転生したようなので婚約破棄物をみんなで常識的に対処してもらおうとした結果~ざまぁなんて知らなかったんです~
……マジかー……。
なんかえらいもん思い出しちゃったよ、俺。
というわけでちょっと遠い目になりたいんで、時間を少しだけ遡らせて再生させていだたきます。
俺ことファーシルは、騎士団長を父に持つ伯爵子息。といっても家督を継ぐべき長男ではなく三男という、微妙に微妙な立ち位置なんだけど。それでも父の威光は受けられるようで、それはもう文武ともにみっちりしごきにしごかれて生きてきた。おかげでかはわからんが、現在王太子の近衛を務めてもいる。
見た目は青銀髪に碧眼。鍛えているからそれなりにしっかりとした体格だけど、爽やかだと周囲から定評を頂くくらいには割と涼やかな容貌をしている。
まあ、アレだ。どんな二次元だよ! って感じだが、その突っ込みはまだ早い。
とにかく、そのときの俺は日課の鍛錬を終え、いつも通り王太子のもとへ向かっていたところだった。その途中、目の前に伸びた廊下の先で、ふらふら揺れる女性の後姿を見かけたのだ。
危ない、と思ってからだが動くのと、その女性のからだがひと際大きくぐらりと傾いだのはそう変わらないタイミング。日頃の鍛錬が功を奏してか、彼女が倒れこむより早くそのからだを支えるに至った俺は、安堵の息を吐きつつ彼女に声をかけようとして……。
冒頭。思い出したのだ。
腕の中に支えた女性。まだ幼さが残るものの、息を飲むほどに美しい彼女。さらりと揺れるプラチナブロンドの髪と、髪と同色の長い睫毛に縁取られた大きな紫紺の双眸。
ぱっと見ただけでもわかるほど顔色が悪いが、彼女は、そう。
リーリア・フォン・バーレンハイム。バーレンハイム公爵家ご令嬢で、王太子の婚約者だ。
彼女に会ったのはもちろんこれがはじめてではない。王太子に引っ付いていなければいけない分、そこそこ顔は合わせてきたのではないだろうか。
だというのに……。
なぜ、今思い出した、俺。
いや、いやいや、うん。いや、タイミングは別にいいな。最悪なときじゃないだけいつだっていいと言えばいい。うん。
しかしアレだ。どこの二次元だと思っていたが、まさか乙女ゲームの世界とは。
前世で姉貴がアホほどやってた乙女ゲームのうちのひとつの世界に転生したようだと悟ったのは一瞬だった。しかし、姉貴がやってた乙女ゲームはアホほどあって、それはもう鬱陶しく語り聞かされたものもアホほどあるというのに、ピンポイントでここがどのゲームの世界か理解できたのは、姉貴とのいらん思い出を鮮明に思い出してしまったことと併せ、いわゆる知識チートというもののおかげなのだろうか。
正直、そんなところにチートはいらない。
ともかく、ひとつ言っておく。転生ものにありがちっぽかった非業の死とやらなら、俺は迎えていない。俺は百歳オーバーの大往生だった。曾々孫までいた、老衰だ。あ、いや、どうでもいいか、それ。いや、どうでもよくないけど、俺の大事な人生だったし。
げふんげふん。あー……どうやら思っている以上に混乱しているらしい。今のは流してくれ、うん。
前世がどうあれ、そこでこの世界がゲームの中の世界だったなんてことがあったとしても、俺は今ちゃんと生きている。
そう、俺は今、れっきとしたファーシルなのだ。
「……あの、ファーシル様……?」
あ、ヤバい。ちょっと意識飛ばしすぎた。おずおずと不思議そうに見上げてくるリーリア嬢に、慌てて意識を戻す。
「失礼。無礼は承知ですが、緊急時としてご容赦願います」
「え? ……え⁉」
本来淑女にこれはアウトだが、今口にしたとおり、緊急時ということで俺はさっとリーリア嬢を横抱きに抱え上げる。ドレスとか重そうなのに、すっごい軽いんだけど。心配になるな。
前世の記憶が戻ってきた俺は知っている。彼女が王太子妃となるためにどれほどの努力を積んできたか。前世の記憶がなくても、がんばっているな、程度には思っていたが、そんな認識なんぞ生ぬるいにも程があるほど彼女は努力しているのだ。
