいだけの存在だった真子先輩のイメージが覆ったのが、俺は嬉しかった。
草むしり中、ずっと気が重かった俺の心から、その積荷が一気に打ち砕かれたような感覚。
それと同時に、(参加してよかったー・・・)と、心の中でガッツポーズしていた。
「おーい!! 二人ともー!!」
一人で勝手に舞い上がっている俺と、黙々と作業をする真子先輩の他に、環境保全委員会の担当教
師も、一緒に頑張っていたのをすっかり忘れていた俺。
「俺は道路沿いの草もやってくるから、手が空いたらこっちに来てくれー!」
「___もうこっちの草もだいぶ片付いたから、私たちの先生のところに行こうか。」
「そうですね!」
先輩に話しかけられたのが嬉しくて、俺はテンションが上がったまま、道路に出てしまった。
今思えば、それが『命取り』だったのかも。
もっと周囲に注意していれば、もっとゆっくり道路に出ていれば、『あんな悲劇』にはならなかったのかもしれない。