第四十話 感染
レミに案内された場所は、ジャングルの開けた場所。
そこの中央には不自然に目玉が着いた十字架が佇んでいる。
目玉がギョロりと動く度に血の涙がボトボトと滴り、それに釣られたモンスターが血の涙の傍へ集まった。
感染スピードは速く、モンスターが血の涙に触れた途端、体表に血管が浮き上がり、体の造形が不気味な形に変化する。
それらを木陰から観察していたフラウとリリィは思わず「うげぇ」と声を上げた。
「な、なぁあれって、あたしらが触れてもああなるのか?」
リリィは少し離れた場所で立っているレミに尋ねた。
「今のところそう言った報告はありません。ただ、高熱が出て数日間寝込まなければなりません」
「状態異常みたいなもんかな」
「救世主様、あとはお任せしてもよろしいでしょうか? どうやらモンスターが沢山集まってきたようです。このままでは、私は足でまといになってしまう」
「おう、気をつけて帰れよー。こっちは片付いたら帰るから、よろしく」
「はい、かしこまりました。どうか、お気をつけて!」
レミはそう言ってジャングルの来た道を引き返す。
残された二人は、状態異常を治すポーションの本数を確認し、モンスターの前に飛び出した。
モンスターは二人を確認した途端気が狂ったように襲いかかった。
「フラウ! とりあえずあの十字架をへし折るぞ!」
「わかった!」
二人はチラリとお互いを確認する。
「あたしがどんどん進むからフラウはその後に続け」
「わかった、背中は任せて!」
二人は縦に並んだ。
前方には視界を覆い尽くすほどのモンスターが飛びかかる。
「"ブラッド・ヘムンド"! "剣舞"!」
リリィは一段と跳ね上がったスピードの反動を使って、飛びかかるモンスターを確実に仕留める。
「意外と脆いぞ」
フラウにそう報告し、前へ駆け出す。
フラウはその背中を追いかけつつ、背後からしのびよるモンスターをファイアーボールで倒していく。
順調に進むかと思われた討伐クエストだが、二人の頭上で怒号の声が鳴り響いた。
大きな羽を震わせながらひと鳴き。
それは周りのモンスターを萎縮させ、気絶させていく。
「ボスのお出ましだ!」
リリィは大剣を構えてフラウと並ぶ。
フラウは頷き、大鷲の姿をした体長五メートルはあろうかと思われるモンスターを見据えた。
この大鷲のモンスターは、レミが言っていたこのジャングルの主だ。
一筋縄では倒せない。
今は血の涙に感染し我を忘れて目を血走らせていた。
「"ファイアーソード"」
リリィが大剣に炎を纏わせる。
そして、リリィは地上に降り立つ大鷲のモンスターに、間髪入れず飛びかかった。
大鷲はそれを避ける素振りを見せない。
不審に思ったリリィだが、大剣を振り下ろす。
すると、鈍い音が響き、リリィはギョッとした。
「こいつの羽……!!」
リリィは一旦退避した。
大鷲の両翼が鋼になっていたのだ。
大鷲は鋭い眼光をリリィに向ける。
金切り声のような叫び声を上げ、大鷲は翼を羽ばたかせた。
飛び出た無数の羽が鋭いナイフとなり、リリィに襲いかかる。
「"ディバインプロテクト"!」
すかさずフラウが二人の間に割って入った。
「ありがとうフラウ!」
「うん! "メテオ・ストーン"!」
フラウの掛け声とともに、空から隕石が無数に降り注ぐ。
その隕石は大鷲の両翼を地面に固定し、動きを制限する。
「今だよ!」
「おう! "リミッター・ロスト"!"天誅"!」
リリィが大鷲に大剣を叩きつける。
大鷲は目を回してぐったりと項垂れる。
「トドメ!」
「待ってリリィ! 十字架を!」
「え?」
「大鷲さんはあれに操られてるんだから、十字架を折れば正気に戻る!」
「えぇ? わかった」
リリィはフラウに言われて十字架に近づく。
すると、十字架は抵抗するようにギョロりとした瞳からレーザーを放った。
「あっぶね!」
「あ、大鷲が……!!」
フラウが指さした方向を見ると、大鷲は苦しそうにのた打ち回り、目を覚ました。
そしてリリィに体をぶつけて遠くへ飛ばす。
「リリィ!!」
フラウの叫び声にリリィは「大丈夫!」と声を張り上げた。
「こうなったら、大鷲はあたしに任せろ!」
「えっ大丈夫!?」
「気にするな! それより、フラウは十字架を!」
「わ、わかった!」
フラウは十字架の前に立ちはだかる。
「"アイスショット"」
フラウが鋭い氷を沢山十字架に放った。
氷は十字架に細かな傷をつけるが、折れるに至らない。
「意外と硬い……っきゃぁ!!」
十字架は再びレーザーを放った。
フラウは慌てて避けたが、人のままではリリィのように身軽にはいかない。
「"ウルフメイク"」
フラウが叫んだと同時にリリィが遠くで慌てる。
「フラウ、それはダメだ!」
リリィの声はフラウには届いたが、その時にはもうフラウは飛び出していた。
そして、着地地点の血溜まりに身を沈めている。
「ヴゥゥ……」
フラウが低く唸る。
「やっぱり……! 嫌な予感は当たるんだよな!」
リリィは体制を立て直す。
リリィの前には大鷲のモンスターと、血の涙に感染したフラウの姿があった。