どこのブラック企業だ並みの不眠不休もざら。ストレスで胃をやってか血まで吐いたり倒れたりまでしながら、自分の時間の一切を費やして必死に食らいつく彼女の姿は、ことばになんかできないほど凄絶だ。
ほんとマジ、もっとみんな彼女を評価して労わってやれよ。
そう思いながら、とにかく俺は彼女を医務室に運び、問答無用でベッドに放り込む。
あ、いや、なるべく優しく横たえたぞ、うん。
「あなたはがんばりすぎです。もっと自分を甘やかしてあげてもいいと思いますよ」
シーツをかけてあげながらそう告げれば、リーリア嬢は目を瞬かせたあと、そのままその双眸を伏せた。
「……ですがわたくしはいずれ国母となる身。この肩に背負う重みを思えば、どれだけ尽くそうとも足りないのです」
おいそれ王太子が言うべきヤツだろ。アイツ、リーリア嬢の十分の一もがんばってないのに、愚痴だけは一人前だぞ。
……あ、だからリーリア嬢が王太子妃に選ばれたのか。察し。
いやいやいや。納得してる場合じゃないって。頭のおかしい負担割合でリーリア嬢ばかり追い詰められるのは間違っている。
しかもこれ、すっげー許せないのは、これから登場予定のヒロインが選んだ相手が王太子だった場合、こんなにがんばっているリーリア嬢が婚約破棄されてしまうはずだってことだ。しかも嫉妬心からヒロインをいじめただなんだって罪着せられて、国外追放にまで追いやられてしまう。
一時期そんなんばっかりやっていた姉貴の話を聞きながら、俺は思ったものだ。
揃いも揃ってバカじゃねえの。
そんなぽっと出の小娘……失礼、ヒロインに、それまで努力に努力を重ねて王太子妃となる素養を身につけたリーリア嬢が追いやられるって、国を亡ぼす気だとしか思えん。
王太子妃になるための教育やらなんやらが一朝一夕でどうにかなると思うなよ。
ゲームではヒロインがだれかとくっつきました、めでたしめでたしで終わるからいいかもしれんが、ここは俺にとってももう現実。となれば、当然、国が亡びてうれしいはずがない。
いやまあ、王太子以外とくっつくならそれはそれでいいんだけど。国が亡ぶほどまでのダメージはないだろうし。
ちなみに俺も攻略対象とやらだが、俺はまったくヒロインに興味ない……好きとか嫌いとかじゃなくて、マジで興味がないのだ。だからまあ、俺はないな、うん。
とにかく、俺にはヒロインに都合のいいあんな世界にしてやるつもりは一切ない。俺は国の未来のため、周囲を常識的判断ができるよう維持させる決意を固めた。
と、それはともかく。今はまず目の前のリーリア嬢だ。彼女にはその努力に見合うくらい幸せになってほしい。
「その心構えはとても尊く、臣民としても誇り高く思います。ですが、あなたひとりが追い詰められる必要はありません。辛いとき、苦しいとき、少しくらい周囲を頼ってください。あなたの努力を知っているものは、あなたに頼って頂けることをうれしく思うものですよ」
もちろん、微力ながら私も。と、ちょっと恰好つけて言いながら、そっと労わるようにリーリア嬢の頭を撫でる。瞬間、彼女の目が思いきり見開かれた。
……あ、ヤベ。やっちまった。
つい前世的クセ(?)が出てしまったが、これはアレだ。超失礼。
慌てて手を引っ込める。
「も、申しわけありません。大変失礼な真似を」
「い、いえ! いえ、その、驚いただけで……。あの……ありがとう、ございます」
恥ずかしかったのだろう、顔を赤らめ、シーツを鼻上まで引き上げ消え入りそうな声でリーリア嬢が告げる。見上げてくるその目も、若干潤んで見えた。
あああ……淑女に恥をかかせるとか……俺もう紳士失格……。
内心がっくりと肩を落としながらも、リーリア嬢の厚意だろう社交辞令に感謝する。
「では、医師と教育係にはこちらから話を通しておきますので、今日はどうぞこのままゆっくりとお休みください」
そう言い終えて礼を執り、逃げるわけじゃないが去ろうとしたところ、少し慌てた様子のリーリア嬢に呼び止められた。
「あ、あの……ファーシル様」
呼び止めたはいいが、なにか言いにくいことでも言い出そうとしているのか、リーリア嬢の視線が泳ぐ。とりあえずしばらく待ってみれば、彼女は意を決した様子でまっすぐに俺を見つめてきた。
