第二十八話 第三位の男
午後が始まる前は休憩が挟まれることになっていた。
戦い続けて、トーナメントを勝ち抜いてきた選手を考慮してのことだ。
そして、このトーナメントを制したのは"ユウ"と言うプレーヤーだった。
次いで"かりん"と言うプレーヤーも出場権を勝ち取った。
この二人が今回の注目ルーキーである、と闘技場のモニターには大きく映し出されているのが見える。
「ユウってやつ、ただぶっ放して勝ちってわけじゃなさそうだぞ。技術と言うか、細かい動きが上手いな」
「あれは、なんで言う職業なの?」
「武器が槍だからランサーかな? 中距離攻撃だと、あたしとかカナトの戦士で、特に大剣を使うプレーヤーだと近づくのが難しいかもな」
「そうなんだ〜」
へ〜とフラウがユウの戦闘を眺めていると、次にかりんと言うプレーヤーの闘いが映し出された。
「この子は?」
「武闘家だな。武器はナックルとか鎖とか色々。この子、多分"リアル"でも何かしら武術やってると思うな。この動きはプロだ」
「そうなんだ、確かに、なんかすっごい身軽だね」
「これはスピード勝負になるな。確か、十位のプレーヤーはアーチャーだったよな」
「うん。弓矢持ってたよ」
「どっちかが自分のペースに持ち込めたら、そのまま勝ちが決まると思う」
「じゃあ気が抜けないね」
暫くモニターの前で話していると、フラウは服が引っ張られる感覚を覚えた。
なんだろう、と思ったフラウはふと視線を下に向ける。
そこにはライラが立っており、フラウを見上げて服の裾を引っ張っていた。
「うわっ! ライラちゃん!」
その声にリリィも振り向く。
「こんにちは、わんわん。私もね、これたの」
「聞いたよ〜! グリズリーって人と戦うんだよね?」
「うん。……でも、私、あの人嫌い」
そう言って顔を顰めるライラ。
どうやら二人は知り合いらしい。
何故嫌いなのか、グリズリーと言う名前からして野蛮そうだと感じたフラウは、強くても小さな子供のライラが心配になる。
フラウは堪らず、ライラにどの様な人物なのか訪ねようとした時、「ライラ!」と呼ぶ大きな声が聞こえた。
フラウとリリィはその声を主を辿る。
ライラはフラウに隠れて眉根を寄せて睨んでいた。
駆け寄ってきたのは、爽やかなスポーツマン風の男だ。
腰には勇者のような剣をもっており、艶々としたブルーの甲冑姿がやけにマッチする。
ライラを見つけるなり、元気よく駆け寄ってくる。
「ライラ! 今日は負けない!!」
元気よく宣戦布告する彼と対称にライラは嫌な顔をした。
「ライラちゃん、この人は?」
「グリズリー……竜騎士」
「えっ!?」
フラウはグリズリーだと教えられて二度見する。
ライラの嫌いと言う発言と、名前のイメージからもっと野蛮な見た目だと思ったからだ。
リリィも驚いたらしく「え」と堪らず声を出していた。
グリズリーはフラウとリリィを見比べて「ああ」と思い出したように声を零す。
「君らは最近注目されている……えっと……そうそう! "フラウ"と"リリィ"だね?」
落ち着いた雰囲気でそう尋ねられた二人は、唖然としたまま生返事を返した。
「私は前回三位のグリズリーと申します。ライラと知り合いだったとは、驚きです。ライラはあまり人を寄せ付けないから……」
ちらりとライラに視線をやるグリズリー。
ライラはサッとフラウの後ろに隠れた。
「それも、随分懐かれているようで……その方法を教えてもらいたいぐらいです」
はははと爽やかに笑うグリズリーだが、ライラがあまりにも嫌っているので何があったのか、気になり始める。
そんな二人の様子に気づいたグリズリーは「あぁそれはですね」と話をしてくれた。
