閑話〜ロウさんの休日〜
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「ふふふーん♪」
「……ご機嫌だな」
「だってロウさんとのお出かけですから」
ここは神の国と呼ばれたり、単に国と呼ばれたりしている数多くの人間が集まる場所だ。
人種も、部族も、性別も、年齢も、ここでは何もかもが関係無く、全てを受け入れることが神の名のもとに約束されたこの世界で唯一の場所だ。
人間がいくらか定住して暮らしているような場所はここ以外にもほんの僅かにあるとは言えど、ここまで大きなしっかりと国や文明と言いきれるものはここしか存在しないだろう。
故に国とはここを示す言葉に他ならないのだ。
この国の外に住む人々は文字を持つ文化も無ければ、金を払って物を買うような文化ももちろんないし、他のありとあらゆる学問も存在しないだろう。
それらは神が人間に与えたもうた知恵であり、強力な牙も爪もない人間にとっての唯一の武器だ。
もちろん宗教の話等ではない、神は今この国に実在するのだ。
「そこのカップルさん!
もし良ければうちの串焼きはどうだい?」
「串焼きですか?」
「美味そうだな、とりあえず10本くれるか?」
「はいよ! なら銅貨10枚だ」
俺は串焼き屋の店主に銅貨を10枚渡し、その代わりに出来立ての串焼きを受け取った。
相場と比べてもそれなりに安いし、ここの店は隠れた名店とかそういうあれじゃないだろうか?
「お前は何本食べる?
半分喰うか?」
「私が半分も食べたら回れる店が少なくなるじゃないですか、ロウさん7本食べてください」
そう言う彼女に串焼きを3本渡し、俺はその肉を食べた。
いい塩梅に塩が効いていて味は美味しいのだが肉がまあまあ硬い。
というかかなり硬い。
…………何の肉だこれ?
「あ、これ狼の肉ですね」
「……狼?」
「はい、狼の肉ってこんな感じでかなり硬いんですよ」
「……売れないわけだな」
「ん〜、これはハズレですね。
あ、でも強化魔法が使える私達なら普通に食べられますし、そこまで悪いという訳ではないと思いますよ」
「わざわざ飯を喰うのに魔法を使った方がいいとかどんな料理だよ」
あの店は隠れた名店ではない事が確定したな。
味は悪くは無いんだが筋だらけで硬く、正直言って微妙だ。
調理法としては焼くよりも煮るのが一番だと思う。
時間をかけてしっかりと煮ればどんな肉だって柔らかくなるので狼の肉でも行けると思う。
シチューとか鍋とかに入れるなら普通に有りだろう。
「あ、見てください!
コロッケパンが売られてますよ」
「お? あれなら外れることは無さそうだな」
コロッケパン、じゃがいもと肉をコネ合わせて衣を付けて揚げたものを秘伝のタレに付け、パンに挟んだものだ。
外れることが無いというのはコロッケを販売するのに資格が必要だからだ。
そもそもコロッケとは神が人間に広めた食べ物で、最も神聖な料理の1つとされており、資格が無いものがこうして公の場でコロッケを作ってしまうと即刻国の役人に捕えられ、次の瞬間には鉱山奴隷落ちしてしまう事だろう。
コロッケの他にもラーメンとうどんという料理も神が広めた神聖な料理とされており、この3つの料理は三大神聖食と呼ばれ、この国の人々に親しまれている。
その中でもコロッケはラーメンやうどんのように手間がかかるものでは無いのでこうして多くの屋台で販売されているという訳だ。
「並ぶか?」
「はい、並びましょう!」
ちょうど昼時という事もあって何人かの人が列をなしていたが、二人でその最後尾に並んだ。
今思えばこうして誰かと一緒に列に並ぶのなんて初めてな気がする。
普段は早く食べれる店か、自分で作るかなのでこういった店にはなかなか行く事がないのだ。
「お姉さん、コロッケパン2つ下さい」
「は〜い、銅貨26枚だよ」
「これでいいです?」
「はいどうぞ!
