第八話 イベント最終日
フラウは人が多くなった湿地地帯で逃げ回っている。
「かかれぇーー!!」
和服を着た女性がそう言うと、他の和装のプレイヤー達がフラウに襲いかかる。
「ひぇえーー!! なにぃーー!?」
フラウは慌てて避けて森の深い方へと走り去る。
「助けてぇーー!!」
フラウの悲鳴は狼の"ワオーン"という声になって森に響いた。
イベント七日目。
フラウはここ数日、ウルフメイクを使用し派手に動き回っていた。
それが噂になり、レアモンスターだと言う尾ヒレが着いて出回ったのだ。
現在、フラウを狙う女性は"お鈴"と言い、このリアティの世界でも大規模な"輪ノ華会"ギルドのリーダーだった。
お鈴は初め、フラウをレアモンスターか確信を得るために追いかけていた。
そして運良くフラウを見つけたお鈴は、その見た目からモンスターだと思い込んだようだった。
それから、現在に至る。
お鈴は特殊スキルを狙ってフラウに攻撃を繰り返す。
だが、思いの外ちょこまかと動くフラウに手こずり、近くにいたギルドメンバーに応援を頼んだ。
それにより、イベント不参加者までもが噂するほどの大事となってしまう。
お鈴の思惑など微塵も知らないフラウは、襲いかかる火の粉から出来うる限りの力を使い逃げまくっていた。
現在、フラウが所持しているコインは六万。
そこそこ集まってはいるが、上位プレーヤーは百万コイン以上集めている。
今日もコインを集めるためにやってきたのだが、その進捗はお鈴の介入により芳しくはなかった。
「くそっ! なかなか素早いモンスターだ!! 皆、例の場所に追い詰めろ!」
「うぉおおーー!!」
お鈴の指示の元、気合いの雄叫びが湿地地帯に響く。
今回の作戦行動に関係の無いプレーヤー達は、巻き込まれないよう湿地地帯から早々に逃げ出していた。
フラウはと言うと、お鈴の仕掛けた誘導に見事嵌められ、四方八方を取り囲まれる自体まで追い詰められていた。
〇
広間では、お鈴の率いる輪ノ華会が大画面に映し出されている。
「すげぇ! 追い詰めた!!」
「さすが輪ノ華会! メンバーの結束が固いことで有名だからな」
そんな会話とともに、画面を眺めるプレーヤー達。
お鈴とそのギルドのプレーヤーによる攻防は最終日を飾る、まさに花形の戦闘となっていた。
〇
フラウは追い詰められ、身動きが取れずにいた。
目の前には和装を着こなす優雅な女性・お鈴が不敵に笑っている。
「覚悟しろ!」
お鈴はそう言い放つとニヤリと笑って背中に背負っていた長い刀と短い刀を両手に持ち、フラウに向けて構えた。
「まってまって私プレーヤー!!」
そんな悲痛な声は、低い威嚇の声になって響く。
「やっとやる気になったか……! 手は抜かない!! 行くぞ!!」
お鈴はそう言って目にも止まらぬ早さでフラウに詰寄る。
フラウは反応出来ず、代わりに"カウンター"が発動した。
「跳ね返した……やはり、 カウンター持ちのモンスター……ならば!!」
お鈴は低く構えた。
「"鈴虫・華ノ舞"!!」
お鈴の唱えた言葉と共にお鈴の周囲に光の玉が散布した。
そして、スピードが格段と上がったお鈴の剣先が"キィイイン"と響き渡る。
二度目の攻撃に、フラウはカウンターの恩恵を受けられず真正面から受け止めた。
多少HPが"ウルフメイク"の効果により高くなっていたが、二太刀目を受け止めた時にはゲームオーバーとなるだろうと容易に予想出来た。
その時、ふとあるスキルを思い出した。
「一か八か…! "スキルイーター"!!」
お鈴の攻撃は物理のように見えたが、スピードや攻撃などのバフは魔法でかけている。
スキルイーターの発動条件を満たしていたのだ。
急に減速したお鈴は驚きを隠せず、その場に着地した。
「な、何が起きた!?」
「今だ!!」
フラウはそう言ってお鈴に飛びかかる。
地面に抑え、お鈴の眼前で攻撃魔法の"ファイアーボール"を放つ準備に入る。
フラウの鋭い牙を生やした口の中央に炎が集まり、そのパワーを増していく。
「……ッ!!」
お鈴は慌てて刀を構えて防御した。
フラウのファイアーボールは呆気なく相殺されたが、爆風により砂埃が舞い散る。
距離を開けるには十分だと感じたフラウは、その隙に後ろに飛びのいた。
木の幹に着地したフラウは、再度ファイアーボールをお鈴に放つ。
それをまた刀で薙ぎ払ったお鈴だが、爆風により少し後ろに飛ばされた。
その間にフラウはアイテムボックスを開き、昨日の残りのトラップアイテムである"網"をお鈴に投げつけた。
網に足を絡め取られ、上手く身動きが取れなくなったお鈴を背に、フラウは一気に逃走する。
「やった! あとは、煙幕!!」
何とか窮地を脱したフラウは、まだ追跡をし続けようとするお鈴たちに向けて煙幕を叩きつける。
「な、なんだ!!」
お鈴が狼狽えている中、フラウは人の隙間を縫ってできるだけ遠くに逃げることに成功した。
砂漠地帯をぬけた辺りに辿り着いた時、人型に戻り穏やかな森の切り株にも垂れ込んだ。
「助かったあー…あの人綺麗な人だけどちょっと怖いかも」
大きく息を着くフラウ。
「今日はもうやめとこうかなあ」
うぅ〜と唸るフラウはかなり消耗した様子で、スタットの街に出戻ることとした。
〇
広間では、お鈴の戦闘にプレーヤー達が盛り上がっていたが、モンスターがそれらを躱し、無傷で逃走したことにざわつきを孕んでいた。
攻撃から想定しても中級程度のモンスターが、上位プレーヤーの攻撃を跳ね返した上、謎のスキルによってお鈴の特殊スキルの一つである強化魔法を解除したことがさらなるざわつきを呼び寄せた。
お鈴は注目されていたプレーヤーであるため、その噂は尾ヒレをつけてたちまち拡散された。
あのモンスターは一体何なのか?
一部では以前初心者のプレーヤーが発見した新スキル"ウルフメイク"に酷似していると言われ検証画像も出回った。
そうなると、それを所持している初心者プレーヤーが強いスキルを数個所持しているのではないか? と囁かれることになった。
実際、フラウの持つスキルの中で強力なものと言えば"ウルフメイク"と回数制限のある"スキルイーター"のみなのだが、広場のプレーヤーはあの一瞬の戦闘でそれを把握できていない。
フラウの噂は小さな火種ではあるが、確実に人々の印象に爪痕を残したのであった。




