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赤色女人  作者: 生駒匡
2/8

赤色女人2

 罠には一匹の鹿がかかっていた。血抜きした鹿を毛についた虫を落とすために川で洗う。

 青年がひんやりする川に鹿と浸かっていると上流から人が近づいてくる音に青年は気付いた。両手でバランスをとりながら一抱えはある岩の上を渡ってくる人は先ほど青年が隠れて描いていた少女だった。

 岩を飛び移るたびに空に放りだされる少女のつま先や帯革で絞られ露わになったくびれのしぼり、軽く握られた指などの青年の絵にはなかった少女の身体が、向かってくる様子を青年は見つめ、思った。さっきの絵にこの景色を加えたかったと。

 岩が連なる川岸の、青年近くの岩の上に少女は着地した。岩の高さで少しだけ高い位置から青年を見下ろす少女は青年の絵から写されたようにそっくりだった。

「立派な鹿が獲れたね」

 少女は岩の上に膝を抱えてしゃがんで水に沈む鹿を見つめて言った。

「あとで脚を持っていく」

 青年はそう答えると鹿を洗いの続きをした。さっきまで少女の絵を描いていた事実を隠したい気持ちと気恥ずかしさで鹿を洗う腕の動きは少し力がこもった。

「結婚した人のお祝いにしたいからいいお肉のところを持ってきて」

 青年は「ああ」とだけ返事をして鹿をひっくり返した。水の跳ねる音に二人の視線は集まった。

 同年代で同じ村で育てられた二人の仲はたびたび少女が仕事を抜け出しては大人に隠れて青年に会いに来る。今も少女は青年と二人きりになっては楽しそうに微笑んで青年を見つめていた。

「実は後をつけて見たの」

 少女は朗らかに続けた。

「私は私を初めてみたけど、君の想像が混ざって綺麗になってないない?」

  羞恥芯が青年の心臓を一拍大きく脈動させた。

 青年は鹿を洗う腕を止めて数舜、沈む鹿の顔を見つめた。水面の叩く水音がなくなって川のせせらぎだけが鳴る。青年は開き直って少女と向き合った。

「今日も良く描けてた。あれが在るがままだよ」

「君を通すと、私がそれだけ綺麗に見えるんだね」

 青年と少女の目が合った。涙に濡れ川のきらめきが反射している少女の黒い瞳に青年が影のように写っている。自分の瞳にも少女が写っているだろうかと、青年の頭に過った。

 少女が甘く青年に言った。

「もっと描いてみせてほしいな」

「もうやめる。本人に知られてまで掟を破って描かない。それに未婚の男女ですることじゃない」

 青年は息を吐いた。残念だけれど青年は本当にやめる気でいる。あくまで青年が少女を描いていたのは隠れていたから自分に許していた秘密。これ以上は青年の道徳が許さなかった。

「私と結婚したら描いてくれる?」

「できないから困っているんだろう」

 少女は村長の孫で、青年はただの狩人の長男だ。村長の家系の結婚相手は吟味される。どうすれば少女と結婚できるのか青年にはわからない。

 それでも「それでも私もあなたと結婚出来たらいいと思っているよ」と少女は余裕を持って笑うのだった。

 青年は「ああ」とだけしか返せなかった。

「洗濯しただけで遅くなるのもまずいから、もう先に戻るね」

 少女は岩を渡って戻っていった。青年力を込めて鹿の毛皮を擦った。



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