転校生
「転校生が来るだって!?」
教室に入って目が会うなり大げさに声を出して飛びついてきたのは小学校からの悪友、相太だ。
こいつが騒いでいる原因は俺がこいつに昨日の夜送ったメールだ。
相太が大声を出して飛びついてきたもんだからクラス中から注目されてしまっている。更には転校生の話題ときたものだ。一斉に教室が騒ぎ始める。
こうなることは想定していたが、知っていて隠しておくのはそれはそれで面倒だ。後からバレて騒がれた方がタチが悪い。
「てか、お前がどーしてそんなこと知ってんだよ!!」
「メールで送った通りだよ。」
胸ぐらを掴まれてガンガン体を揺さぶられる。
「あの、たまたまいつもと違う道で帰ってたらたまたま道に迷っている女の子がいて、たまたまその子が新しく引っ越してきた家が自分の家の近くだったから案内してあげたっていうあれか!?」
昨日のメールの詳細をそのまんま話しているので、頷くしかない。
聞き耳を立てていた、クラスの連中が勝手に想像を広げて更に騒ぎ出す。
その時、教室の前の扉が開き、担任が入ってくる。さーっと真面目なやつから自分の席に着いた。
俺は相太に掴まれたままなので、まだ教室の入り口で取り残されている。
「そこのバカ二人も席に着きなさい。」
はっとした顔をして、「後で絶対詳しく聞くからな!」と、言い残して自分の席に着いた。
「一体朝からこれは何の騒ぎかしら?」
教卓に着いた担任が、やれやれといった感じで辺りを見回す。
すると、やはりというか何というか、相太の馬鹿が手を挙げて主張し始めた。
「はい!はい!はーい!」
「何かしら?」
「転校生が来たってほんとですか!?どこのクラスですか?」
担任は、相太の質問に一瞬呆れた顔をしながら、答えた。
「ええ。来たわよ。貴方達とは1つ下の学年だけどね。」
それから担任は、「留年したらおんなじクラスになれるかもしれないわね。」と付け加えた。
一瞬、相太の笑顔が固まり、こちらを睨んでくる。そういえば学年…聞いてなかったな。
…
…
…
騒がしい転校生騒動があった、春から月日は流れ、季節は秋になった。
最初こそ、クラスの男達が、どんな子なのか下級生の教室まで覗きにいったり、やれ可愛いだの付き合いたいだの騒いでいたが、夏に10人の同志達が告白し、敗れ去った知って、連中も落ち着き始めていた。
そんな中、俺はあれから転校生とは一言も喋っていないし、そもそも会ってすらいなかった。
家が近いと言っても、彼女の家の前は通らないし、部活動の朝練があって家を早く出て、帰りはまた部活で遅くなるので通学路で会うこともない。
一度、俺が所属するバスケ部に見学で顔を見せに来たらしいが、たまたま風邪で休んでいて会うこともなかった。
最初はあれからどうだと聞いてくる相太もウザかったが、本当に交流がないと知ると、次第にその話題に触れなくなった。
とある日の放課後。部活の練習を終え、一人で自主練をしていたので遅くなってしまい、ようやく帰路に着いた時、後ろから肩を叩かれた。
「先輩!」
振り向くと、あの時の転校生が笑顔で立っていた。
誰かと間違えたのかと思い、無言で前を向いて歩き始めた。
すると、もう一度肩を叩かれた。
振り返ると、今度はむすっとした顔をして、あの時の転校生が立っていた。
「どおして無視するんですか!それよりなんで今まで話しかけてくれなかったんですか!!」
どうやら、本当に俺に話しかけてきたようだ。話しかけるも何も、そもそもどうしてそんな話になるのか分からない。
「いや、用がなかったら話しかけないだろ。」
「先輩は用がなかったら話しかけちゃいけないんですか!?」
なんだか凄い勢いでまくしたてられている。
「いや、そういうわけじゃないが」
「なら、話しかけてください。」
なんだか話がおかしな方向に向かっている気がする。そもそもどうしてこの女の子は怒ってるんだ?
「話しかけてくださいって言われても…」
困った顔をして立ち尽くしていると、転校生は顔を伏せて黙ってしまった。
まさか、泣かせてしまったか…と声をかけようとしたら顔を上げてキッと睨んでからすごい早口でまくし立ててきた。
「先輩は、先輩はあの時助けてくれました!好奇心で知らない土地に来て浮かれて、迷ってしまって。とてつもなく不安で。寂しくて。つらくて。泣きそうだったんです。そんな時、先輩が声をかけてくれて、住所もわからないのに、私のうろ覚えな記憶を辿りに家まで案内してくれて……。」
「それから歩いてる時に私が不安にならないようにたくさんお話ししてくれて、おんなじ学校だってことが分かって……。」
「嬉しかったんです。でも、学校始まったら全然先輩は話しかけてくれないし、わけわからない先輩じゃない先輩は押し寄せてくるし、告白されるしで訳わからなくて、どんどん先輩のこと考えちゃって…」
「気づいたら先輩のことまで追ってて…でも先輩話しかけてくれないから私嫌われてるのかと思って…。」
「こんなこと言いたいんじゃなくて!!」
「好きです。」
最後の方は小さくて聞こえなかったけど、何となく必至に話しかけようとしてくれたのは分かった。
「ごめん、俺、そーゆーの人の気持ちとか鈍感で…」
「それは断ってるんですか!?」
「断るって何を…」
「聞いてなかったんですか!?」
驚きの表情で返されるが、俺は本当に分からない。それよりちょっと怖い。
「いいから私と付き合えって言ってるんですよ!この鈍感!」
…
…
…
「いやぁそれにしても、お前らの馴れ初めはいつ聞いても酒の肴になるねぇ」
人の家の座布団の上でビール片手に勝手に寛いでいるのは小学校からの悪友。相太だ。
あの告白からも更に時が流れて10年。大学を出て、一般企業に就職した俺は、久しぶりに昔の話を肴に相太と家飲みをしていた。
「あんなに、お淑やかな子でもこの鈍感にはむかついちゃったんだろうなー」
こいつと集まると、毎回例の告白の話になる。よほど面白いのか今でもネタにしてくるのだ。
「どおしてこんな鈍感がいいのかねぇ」
余計なお世話である。どうやらだいぶ酒が回ってきたらしい。今日は泊まっていっていい節を伝える。
「二人の邪魔しちゃわりーと思ったけど、実家に帰ってるんだもんな。」
「いつ産まれるんだっけ?子供。」
二人の話は明け方まで続いた。
短編でも物語を完結させたかった。
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