第四十話 ルビーの宝石
リリィは焦っていた。
目の前の大鷲は何とかなる、そう確信を持って戦っていたのだが、フラウは正直勝てる気がしない。
しかし、フラウはどうにもコントロールが効かないようだった。
「おい! おい、フラウ!! 大丈夫か? どんな状況なんだ!?」
リリィの掛け声にフラウは反応せず、うううと苦しい声をあげるだけだ。
「いつもみたいに、エスパーのスキルあるだろ!! それで応えろ!」
リリィは大鷲の攻撃を大剣で躱しつつ、フラウに必死に呼びかけた。
「フラウ!!」
リリィの叫び声も虚しく、フラウはその体をでリリィに突進してくる。
慌ててリリィは横に避けた。
フラウはリリィを通り過ぎたが、木を薙ぎ倒して再び振り返った。
「クソッ!」
リリィの背中には大鷲、目の前には狼、正に背水の陣だった。
リリィはそれでも諦めず、切り札の"弁慶"を呼び出した。
その矛先は、原因となっている十字架だ。
弁慶に手伝ってもらいつつ、リリィは二匹を十字架から引き離そうと考えた。
思惑通り二匹はリリィを追いかけ十字架から離れた後、お互いの体を押し合いながら再び十字架に向かって走り出す。
リリィは冷静に弁慶と共に十字架に退治する。
一秒でも遅れたら、リリィは二匹のモンスターに強制送還されるだろう。
「"七宝・太刀千罪咎"」
リリィは十字架に向かって幾千の刃を放った。
そして、振り返り近くまで迫ってきている二匹を見据える。
「恨むなよ!! ちょっと痛い目見るかもしれないけど! 後でちゃんと治療してやるから!」
リリィは大剣を構え振り上げた。
二匹はリリィの射程距離に詰め寄っている。
「"解除"」
リリィは思い切り振り下ろした。
その後ろで弁慶も同じ動きをする。
二本の大剣は"ブォン"と風を斬る音を派手に響かせて、斬撃を二匹に放つ。
丁度背後では十字架に幾千の刃も降り注いでいた。
二匹はリリィの斬撃をモロに食らう。
ブラッド・ヘムンドで溜めに溜められた敵の攻撃ダメージ。
それは大地を真っ二つに割り、風を纏い、二匹の巨体にぶつかった。
二匹は悲鳴をあげたが、それでも倒しきれなかった。
地面に力なく崩れる時、十字架が超音波のような声を響かせる。
どうやら、弱点は血を流していた瞳だったようだ。
そこにリリィの放った剣が何本も刺さっていた。
十字架は消滅した。
それと同時に二匹から不穏なエフェクトは無くなり、ぐったりと地面に体を預ける。
フラウは力尽きたのか、元の人の姿に戻っていた。
「フラウ!!」
リリィが駆け寄り、大鷲とフラウにポーションを大量に振りかけた。
暫くぐったりとしていた大鷲とフラウだが、ハッと目を覚ます。
「やっと戻った!!」
「フラウ!! よかった!!」
「リリィ、ごめんね〜あの血に触れたらなんか制御効かなくなっちゃったみたいで、コントローラーが潰れた感じって言うのかな? それで変に走ったり、ぶつかったり……ってリリィ! ボロボロじゃん!!」
「お前のせいだよ!!」
「えっ!? ごめん!!」
フラウは慌てて顔の前で手を合わせる。
「ったく! 気をつけろって言っただろ? お前のウルフメイクのスキルは分からないところ多いんだから、まぁこれでハッキリしたところもあるな」
「ふぇ?」
「ウルフメイクはモンスターの皮を被るってことだ。だから、モンスターに異常をきたすストーリー上の攻撃は気をつけなくちゃいけないな」
「うーん、そうだねーよく分からないけど」
「試しに私も血に触れたけど何もなかったから、多分そうだと思うぞ」
「えっいつの間に!?」
「フラウの体に着いてた血、攻撃の時に触ったから」
リリィはそう言って大鷲を見る。
大鷲はキョトンとした顔で二人を眺めていた。
「こいつも、助かってよかった!」
リリィが大鷲に笑いかけると大鷲は頷く。
「ん?」
『ありがとう、人の子よ』
「んん!?」
『無事、正気を取り戻すことが出来た』
大鷲はそう言って両翼を羽ばたかせる。
『私はモンスターの中でも知能が高いようで、こうして人と話すことができるのだ』
大鷲の言葉に二人は目を見開く。
『命を助けて貰ったお礼に魔力の籠った紅い宝石を託そう。私が持っていてもしかたの無いものだ。そなたなら、有効活用できるであろう』
大鷲はそう言って自分の背中の当たりを探る。
大きなルビーの宝石がその姿を現した。
美しく、しかし怪しく輝くルビーは二人を魅入らせた。
『これはあの十字架の側に落ちていたものだ。血の涙が固まったものだろう。魔力の動き、それに気配が同じだ』
大鷲はそう言って大空へ羽ばたく。
『どこかでまた会おう』
大鷲は"ピュロロ"とひと鳴きして光の速さで空へ消えていった。
二人は託されたルビーの宝石を持ちつつ、ひとまずキャンプ場へ向かうことにした。




