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闇に咲く華に魅入られて  作者: 白狼(白狼)
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真夜中の学園(1)

 夜の校舎は、俺にとってすごく特別。

誰にも目をつけられる事なく、誰にも雑用を押し付けられる事なく、学園そのものを満喫できる。

 楽器を弾いても誰にもバレない、本を読んでも揶揄われない、まさに『自分だけの空間』


 仕事ではあるけど、俺にとってその時間が、『学生としての時間』を満喫している実感がある。

勉強中でもカースト上位のお世話として、机を掃除したり、何か落としたら拾ってあげたり・・・と、休んでいる時間なんてない。


 そんな調子だから、俺たち下民は、授業は受けていても、勉強した感がほぼ無い。

全てを俺たちに任せ、勉強に集中している彼らが、将来良い仕事に就けるのは、ある意味必然。

 この世界の格差は、『世界一高い山の頂上』と『海底』くらい、大きな差がある。

それに違和感を感じなくなった俺も、すっかりこの世界に染まってしまった。 



「ふわぁーっ・・・・・

 やべー、仕事に入る前に爆睡してたから、まだ余韻が・・・・・

 あのインテリたちが、放課後に肉体労働なんてさせるから。」


 俺はボリボリと頭を掻きながら、夜の校舎を周る。

だがこの見回りで、何かが起こった事は一度もない。だから余計に楽な仕事。

 ただ、ここは国で一番大きな学園。何かあったら困るから、こうして人を雇っているんだろう。

学園の『お金持ちアピール』の一環もあるかもしれないけど。


 今日はとても静かな夜だ、いつもは近くの市場通りから聞こえる、仕事終わりの兵士たちが酔っ払

 って叫んだりする声が聞こえるのに。

そんな酔っ払いが、学園に侵入しないか、俺は毎晩ちょっとハラハラしている。


「___もしかして、またどこかの国と揉め事起こすから、兵士を鍛えてるのかもしれない。

 まぁ、いつもの事か。俺はこのまま、下民のまま生きた方が、幸せなんだろうな。」


 こうゆう時、『正義のヒーロー』がこの世界に降り立ち、国同士のいざこざを仲介する展開は、映

 画や漫画でよく目にしていた。

しかし、必ずしもそれで円満解決に至らないのも、ある意味お決まり。


 この世界に関しては、揉め事の内情が複雑すぎて、誰も止められないんだろう。

例えるなら、『完成が見えない絵をずっと描き続けている』ような、そんな情勢。

 終わりの見えないこの情勢は、もはや国の長(国王)でも止められない、でも降伏もできない。

だから国内の情勢もどんどん悪化して、気づけば取り返しのつかない事に・・・


 生徒のなかにも、前線で戦う兵士を目指す人もいる。

そんな彼らの目は、何の疑いもなく、ただただ戦場で活躍する『英雄』に憧れていた。

 そんな彼らを見て、俺は憐れむことしかできない。


 この世界で出世するには、やはり『戦場』で活躍するしかない。

だがそれは、やはり危険と隣り合わせ。

 『命』という、『たった一つの大きなリスク』を背負ってでも、俺は偉くなりたくない。

俺は戦う才能もないんだから、そんなの考えるだけ野暮だ。


「___いや、いけないいけない。夜中にこんな事考えてたら、俺も止まらなくなる。

 さてと、今日の夜はどう過ごそうかな・・・

 こうゆう、静かで月夜が明るい時には、俺もちょーっとリッチに、いつもはアイツらが占拠してい

 るカフェスペースにでも・・・・・




「_______ぁぁぁぁぁ」


「_____え???」


 俺がカフェスペースへ向かおうとした直後、学園の何処からか、人が叫んでいるような声が、ほん

 の少しだけど聞こえた。

夜間の見回りを始めて、まだ数ヶ月しか経っていないけど、こんなの初めてだ。


 学園以外の場所から聞こえている可能性も捨てきれないけど、もし何かあったら、全部俺に責任を

 押し付けられて、どんな処罰が下されるか分からない。

___でも、もし学園内で何かあった事を突き止めたとしても、「見回りの意味を成していないじゃないか!」・・・とか言われそうだけど。


 でもまぁ、『処罰』か『お叱り』か・・・だったら、『お叱り』の方がマシ。

俺はきびすを返して、また一階から入念に見て回る。

 だが俺の記憶では、一階を調べた時には、いつも通り、誰もいない教室と中庭だった。

別に人がいた気配があるわけでもなく、玄関の扉も、しっかり動かないのを、自らの手で確かめた。


 俺は万が一を考え、もう一度玄関の扉を、手でゆっくり引いてみると・・・・・


_____ギィィィィィィィィィィ


「_______え?!! なんで開いてるの?!!