「ほ、ほんとうに……その、頼っても、よろしいのでしょうか……?」
そのことばに、俺は思わず目を見開く。
察してはいたが、彼女はやはり周囲に頼れる相手がいなかったのだろう。
未来の王太子妃として、また貴族の令嬢として。弱音を吐かず、弱味を見せず、そうして臨んできたのだ、ずっと。
本来なら王太子こそがそんな彼女と支えあい、励ましあうべき立場のはずなのだが。
マジぼんくらだな、アイツ。
「もちろんです。私でよければいつでもどうぞ」
できるだけ安心させるように、中身は真面目が服着て歩いている堅物だとかなんとか言われていようと、見た目だけは無駄に爽やかな容姿を最大限利用して笑顔で返す。
そうしてリーリア嬢と、前世の記憶が戻ってからのファーストコンタクトを終えた俺は、すぐさま行動を開始するのだった。
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というわけで。それから俺はものすごくがんばった。それはもう、がんばった。
ゲームではヒロイン周辺……というか、ぶっちゃけあのヒロインが大概非常識人なので、その毒牙にかからないよう、至極真っ当に常識的判断と行動ができるよう、周囲になるべく自然に、けれどしっかりと手を回し続けた。
というか、ヒロインの攻略対象って、割と重役になる予定のひとたちばっかりなんだけど。なんなの。どう転んでも国にダメージ与えたいの。いくら亡ぶレベルには至らなくたって、ダメージ自体は通るんだぞ。
とにかく、次期宰相と言われる現宰相の息子には、仲良くなって悩みやらなんやらを聞き出しては、彼の婚約者が解決できるようそれとなくサポートをし、かつ、いい意見交換をして切磋琢磨しては常識を刷り込んだ。同時に、ぼんくら王太子がアホやらかす万一に備えて、リーリア嬢がいかに努力家で王太子妃に相応しくあろうとがんばっているかも吹き込んでおいた。
次いで次期バーレンハイム公爵。つまり公爵子息で、リーリア嬢の兄でもある人物にもまた、宰相の息子とおなじ対応をしつつ、リーリア嬢の努力をよく見るよう告げ、時には三人でお茶をしたりもした。
いや、なにせこいつ、リーリア嬢の兄のクセに、ヒロインの選択によっては平気で妹を見捨てるからな。許せん。家族は大切にしろと、曾々孫まで等しく愛し抜いたおじいちゃんからの重みある忠言だ。
で、その他の王太子の取り巻きにでもなりそうな辺りも、片っ端からおなじようなことをしてやった。正直、めっさしんどかった。その上で自分の鍛錬も怠らないって、俺過労死一直線な気がする。
まあ、それでやさぐれたり死にかけたりしたときは、なんかすごいいいタイミングでリーリア嬢がお茶に誘ってくれたりして……もちろん、ふたりきりではない。リーリア嬢の兄やら教育係などもいた。婚約者がいる淑女がほかの異性とふたりきりでは外聞が悪いからな。
ともかく、それプラス彼女のひたむきに努力する姿を見ると、俺もまだまだがんばらないとなと意欲がわいたものだ。
うーん。俺が力になるはずが、俺が癒してもらってしまっている気がしてならない。
そんなリーリア嬢のためということも含め、もちろん王太子への対応だって必死にやった。なんならほかのひとの数倍分はがんばった。
宥めたり励ましたり宥めたり励ましたり……エンドレス。時には王太子の教育係とも手を組んで、宥めたり励ましたり宥めたり励ましたりエンドレス。
結果、ぼんくらはぼんくらな上にクソだった。
あ、いや、うん。まあアレだ。ちょっともうどう足掻いても不穏な先行きが拭いきれないので、国王陛下や王妃殿下に王太子について定期報告する際には、忌憚なくチク……報告させてもらった。
それと、あのぼんくらのせいでリーリア嬢になんらかの害が及ばないよう、リーリア嬢に関してさりげなくもしっかりと口添えをしておいた。俺、がんばってる。
そしてそんな王太子であるが、それでも俺は見捨てなかった。
だれしもが白い目で見ていようとも、予定調和とばかりに、学園に入学してのち、あっさりヒロインに陥落されようとも、それでも俺は王太子に常識を叩き込むことを諦めなかった。