できたてだから早く食べてね」
今度は彼女が銅貨を払うと俺に片方のコロッケパンを差し出した。
店主の女性が言った通りにまさに作りたてで、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「……さすがコロッケ、どこで食べてもやっぱり美味いな」
「でも私はロウさんのコロッケが1番好きですよ?」
「俺が作るコロッケは完全にただのズルだからな、こうして1から自分で手作りしたコロッケと比べたらダメだろう」
「えー、ズルでも美味しければ正義ですよ」
「いつかお前も気が付くはずだ。
……心の篭っている料理ほど美味しいものはない」
テキトーに作った美味しい料理と、頑張って頑張って作り上げて失敗した料理。
どちらに価値があるか?
間違いなく俺は後者だと思う。
たとえ料理としては美味しい料理の足元にも及ばないとしても、その気持ちだけはプライスレスだ。
仮にこれが覆るとしたらそれはもはや人間の社会ではないだろう。
心無く、感情も無く、ただ合理性を追求し続ける事に何の意味があるのだろうか?
「でも合理性を追求した方が生きていく上では有利ですよね?」
「……そうだな、だからやがてこの世の全てから感情なんてものは無くなってしまうのかもしれないな」
「それは……悲しい世界ですね」
「ああ、だからこそそうなる前に誰かが止めてやる必要がある」
例えば絶対的な力を持った神や魔王といった存在がいるならば、人はそんな大切なものを忘れずにまとまることができるはずだ。
もちろんこれは感情と合理の話だけではない。
人と人が協力し、自由に互いの手を取り合えるならば争いなんてものは生まれないし、意味もない差別も生まれる必要は無い。
相手を思いやる心、相手に手を差し伸べられるほんの些細な勇気。
ありとあらゆるものが大抵運で決まるこの世界に必要なのは、きっとそんな優しさだと思う。
「いつかは見てみたいものだな。
……そんな理想郷を」
「ロウさんが作ればいいんじゃないですか?」
「俺には無理だな」
「……? どうしてですか?」
「個人で成せるものではないからだ」
これはどれだけ力があっても、どんなに高度な知性があってもきっと一人ではどうにもならないだろう。
どれだけ手を尽くしたとしても、結局その小さな優しさを振るえるのはその本人だけだ。
やはり一人では何もなせず結局は誰かの力が必要になるのだ。
だから仮にこの理想の世界が作れるとしたらそれは俺みたいな奴ではなく、きっと他人の為に自分の身を削れるようなそんな極限まで他人に優しい聖者だろう。
「でもそう言うロウさんもかなり優しいですよね」
「……まあな、ただ俺が優しいのは心に余裕があるからだろうな」
「なら全員が心に余裕を持てる世界になれば世界は優しくなりますね!」
「……どうだろうな」
心に余裕があったとしても人間の欲というものは凄まじいものだ。
特に金銭欲や権力欲に対してはとことん歯止めが利き辛い。
だがこの向上心がなければ人は誰かの上に立ちたいと思って歩む事は無いだろう。
確かにこの世の全ての人間という人間から向上心を消しされば優しさに溢れた世界が作れるのかもしれない。
しかし、わざわざ世界の発展を犠牲にしてまで優しい世界に拘る必要は無いだろう。
発展のない世界は廃れていくだけだ。
「ん〜、難しいですね」
「だろうな。
一応、無能のふるいを避ければそれなりに優しい世界は作れると思うが、俺ができるのはそれくらいだな」
「無能のふるい?
それって何なんですか?」
「ああ、教えてなかったか?」
無能のふるいというのはあれだ。
なぜ上司が無能なのかを説明する為に使われた言葉だった筈だ。
例えば素晴らしい平社員ジャックが居たとしよう。
この部下は仕事をバリバリこなして信頼を稼ぎ、中間管理職と呼ばれる立場になった。
この時にこのジャックは中間管理職としても同じようにバリバリ働けるだろうか?