 閉めてあるのは確認した筈だぞ!!」


 俺は鍵穴部分を確認したが、こじ開けられた跡は一つもない。

つまり、誰かがご丁寧に、『鍵』を使ってこの校舎に侵入した事になる。

 鍵を持っている人間に関しては、教師か校長か、見回りをする俺くらい。

俺はポケットに手を突っ込んで確認してみたけど、自分の持たされている鍵はしっかり入っている。


 教師がこんな夜遅い時間に、何か用事があった可能性もあるけど、だったらあの声は何だ?

かなり遠くから聞こえた声だけど、かなり苦しそうな声。

 俺は一部屋一部屋、扉を開けて確認して回るけど、どこもかしこも異常ナシ。




 しばらく学園を走り回っていると、一人で焦っている自分が馬鹿馬鹿しく感じた。

もう全身汗だくで、窓の外から見える時計台を見ると、もう今日が終わりそうだ。

 いつもなら眠くなって帰る時間なのに、何故か胸騒ぎが治らない。

でも、これ以上学園を走り回っても、あの声の正体が掴めそうにない。


「___今日はもう帰るか。

 見回りも終えたし、のんびりできなかった時間がなかったのは残念だったけど・・・」


 俺はため息をつきながら、再び踵を返す。

玄関の扉も、『気のせい』『自分の凡ミス』という事で、脳が勝手に処理しようとしていた。


 だが、そんな俺の呑気な考えは、奥で聞こえた音により、呆気なく砕かれてしまう。


 パリィィィィィン!


「_____え? 窓が割れた・・・??

 こんな風もない夜に???」


 いよいよ『違和感』が『危機感』に変わった俺は、戦えないながらも、ゆっくりと音のした方へ歩

 みを進める。

見回りの仕事を任されている事もあるけど、何より俺自身が気になる。


 ホラー漫画や映画で、危険だと分かっていても突き進む登場人物を、『死亡フラグ』と言って笑い

 者にしているけど、これは『人間の本能』と言っても過言ではない。

むしろ、正体が分からないままその場を去るのが、もっと後味が悪い。


 それならいっその事、とんでもない光景を目の当たりにする事を前提として見に行った方が、よほ

 どスッキリする。

今の俺の状況は、まさにそんな状況だ。


 こうゆう時、少しでも武術や魔術が使えれば、カッコよく突撃して正体を暴くんだろうけど、生憎

 俺にそんな素質もない。

現場をチラッと見るだけで、後は報告しよう。それで、処罰も少しは軽くなる・・・筈。


(一階の奥にあるのは・・・・・『屋内運動場』か。)


 俺は生ぬるい空気が漂う廊下を歩き、屋内運動場に入るための、重い重い扉に耳を当てる。

だが、扉自体がかなり分厚いから、中の音は全然聞こえない。

 聞こえてくるのは、耳障りな「ゴォォォォォォ・・・・・」という、『静寂の音』のみ。

やっぱり扉を開けないと、中の様子が確認できない。


 俺は意を決して、重い扉をゆっくりと開け、音を立てないように、慎重に中を覗こうとする。

でも、そんな即席の計画は、扉を開けたと同時に流れ込んできた『体液』によって、またもや打ち砕かれる。


「ヒィッ・・・・・!!!」


 叫びそうになる俺の意識を、理性が抑え込む。

そして、小さな悲鳴を上げた直後に、俺は自らの口を両手で塞いだ。


 扉の隙間にも流れ込んでくる、真っ赤な血液。

薄暗い廊下でも、その生々しい鮮血は、まるで川のように廊下へ流れていく。

 その細長い鮮血の川が俺の足元まで来た途端、俺は発狂しそうな精神を、どうにか落ち着かせる。

でも、あとちょっと理性が遅れていたら、俺は失禁して気絶していたかもしれない。


 そんな光景を見ただけでも頭がおかしくなりそうなのに、ちょっぴり開いたドアの隙間から聞こえ

 る声で、俺の恐怖心は一気に限界を超えた。

俺はその場にへたり込み、ただただ五感が伝える情報を処理するだけで精一杯。


「ま・・・・・まさかあんなたみたいな『お嬢ちゃん』が


 この国を簡単に傾けることができる『暗殺者』とはな。おみそれしたぜ。」


(あ・・・・・あ・・・・・『暗殺者』?!!)