てか、おい、ヒロイン。お前マジで非常識人だったんだな。だれかれ構わず男限定……あ、いや、アレたぶん、顔面偏差値と権力は見ていたな。……ヒロイン……。
ともかく。話しかけまくるヒロイン。しかし話しかけられるほうは悉く先んじて俺が手を回しておいたので、揃って苦言を返していた。
それはそうだろ。婚約者がいる相手にまで平気で声をかけボディタッチまでかますとか。常識ないにもほどがある。
俺には婚約者はいないけど俺はそもそも非常識人はノーサンキューなので。
……いろいろ忙しくて婚約者とかそれどころじゃなかったんだよなあ……。いや、興味もなかったっていうのもあるけど。後継ぎでもないからか、両親からも特にどうこう言われもしなかったしなあ。
まあ俺のことはともかくとして。ヒロイン、ある意味根性があるのかなんなのか、俺たちがいくら苦言を呈そうと、二言目には「そんなのおかしいです!」とくる。ビックリマークは常に絶対ついている勢いでだ。で「わたしはみんなと仲良くなりたいんです」と続くのだ。
……常識はお花畑に埋もれたらしい。
学園内ではある程度その主張も許されるだろうが、それだってあくまである程度のもので、最低限のマナー的な暗黙の了解というものは存在するし、大体、在学中にしでかしたことは卒業後まで尾を引かないものでもない。そんなことも理解していないヒロインのお花畑持論は、俺の努力も実を結んでか、王太子以外が感銘を受けることはなかった。
……おい、そこのぼんくらクソ王太子。お前、俺の努力と、自分の義務と責任どこに放り捨ててきやがった。
そんなふたりを、それでも見捨てない俺偉い。必死に苦言を呈しているのに、なにを勘違いしてかヒロインはべたべたと鬱陶しいし、努力は一向に実を結ぶ気配がないし、もうほんと……いっそ殺っちゃいたい。
という俺の荒んだこころは、またもや学園でもリーリア嬢が癒してくれた。
まあ、これに関しては俺は完全おまけでしかないのだが。
王太子に差し入れを渡すついでに、俺にもお菓子をくれるのだ。おまけでもなんでもすっごくうれしい。そして毎度すっごくおいしい。
「ファーシル様もいつもありがとうございます。大変でしょうが、がんばってください」
なんて声までかけてもらえるものだから、単純にもやる気が盛り返す。リーリア嬢、マジいい子!
だというのに。あのぼんくらクソ王太子は、こともあろうかリーリア嬢の差し入れをいっつも捨てようとしやがる。なにが入っているかわからんってバカか! あんなに献身的なんだぞ。愛情に決まってんだろ! お前マジで自分の婚約者のなにを見ているんだ。
もちろん、捨てさせるわけにはいかないので、俺が代わりにぜんぶ食べた。おいしい分、余計なんか申しわけなかった。……俺が悪いわけじゃないんだけどな。
時折殺意さえ抱きながらも、それでもこの国の未来がかかっているからと、学園でも必死に王太子を諫めたり宥めたり諫めたり宥めたりを繰り返し続けた。
結果。
「リーリア・フォン・バーレンハイム。お前に婚約破棄を言い渡す!」
ぶっ殺すぞ、マジでお前ええええええっっ‼
卒業パーティー当日。本来リーリア嬢をエスコートすべきぼんくら王太子が、ヒロインを連れてやってきてしまったときにもう血管ぷっつんしそうだったけど、アイツのアホは留まるところを知らなかった。
公衆の面前での婚約破棄。ゲームのアイツルート、もしくは逆ハールートとやらで最大の見せ場となる、俺が一番阻止したかった、一番ありえない非常識行為だ。
俺の……努力が……。
ちょっと気が遠くなる。
「お前のような悪女と婚約していただなどと、このフォーレン、一生の恥だ。お前との婚約など破棄し、俺はこのメイシアを妻とする!」
お前コレほんと、頭が足りてないとかじゃ済まないからな。
王太子とヒロインのなまえが初出? いや、覚える価値ないから、アイツらのなまえとか。
「……悪女、ですか。どういうことかお聞かせ願えますか、殿下」
リーリア嬢の静かな声に、はっと我に返る。そうだ、今はとにかく彼女に加勢せねば!
