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赤色女人  作者: 生駒匡
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赤色女人

赤色女人:読みは「せきしょくにょにん」

8月1日に完結

 青年が赤い染料を岩肌に塗りつけていた。合わせ貝に溜めた染料を中指で浸し取り、乳白色の岩肌に紅葉のような紅い色を塗っている。


 中指を筆に使い器用に細い線を描いてゆく。青年の中指は染料で紅く染まり、また貝から紅をすくっては岩を塗っていく。

 細い筋を幾筋かで岩肌に人の目が描かれた。そして青年は絵を完成させた。輪郭と最低限の陰影だけで描かれた女性の顔を青年は描き上げた。女性本人を連れてきたかのように精巧に女性を表現している。

 流し目に秋晴れのように涼やかな瞳が宿っている。瞳に似合うような、慈愛と節制を感じる微笑が口元に湛えられており、緩やかな頬は触れてしまえば花開く蕾のように大人を感じさせながらもまだ幼さを封じ込めた艶がある。美しさとやさしさを兼ね備えた美女を青年は岩に写した。


 描いた女性は青年の持つ彼女への印象を源に生み出されたものだけれど、青年の観察力は実物の彼女の魅力を間違いなく捉えていた。

 青年は自分で描いた女性をしばらく見つめていた。自分の中にある女性のイメージと出来上がった絵を比べて細部の手直しを思い描いていく。本当の彼女の首元はもっと輝きがあった。服に隠れた肩はもっと柔らかいだろう。

 それでも何度も描いた彼女の直せる部分はそれまでだった。足巻きに隠れた膝から先や服の下にある体の実態を青年は知らない。今の青年は知ってる彼女をほとんど描ききっている。


 青年は立ち上がり傍らの桶をもって女性の描かれた岩に水をぶつけた。青年は濡れた岩肌を撫でた。染料は滲み、女性の絵は跡形もなくぼやけた。

 直前まで女性の髪であり、目であり、口紅であった染料は今や岩の紅い汚れになった。それでも青年はまだ絵のあった箇所を幻視するかのように見つめていた。

 もっと描きたい。記憶頼りの想像よりも精密に写し取るように写してみたい。顔で終わらず、首から伸びる胸元そして手足、指先までを描き、もう一人を産み出すように彼女を描きたい。心に宿る思いに青年は没頭してく。記憶の彼女の細い指先が紅の染料の絵にされ、その絵を描くにはどう指を動かせばいいのか想像が湧いてくる。紅い絵に置き換える浸食は彼女の腕から肩まで広がっていった。


 鳥が鳴いた。青年の瞳が現実の風景を映し出した。想像から帰ってきた青年はまた岩肌を見つめ、絵が消えていることを再び確認すると荷物をまとめて歩き出した。罠の見廻りをしなくてはいけない。


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