 その言葉が、この学園だけではなく、この国全体で、よく聞かれる単語。

国同士の争いが絶えなければ、当然敵国からの『スパイ』も、この国に紛れている。

 特にこの学園は、国の重鎮の令嬢や令息が通う学校。

重役本人を脅すより、愛する子供を誘拐した方が、自分たちの要望をすんなり受け入れてくれる。


 だからこの学園に通う生徒は、送り迎え付きで登下校している。

俺の前生きていた世界でもそうだったけど、やっぱり不審者や誘拐犯を避けるには、常に大人と一緒に行動するに限る。


 この学園に至っては、大切に大切に育てられている人間ばかりだから、送り迎え付きの学園生活

 が、ほぼ当たり前。

当然、下民の俺たちは、自分たちの足で登下校してるんだけど。


(___いや、それにしては『時間帯』がおかしい。今深夜だぞ?!

 こんな時間に暗殺者が、誰もいない学園に??

 ま、まさか・・・・・生徒の情報を集める為?!


 いやいやいや、だったら会話が噛み合わない。

 『お嬢ちゃん』が暗殺者としたら、今喋ったのは誰だ? 聞いたことない声色だったぞ?!)


 ますます今の状況が分からなくなり、混乱する頭が一向に鎮まらない。

しかし、このままじっとしているわけにもいかない。


 もしかしたら、今すぐにでも逃げなければいけないのかもしれない。

今すぐにでも、学園長へ報告に行った方がいいのかもしれない。


 ただ、ここまで来てしまうと、事の真相の片鱗でもいいから、知りたい。

俺は腹を括り、いつもより何倍も重い腰を持ち上げ、再び扉に接近。

 もう自分の靴もズボンにも鮮血が染み付いているけど、そんな事より扉の先が気になる。

扉の向こうにいる相手は、こちらに気づいていない様子。


 だったら、一瞬でもいいからその先を見ればいい。

雑用ばかりしていたおかげで、体力に自信がある。この学園の構造も、そのおかげで培われた。

 もし見つかったとしても、逃げ足も地の利もこっちにある。


 ___でも、相手は十中八九、『武器』を持っているだろう。この鮮血が、何よりの証拠。

そうなっても、俺にできる事は『逃亡』しかない。


 戦えない・・・というのは、こうゆう時、思考を単純にしてくれるから助かる。

戦えない俺が出しゃばってもしょうがない、だから選択肢も少なくて済む。

 俺は逃げる準備もしながら、屋内運動場の中央に視線を向ける。

そこにいたのは、『見覚えのある後ろ姿』 でも、暗くてぼんやりとしか見えない。



 しかし、その荒い息遣いと、ほんの少しだけ照らしてくれた『月明かりのお節介』によって、見て

 しまった。

その『お嬢さん』が、一体誰なのかを・・・・・






(__________ぼ   ぼ   



 ボーン・・・ツ・・・・・さん???)


