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赤色女人  作者: 生駒匡
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赤色女人5


 村長からお祠様の奉りの儀を行うと発布があった。齢三十を超える年長者は遥かな昔を懐かしみ、それより若い者は期待に胸を膨らませた。村はにわかに活気ついた。

 山の旅は青年とカイの二人に決まった。道案内に前回の奉りで道案内をした男とその息子がついていく。

 青年は日課の合間を縫って旅の準備を進めていく。大量の食料。弓矢。塩。真冬用の装い。村長に言われたものをとにかく揃えていく。描く道具は貝に入れた紅い染料だけにした。

 村長の案内で青年とカリグラはお祠様を訪れもした。お祠様は狭い洞窟を屈んで進んだ先の開けた空間にあった。空間入口の反対の壁に隙間があって壁の高い所から光が入っている。洞窟は山の反対側まで到達しているのだ。光の入ってくる穴の下に小さな木造の家がある。それがお祠様だと案内した村長が教えてくれた。

 お祠様は屋根も扉も立派な反面、大きさは人間一人が座ることしかできないほど小さい。作りの豪華さに比べて実用性を失ったその家を青年は不気味に感じた。居心地はどうなのか堅牢な扉が開いて中から教えてくれそうにない。

 お祠様のいる広間の壁は凹凸がない人の手で削られ、平にされていた。かつての絵の跡があった。日にやけて色はほとんど落ち、青い三角の染みしか読み取れない。村長曰く一回の奉りで一部を描き、長年かけて空間の壁全面に描いてきた。どこも古くなっているから好きな場所に描いてよいと青年たちは言われた。


 日は刻々と過ぎ去り夏の気配を遠くに感じる頃、旅立ちの日が訪れた。

 体からはみ出る幅の荷物を背負った男3人と少年1人が村人に囲まれている。出立人の家族だけが囲いの中に入って銘々言葉を掛け合った。

 青年も家族と旅立ち前の最後の会話をした。父親はいつもと変わらない。弟と妹は前日までははしゃいでいたのに今朝から大人しくなって今では泣きそうになっている。そして母親も目を潤ましていた。母親の強気な面しかしらない青年は心底驚いた。悪戯をしても、さぼって遠出しても気丈に自分を叱っていた母親なら今回の旅も気高に送り出すと思っていた。栄誉ある旅であっても身を案じて泣く今の母親は気弱な少女のようではないか。「どうにか無事に帰ってきて」

 旅人選びに決着がついた日から母親の親の仮面は薄くなっていた。この涙は子を手引き護る義務が薄れた青年に対して母親の昔からの一面がでただけである。証拠に父親は動じていない。涙の理由はまだあった。親の庇護が不要になった子が険しい旅に立つ今こそが親の求めた風景なのだ。

 家族達が離れて人の囲いに混ざった。いよいよ出立の時が近づいた。村長が一歩囲いに入り宣誓する。

「私たちの村は一人の旅人に救われた。旅人は命を懸けて村の流行り病を抑えた」

 村人が村長の注目する中、青年は村長の後方にいた少女を見つめた。少女も青年を見返した。青年が寄り合い所に村長から呼ばれた日以来二人は事務的な会話を数度しただけだった。青年は旅の準備に忙しくなり少女が隠れて話にいくこともできなかった。

「そして今も私たちの村に眠っている。旅の半ばであったにもかかわらず彼は命を懸けてくれたのである」

 所詮未婚の男女。隠れなければまともに話すことができない。けれどこの旅の終わりに二人が近付ける場所に辿り着けるとお互いに信じている。

 しかし、青年の思いには恋心以外に過分な我執が含まれている。少女の隠された美しさを知り描きたいという執念、それと果てなき山の風景まで行ってみたいという希望。

「彼にに感謝の意をまた示そう。旅人の望んだ風景を彼に届けよう。村の若き青年二人よ。私たちの代わりに、旅人の代わりに風景を持ち帰ってくれ。頼んだぞ」

 少女の慕情にぶつけるにはいかがなものかと青年は悩んだ。しかし、動き出したら止まらない故に執念である。

 少女は青年の絵を知っていた。それでも進めと背中を押したのだ。青年の厚塗りされた感情の下絵に描かれた愛情に気付き、それを受け取ろうと。

「出発じゃ。行ってこい」

 少女は変わらず青年を信じている自分を疑ない強い視線と口元に優しさを湛えたほんの微かな笑みで青年を見つめるのだった。

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