と、意気込んだ俺を、いつの間にかそばまで来ていたらしいリーリア嬢の兄が止めた。
ええい、邪魔をするな。……ん? 出番が来るまでちょっと見てろ?
え? 出番?
よくわからないが、出鼻を挫かれている間に、ぼんくら王太子とリーリア嬢の会話が進み出してしまい、割り込む機を逸してしまった。
「よかろう。お前の悪事、すべて白日の下に晒してやる! お前は俺がメイシアと親しくしていることに嫉妬し、醜くもメイシアに陰湿な嫌がらせを繰り返したな」
これは……。ゲームでは実際にあった出来事だ。だが、俺の知るリーリア嬢がそんなことをするなんて欠片も思えない。
ふんぞり返る王太子と、そんなぼんくらに腰を抱かれ身を寄せ、怯える仕草を見せるヒロイン。お前らその密着も大概非常識だからな!
対するリーリア嬢はまったく動じておらず、むしろ俺が見たこともないような絶対零度のまなざしをふたりへと向けている。
おい、あの視線受けてフツーに対峙していられるって、王太子とヒロイン、大概図太いな。ヒロインのその態度、絶対演技だろ。そんな繊細なら、リーリア嬢の視線にこそとにかく逃げ出すか、気を失うかしているはずだ。
「……一番重要な部分はあとに回させていただくとして、その嫌がらせについて詳しくお聞かせ願えますか? わたくしがいつ、どのような嫌がらせをしたというのか。わたくしを糾弾するのですから、当然、子細ご説明いただけるのでしょう?」
「ふ。さすが悪女だな。白を切るか。ならばよかろう。自ら己が首を絞めたことを後悔するのだな! さ、メイシア。君は俺が守る。だから遠慮なく言ってしまっていいんだ」
「あ、あの……リーリア様は、わたしの身分が低いことも気に入らないようで、悪口とかすごく言われて……。それに、教科書やドレスも切り裂かれました。わたしの家、裕福じゃないから、ドレスだってやっと買ってもらえたのに……」
「ああ、かわいそうなメイシア。ドレスならいくらでも用立ててやろう」
「まあ、うれしいです。殿下」
バカか。
おい、ぼんくら。お前の金は小遣いも併せて税金なんだよ。国民の汗と涙の結晶を、そんな茶番に使うんじゃねえ。
大体、リーリア嬢が身分の低いものを嫌うだあ? ただ単に必要な常識を伝えただけだろ、どうせ。だって彼女は貴族として、未来の王太子妃として、どこまでも国のため、国民のために努力をする女性だ。国はな、多くの平民の皆様のおかげで成り立ってるんだ。それがわからないリーリア嬢じゃない。
「それはいつのお話でしょう?」
「わ、悪口なんていつも言っていたじゃないですか。取り巻きのひとたちまで使ってよってたかって……ひどいです」
「なるほど。婚約者のいる殿方に無闇に接するのは褒められない、いくら平等に学ぶ機会が与えられる学園だからとはいえ、最低限のマナーは順守すべき、といった内容は、あなたにとって悪口となるのですか」
「だ、だってそんなのおかしいじゃないですか……! 学園は平等な場で、みんなが仲良くできる場所のはずです……!」
「そうだ。メイシアはこころ優しいのだ。お前のような悪女と違ってな!」
「畏れながら殿下。学園は一般常識の通じない無法地帯ではないのですよ」
なんか急に頭の悪い擁護をはじめたぼんくら王太子に、新たな声が上がる。