「あれは、私がまだ駆け出しだった頃、"独裁者"と呼ばれるプレーヤーがいると聞き、その様な悪しき者は許せないと考えた私は、彼女……ライラに会いに行ったのです」
すると、と続けるグリズリー。
「ライラは独裁者という言葉とは無縁な小さな少女で……あまりに驚いたので、きっと何か彼女の中に大きな出来事があって横暴な振る舞いをしていたのだと察した私は、彼女に正しい道を教えてあげようと思い立ち、こうして交流を重ねているのですが……」
視線を合わせないライラに、悲しげに肩を落とすグリズリー。
「私の何が気に入らないのか、どうにも受け入れて貰えず、今に至ります」
しかし、とグリズリーは拳を握りしめた。
そして強い視線をライラに送る。
「私は諦めません! 彼女はまだ無垢で幼い少女だ。大人が正してあげないと、将来きっと苦労するに違いない! 今回も、こんな物騒な闘いに挑戦すると聞き、私も急遽参加することにしたんです。そしたら私の対戦相手だと聞かされて、気は進みませんがここでビシッと大人の貫禄と余裕を見てもらい、こうありたいと願ってもらおうと思ったわけです!」
力強いグリズリーの言葉に、フラウもリリィも口を挟むことを忘れる。
ライラはそんなフラウの裾を引っ張りどうにかしろと訴えてきた。
その潤んだ瞳にフラウはまた「うっ」と声を漏らす。
フラウは気を持ち直しグリズリーに話掛けた。
「あ、あの、グリズリーさん? ライラちゃんはすご〜くいい子だと思いますよ? きっとそこまで心配しなくても……」
そう言うフラウに、グリズリーはビシッと指を向ける。
思わず「ひぃ」と声を出すフラウ。
グリズリーはそんなフラウに眉根を寄せて「まさか……!」と呟いた。
「な、なにか?」
「貴方はモンスターになる人でしたね?」
「え? いや、モンスターでは……」
「貴方がライラを悪の道に引き摺りこんだのですか!?」
「えぇ!? 何でそうなるの?」
「モンスターとは人に迷惑をかける"悪"そのもの……そんな物になるとは、深層心理では形容し難い残虐性を秘めているのではありませんか?」
「ち、違います!!」
「いいえ、違いません!! そうか、ここにも若くしてそんな抑圧された感情を持つ子供が居たとは……これは、やはり私が確り見守らねば……!!」
グリズリーはそう言ってじっとフラウをみる。
そして、リリィに目をやる。
急に視線を受けたリリィは苦い表情を浮かべた。
「リリィ君、君は戦士だったね? 戦士とは誇り高き者……つまり、君は正義を背負っている。そんな君に、友人の非行を止めてもらいたい」
「えぇ……いや、フラウはそんなんじゃ……」
「いいや、君しかいない!! 君、私と手を組もう!! フレンド申請は後で送っておく! きっと君も友人を正しい道へ連れ戻したいはずだ!」
グリズリーはそう言ってリリィに詰め寄る。
リリィはできるだけ目を合わさないよう視線を外したが、グリズリーは気にしなかった。
さらに話を続けようとするグリズリーに、電子メールで呼び出しがかかる。
今回の運営スタッフからだ。その中にはお鈴も含まれている。
お鈴はこの男をどう対処しているのか、リリィは後で聞いてみようと心に決める。
「む、何事? 私が力を貸そう! 別れは惜しいがまた会えばいい! 正しい道へ歩き直せるよう日々努力あるのみだぞ、若者達!! では、また会おう!」
グリズリーはそう言い残し、指定の場所へ歩いていく。
苦い表情を浮かべるリリィとフラウ。
ライラが嫌う理由がなんとなくわかった。
「とんだオッサンだぜ……」
「あはは、"良い人"ではありそうだね〜」
「まぁー……そう、だな」
そう二人は言っていたが、ライラは「嫌い」と小さく首を横に振っていた。