答えは否だ。
やっている事が違う以上、全く同じ才能が発揮出来るわけが無く、例えそこでさらに信頼を稼いで責任を稼いで上に登ったとしてもそれは同じである。
こうして最終的に優秀だった平社員ジャックは極端な無能になってしまうという訳だ。
ついでに言えば慣れ親しんだ仕事より、やったことの無い慣れない仕事の方ができない。
当たり前の事である。
さらに言えば出世するまでにはそれなりに時間がかかっており、年齢もかなり重ねる事になっている筈だ。
つまりは若い頃よりも新しい事を覚えるのは苦手な訳で、当然の如く仕事は覚えにくいしミスも増える。
当然、当たり前である。
もっと言えば部下がやっている仕事はかつての自分はかなりの水準で行えた為、当然のようにプライドを持っているせいで頑固になりやすい。
無論、当たり前である。
「分かったか?」
「な、なるほど?」
「さて、続きは帰ってからにしてだ。
次はどこに行く?」
「え? 続くんですかこれ!?」
「……当たり前だろ?」
確かに無くても生きていく上で困ることは何一つないだろうが、こういった知識があるのと無いのではその生の質というものはかなり変わってくるだろう。
当然俺も昔はよく考えたものだ。
俺はなぜ生き、どこで死んでいくのか。
どうすればこの世は良くなるかなどなど、その考察対象は多岐にわたる。
「こうして実際に活躍するような存在になるとは思わなかったがな」
「あの、それお父さんには教えてるんですか?」
「……そんなわけないだろ、アイツは難しい事を覚えるのは苦手だからな。
だが、ただの魔術師ではなく、俺のような大賢者を目指すならこのくらい覚えておいたほうがいい」
「え〜、私はもっと楽に生きたいですよ〜」
あからさまに不服そうだが哲学とか倫理とか考古学とかの難しい話を嫌う人は非常に多いので仕方がないか……。
だが、せっかく俺の弟子になったので意地でも教えこんでやるつもりだ。
「もう表通りか」
「ロウさんが話してるとすぐ時間が経ちますよねー」
そんな事を話しながら歩いているとあっという間に表通りまでたどり着いた。
この表通りというのは太陽の昇る方向と神殿との間に結ばれた道で、この国で最も賑わっている場所だと言ってもいい。
数々の屋台や店が立ち並び、露天商達が品物を広げて売っている。
そんなたくさんの店がある中で、最も賑わっている店はやはりこの国が直々に運営している換金所だろう。
ほんの小さな丸い金属の板、つまり貨幣と食糧や衣類、土地などなどの様々なものが取引できる場所だ。
ここではその貨幣を払えば野菜も、肉も、麦も、服も、家も、土地も手に入れる事ができるし、逆にそれらを売って貨幣を手に入れる事もできる。
「それにしても凄い人ですね」
「ああ、交換というのは最も人間が好きな事の一つだからな。
その交換が合理化されればそこに人が集まるのは当たり前の事だ」
誰が何て言おうと、人は交換が好きだ。
何かと引替えに何かを貰うという単純な行為。
それは物であったり、武力であったり、知識であったりとまさに千差万別千変万化。
相手が欲しいものを与え、自分が欲しいものを貰う。
この貨幣はその究極系と言えるだろう。
どんな人間でも何か1つは欲しい物がある故に、貨幣はありとあらゆるものと交換する事ができる。
この貨幣とは即ち、価値そのものと言えるわけだ。
「まだ何か食うか?」
「ん〜、今度は甘い物が食べたいですね!」
不味い串焼きとコロッケパンで腹はそれなり膨れたしと二人で甘い物が売っている店を探す。
それなりに甘い果物が狙いなのだが、そう言う果物は結構な人が求めているせいで意外と高い値がする。
換金所で買えば確実に手に入るが、換金所は相場の1.5倍程度の値段で物を販売している為に中々手が出しにくい。
さすがにそれは勿体ないのでこうして色々な店を巡る必要があるのだ。
「てめぇ! この俺に水ぶっ掛けてタダで済むと思ってんのか!?」
「ふぇ!? え、えと……ご、ごめんなさいぃ!」
「……トラブルか?」
「そうみたいですね、行きますか?」
二人で仲良く表通りの店を見回っていると、十代前半くらいの年齢の小さな少女が厳つい男に絡まれていた。
どうやら転んだ拍子に持っていた桶の中の水を男に掛けてしまったらしく、それで男の持っていた料理が台無しになってしまったらしい。
放っておいたらもう今すぐにでも手が出そうだ。
「……行くか」
「はい!」
ああ、せっかくの休日が台無しだ。
そんな事を言いながらも人助けをしようとする俺はきっとただの捻くれ者なのだろう。
だが、それでも。
「俺はロウ、大賢者のロウだ。
さすがにそれ以上は見過ごせん」
「あ、私はその付き人です」
「な、何だてめぇら!」
「とりあえずこの料理は私の方で新しいの買っておきますので、この場は収めてくれませんか?」
なぁ、どこかで見てる神様よ。
どんな捻くれ者だとしても、誰かを助けちゃいけないなんて理由はないだろう?
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