 月明かりに照らされ、銀色に光るナイフを手にしているのは、鮮血で赤く彩られたボーンツさん。

一瞬人違いかと思った、思いたかった。

 でも、着ているのが学園の制服、びっくりするくらい真っ白な肌と髪。

そして、その横顔から見える、夜よりも濃い真っ黒な瞳。


 でも、俺が今日の放課後に見ているボーンツさんとは、もはや別人だった。

ナイフを手にしながら、ニタリと笑うその姿は、どこから見ても『暗殺者』

 いつもの朗らかで、どんな雑用でも丁寧にこなす、優しい彼女とは思えない。

この短時間で、自分の目を何度も疑ったのは初めてだった。


「お嬢さん、あんた『純情な学生のフリ』をして、そんな姿をお友達に見られたら・・・」


「黙れ。」


 深手を負っていたおじさんは、ボーンツさんの華麗な手捌きにより、首にトドメを刺された。

すると同時に、おじさんの首から大量に噴き出る鮮血が、屋内運動場の天井や床に飛び散る。


 その光景だけで、もう胃の中身が逆流しそうだけど、ボーンツさんは鮮血を浴びた格好のまま、立

 ち尽くしていた。

しかも、満足そうな笑みを浮かべながら。


 屋内運動場に転がっている亡骸は、十数人にも及ぶ。

その全員が、明らかに暗殺を家業としているような、雰囲気たっぷりのおじさん。

 そんな彼らを、ボーンツさんはたった一人で相手にしていた。

しかも、彼女の息は荒くなっているけど、怪我ひとつしていない様子。


 俺は今すぐにでも彼女の元に駆け寄り、問いただしたかった。

でも、そんな勇気も、そんな力も、俺には備わっていない。


 ボーンツさんはナイフについた血を振り払いながら、ナイフを鞘に戻すその仕草に、一切迷いが感

 じられなかった。

普段から、ナイフの扱いに慣れている証拠だ。


 それと同時に、壁に付着した大量の鮮血と生々しい音が、屋内運動場だけではなく、学園全体に響

 いていた。

もし俺があの時、音の正体を確かめる事なく帰っていたなら、どれほど幸せだったか・・・






 もう後悔したって全て遅い。

俺はその場から、一目散に逃げ出した。扉の施錠も忘れて。

 ___いや、俺が忘れたかったのは、施錠の件だけではない。


 自らの目で見た光景 耳で聞いてしまったボーンツさん捨て台詞

 嗅いでしまった血の臭い 触れてしまった生暖かい鮮血


 それらを全て忘れたかった、でもこの世界に、そんな都合のいい魔法があるわけない。

俺は家に帰ると同時に、井戸の水を全身に浴びた。

 自分の体や服に付着している血や臭いを、全て洗い流したかった。

そして、何度も何度も何度も何度も、俺は全身を掻きむしった。


 恐怖が苛立ちに変わり、井戸の屋根の柱に、頭を何度もぶつけた。

視界が痛みでぼやけても、俺は頭を打ち付ける動作がやめられない。


 でも、いくら頭に衝撃を与えても、あの光景も、あの臭いも、俺の脳内から離れてくれない。

それがまた無性に腹立たしく、今すぐこの場で、声が枯れるまで叫びたかった。

 今まで色んな人に騙された経験はあったけど、こんなの卑怯すぎる、酷い。

彼女にそんな意図がなかったのは、俺でも分かる。それでも、悲しい。


 俺はボーンツさんの事を、何も知らなかった。___いっそ、知らないままでいたかった。

その方が救われていた、俺としても、多分、ボーンツさんとしても。

 でも、見てしまった事実を塗り替えることなんてできない。

だけど、あの光景を目撃したのは俺だけ、俺の出方次第・・・・・という感じか。


 そうだとしても、俺はこの先、あの学園で生きていける気がしない。

誰かに相談もできない、例え両親だとしても。

 どこからか、俺があの現場を目撃した情報が知れ渡り、ボーンツさんの手で・・・






「アミー君。」


「っ!!!」


 俺が瞬時に振り返るよりも先に、誰かが俺に飛び掛かってきた。

___いや、その正体は、声だけで分かる。聞き慣れた声だから。

 でも、今の俺にとって、その声は『聞きたくない声』だった。

俺が目の前の現実を否定するよりも先に、彼女は俺の顔面に迫る。


「_______ボーンツさん、俺は・・・・・」


「見たんだね。」


「__________」


「見たんだね。」


 目線を逸らそうとしたけど、ボーンツさんは俺の顔面を地面に押し付けているから、頭を動かすこ

 とも許さない。

否定したくても、ナイフを向けられてしまっては、嘘もつけない。


 俺は「うん・・・・・」と言いたかった。

でも、ボーンツさんが口を塞いでいるせいで、言葉にならない。

 しかし、ボーンツさんは全てを察した様子。




 そして、彼女はまだ血を纏うナイフを振り上げ


 俺の胸に

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