あれは……宰相の息子じゃないか。
彼はすっと流れるように騒ぎの中心部へと躍り出た。
「やさしい、やさしくないなどの感覚的な問題は、常識的行動をとれるようになってから突き詰めてください。彼女の言動による精神的負荷、苦痛を訴える令息、令嬢は数多いるのです。ゆえに注意をしたのはリーリア様に限らず、私を含め多くの生徒たちや教員もです。もちろん、リーリア様をはじめ、みな彼女を諭しただけであり、誹謗も中傷もしておりません」
「そ、そんな……ひどいです、サージュ様。リーリア様を庇うだなんて……」
「私は事実を申し上げているまで。それと、あなたには何度も私をファーストネームで呼ばないよう注意をしたはずですが?」
「だってそんなのおかしいです! この学園ではみんな平等なのに」
「あなたの言う平等とは随分と都合のよろしいもののようですね。調べ上げてありますよ。あなたは自分の利になると判断した相手か、もしくは見目の良い相手、それも異性に限ってのみ平等を口にすると」
「ひ、ひどい。そんな言いかた……!」
「そうだ! メイシアに謝れ! お前こそだれに許可を得て発言している!」
……もうこのぼんくら、殴って終わりにしちゃ駄目かな。
愛しのヒロインの平等主義さえ、都合が悪くなれば放り捨てるってもうほんと……俺の、努力……。
「国王陛下と王妃殿下からですが、なにか問題でも?」
「え」
「あなたの振る舞いを怪しんだ陛下が、この場で忌憚なく意見を述べる許可をお与えくださいました」
はっきりと言われ、みるみるぼんくら王太子の顔色が悪くなっていく。
まあそうだよなあ。陛下たちから許可を得ているってことは、陛下たちもぼんくら王太子のぼんくら具合を察しているってことになるわけだし。たぶん、というか絶対、この状況……婚約破棄宣言だって、陛下たちに許可をとってのものではないだろう。それがバレているってなれば、いくらぼんくら王太子とはいえ、自分の立場のヤバさにくらい察しがつくはず。……はず。
ちなみに俺はその発言権、以前から陛下に頂いている。
…………あれ。これ、もしかして、俺、ぼんくら王太子のこと押し付けられていたんじゃ…………。
「それと、ドレスや教材を切り裂いた、でしたか?」
お、今度はリーリア嬢の兄が進み出て行った。
……ねえ、俺の出番ってどこ。
「殿下もご存知の通り、我が妹は王太子妃としての教育が忙しく、そもそも学園への出席自体があまりありません。たとえ来ていたとしても、別室にて個人授業を受けることも多く、また当然ながら多く注目を浴びるため、他人の持ちものに細工などできよう隙はないのですよ」
なんなら目撃者でも募ってみますか? と一声置き、ギャラリーもとい周囲の生徒たちにリーリア嬢が悪行を働いたところを見たものはいるかと問いかけた。
はい、ひとりもいません。
その結果に、彼はにっこりと笑う。……さすが兄妹。リーリア嬢とおなじ圧力だ。
「御覧の通りですが、ではどうして我が妹がそこの令嬢に嫌がらせなどしたことになっているのでしょう?」
小娘って言った! 絶対今ヒロインのこと小娘って言った!
場合によってはアイツもヒロインに心酔する側だったのに……俺の努力! 歓喜!
