まーだーだよ
今、住んでいる家の裏手には、まあ大き目の部類に入る公園があって、ある日の平和な昼下がり私が家で寝ているとそこから子供の声が聞こえてきました。
「まーだーだよ」
って。
かくれんぼでしょうか?昨今かくれんぼをするような子供がいるのでしょうか?いや、結婚して二子を授かっている姉の話ではかくれんぼをする子供は現存するそうです。私なんかは子供もいないので、すっかりみんな、
「スマホでゲームだろ?」
って思っていました。
「いるよ。してるよ」
しかし姉の話ではまだ居るそうです。現存しているそうです。その話を聞いた時、国に言って保護してもらった方がいいんじゃないかと思いました。私は大抵昨今の子供って言うのはスマホゲームか、あるいはパソコンを組み立ててるか、ようつべ配信か、それくらいしかやってないと思ってました。あと河原でサッカー。でもあれもまた部活感があるというか。何か規律のようなものが見え隠れしているというか。ちょっとふらっとバット振りまわしたいなと思って行ったバッティングセンターでガチ勢の親子が練習してるのと遭遇してしまう感じ。
「うああ・・・」
ってちょっとひいてしまう感じ。
だから平和な昼下がりの、
「まーだーだよ」
という子供の声に、まだ純朴そうな子供のそんな声に(まあ将来どうなるかはわからないけど、意外と大学で、ヤ●サーとか開くやつになるかもだけど)、なんかほっこりしました。あとはだしのゲンを思い出したり、少年Hを思い出したりしました。いや私だって子供の頃はかくれんぼしてましたけども。多分。でも、まだこの昨今に本当にかくれんぼしている子供がいるのかと思って。なんとなくそんな時代の事を思い出したりしたのです。
「まーだーだよ」
あとはまあ、子供の持つ明るい部分を見たような気がしました。子供って言うのは無邪気に邪性を持っています。ぶっちゃけ腹立つ存在です。他人はどうだか知らないですが私は恐怖心を持っています。子供の頃に親とかに感謝というものをしなかった。そんな感情知らなかった私。故に、すべての子供がそうだと思っています。それが子供だと。鬼が人間の命を何の感情も無く奪うように。子供って言うのは邪性を持ってる。そういうものだと。すべての子供がそうだと。そうじゃなかったら子供じゃない。やさしい鬼が鬼であるはずがない。それと同じ。同じこと。
「まーだーだよ」
だからそんな子供の声に期せずして穏やかな感情が芽生えるのでした。子供がいない私がどういうつもりでそんな気持ち、感情になるのかはわかりません。でも間違いなくそうなるのでした。不思議と。平和な昼下がり。カーテンの向こう側、窓の向こう側に広がる公園で。
「まーだーだよ」
子供の持つ明るい部分。それが声となって私の耳朶に届き、まどろみと共に体内に入り込んでくる。副作用の無い、でも病には完全に効く薬。しかも溶けやすい。そういうものを摂取しているようだ。あるいはガスになった麻酔を吸ってる様な。笑気吸入鎮静法。
「まーだーだよ」
それが繰り返されるごとに、リラックスがすすむ。私が、私の体が、脳が、リラックスしていく。リラクゼーションだ。これはリラクゼーションじゃないか。子供の声。無邪気な子供の声。子供を持ってなくても、子供に対していい感情が無くても、そんな私にもこれは、
「まーだーだよ」
その声がリラクゼーションとして作用するんだなあ。ハンモックで寝てるみたい。安楽椅子に座って揺れてるみたい。そこに木々の音、風の音、何だったらちょっとした波の音、小雨の降る音。リラクゼーションだ。リラクゼーションだこれは。
「まーだーだよ」
ああ、いいなあ。
「まーだーだよ」
それにしても。
ふと。
疑問が湧きました。ふと。半紙にぴちょっと、筆から墨が一滴落ちたみたいに。はごろもフーズのやつみたいに。
「まーだーだよ」
まーだだよって言いすぎじゃない?まだなの?隠れろよもう。いつまでまーだーだよなんだよ。っていうかまーだだよじゃない?
「まーだーだよ」
まだなの?なんで?あとまーだだよじゃない?だーのあとそんなに伸ばす?いや、伸ばすかな。伸ばすかもしれないけど。そんなだーって伸ばす?そんなに伸ばしてたっけ?私はどうだったかな?まあ、だーのあとも伸ばすは伸ばすけど、伸ばしたかもしれないけど、でもそんなに伸ばす?
「まーだーだよ」
伸ばすなあ。伸ばすね。君。明確に伸ばすね。まのあとは伸ばすよ。まーだだよ。だよ。だーのあともそんなに長尺にする?いや、テンションかな。テンション上がってるのかもしれないけどもさ。
「まーだーだよ」
あと、ずっと同じところにいるけど。声が。同じ場所からしてるけど。移動してないよね。もう隠れてんじゃないの?なのにまーだーだよなの?
「まーだーだよ」
ずっと。まーだーだよって言ってるけど。さすがにもう鬼、いや、かくれんぼって鬼って言うのかな?探してる方も待ってくれないんじゃないの?
「まーだーだよ」
いる。すぐそこにいる。すぐそこでずっと言ってる。まーだーだよって。居るの?すぐそこにいるの?
「まーだーだよ」
その時、不意に姉から、二子を授かっている姉から聞いた事を思い出しました。
「私達の時代はなかったけどさ、最近はもうほんと子供の頃から英語の勉強とかもするんだぜ。すげーよな」
「へえー、ほんとなんだー」
「私達の頃は小学校は、ローマ字だけだったのになあ」
「やっぱりあれでしょ?英語は地球語っていう奴でしょ?」
「グローバル化?」
「そうそれ」
「あとダンスね」
「ダンス?」
これの最初の奴。後ろの方はもう関係ない。最初の奴。最初の姉の言。もうすっかり英語の勉強もするんだって。2020年から小学校でも英語の勉強が必修化されて。
それから次に自分自身が子供の頃、国語辞典とかを使う授業の際、なんか授業そっちのけで変な単語を調べていた時の事を思い出しました。子供って言うのはそういうことをするもんなんでしょうねあれは。きっと。そういうことをするのが子供。それが子供なんです。
そして、シャイニング。映画。映画の。で、子供がレッドラムって繰り返しながら、鏡に文字を書いて。で、それを起きた母親が見つけて、叫ぶ。あのシーン。
「まーだーだよ」
起き上がってカーテンを開けると、すぐ家の前、窓を挟んですぐの目の前に子供が隠れていました。しゃがんでいました。その子といきなり目ががっつり合って、私は、わああっ!てなりました。あとその子供は血だらけでした。
公園を見ると、最初からそうだったんじゃないかと思うほど、地面が黒く染まっていました。それからどこぞかしこぞに何か物体が転がっていました。人?人間?その残骸?
向こうの木々の間から斧を持った赤黒いものを被った人間が現れました。かなり距離は離れていたのですが、あと私はその時眼鏡をかけていなかったので、あまり明確には見えませんでしたが、しかしなぜかその時だけはっきりと、
「あ、今、あれと目があった」
と思いました。
その後こちらに走ってくるそいつの姿をちょっとだけ見て、すぐに子供を室内に入れて、カーテンを閉めて。携帯を持って二人でバスルームに隠れて。電話して。警察に電話して。早く。早く警察に電話して。早くして。早く!
警察に電話がつながったと同時に、窓ガラスの割れた音がしました。それからすぐにその窓ガラスを踏みしめる音もしました。
何かが入ってきた。何かが。
室内に。