リーリア嬢の兄に責められ、ぼんくら王太子はたじたじとヒロインを見る。ヒロインもさすがに分が悪いと気づいてか視線を迷わせたが、それでもなんとか持ち直した。
知っていたけど、ほんと、悪い意味でタフだよな……。
「ほ、ほかにもあります! わたしが廊下を歩いていたら足をかけられたり」
「リーリア様の前で急に勝手に転んだところなら見ました!」
「食堂で突き飛ばされて、スープを浴びてしまったり」
「リーリア様のそばで勝手に転んで食事をひっくり返しているのなら見ました!」
「な、中庭に呼び出されて、池に落とされ……」
「メイシアさんのほうが呼び出そうとしていたけれど、怪しいからってリーリア様がスルーしたことなら知っています!」
おお……みんな……。
本来この場面となってしまったら、この場で孤立してしまうのはリーリア嬢だったはず。それが今、一丸となってリーリア嬢を擁護している。
それはもちろん、リーリア嬢自身が積み重ねてきたもののおかげなのだが、それでも俺は俺ががんばってきた結果も見えたような気がして、うれしくなる。
うう……涙が……。
「どうして……。どうしてみんな、わたしを責めるんですか! こんなの、こんなのおかしいです!」
「やれやれ。結局みなが危惧していた通りになってしまったようだな」
うわ! 陛下と王妃殿下がお出ましだと⁉
慌てて臣下としての最敬礼をする。もちろんそれは俺だけじゃない。ぼんくら王太子はともかく、ヒロインまで棒立ちなのはちょっと驚いたけど、ちょっとの驚きで済んだあたり、もうアイツに関していろいろ諦めがついてるんだなあと再認識してしまう。
とにかく、陛下は会場に通る声でよいと告げ、全員顔を上げるよう促した。
「ち、父上……。どうしてここに……」
「うむ。もうそろそろ見切りをつけねばならんときが来そうだったからな」
「見切り……?」
陛下の登場に青白い顔をしながら首を傾げるぼんくら王太子。
あ、これもしかして、ぼんくら王太子、命運尽きたんじゃあ……。
「さて。フォーレン、リーリアと婚約破棄をしたいと申したのは真か?」
「あ、いや、あの、それは……」
「よい。本音を申してみよ」
「じ、事実です。俺、あ、いえ、私は、リーリアではなく、このメイシアと生涯をともにしたいと思っております」
あーああ。やっちまった。
本音を言え、で、マジなにも考えずそれ言っちゃうって、ある意味すごいな。
もうコイツも、全力で諦めたい。
陛下がすっと目を細める斜めうしろの王妃殿下の顔見てみろ。ブリザードもかくやだぞ。
「わかった。正式な手続きはのちほどとなるが、国王たるわしが認める。おまえたちの婚約、およびその後の結婚までな」
「……父上!」
「まあ! 本当に⁉」
「よかったな、メイシア」
「はい! フォーレン様!」
え、そんな、いいの? マジで? だってこれじゃリーリア嬢が不憫すぎるだろう!
目の前の出来事が信じられず狼狽える俺は、今ここで狼狽えているのが俺だけだとはまったく気づいていなかった。
「フォーレンとリーリアの婚約については、これまでのリーリアの苦労への贖罪と、今後の彼女の名誉を守るため、破棄ではなく白紙撤回とする。……今まですまなかったな、リーリア」
「いいえ。そのようなおことば、勿体なく存じます。陛下や王妃殿下、それに城の方々には本当によくしていただき、感謝しかございません」
「そう言ってもらえると救われる」
「父上っ! なぜそのような女に謝る必要などあるのですか! そいつは」
「黙れ」
申しわけなさそうな陛下と、そのことばを柔らかに受け取るリーリア嬢とのやりとりに、ぼんくら王太子が割り込む。が、陛下の地を這うような声での一喝に、ひっと竦み上がって口を閉じた。
……アイツ、マジアホだな。
「リーリアのひたむきな姿を見て、そしてファーシルや周囲の諫言を受け、いつかは変わってくれると思っていたが、もはやお前に救いなどない。わしも王妃も決心がついた。フォーレン、お前を廃嫡する」
「…………え?」
え、廃嫡……?
正直それはベストだと思うが、いいのか、それで。とも思ってしまう。だってほら、俺の努力期間、結構長かったし。だったらさっさとそうしてくれればよかったのに、とかそういう。
自分がなにを言われたのかわかっていないのだろうぼんくら王太子……いや、もはやただのぼんくらだな。ぼんくらは、ただただきょとんとアホ面を晒している。そんなそいつより素早く、隣にいたヒロインが声を上げた。
「そんなのおかしいです! だってそれじゃ、わたしが王妃になれないじゃない!」
だからおかしいのはお前なんだよ。
発言の許可もなく声を上げただけでもそうだが、よりにもよって正当な言い分でもなく陛下にたてつくとか、よっぽど首を胴体からおさらばさせたいのだとしか思えない。
けれど陛下は今その不敬を咎めることはせず、ほう? と、それはそれは低く冷たい声を出した。
「お前は、王妃になりたかったのか」
「そうです! だって王妃になれば、堂々と愛人を囲ってもいいんでしょう?」
「…………は?」
すげえ。この場の全員がハモったぞ。
陛下や王妃殿下、それに今までまったく動じる様子もなかったリーリア嬢や、呆けていたはずのぼんくらも。
コイツ、なに言い出してんだ、と。全員の意見が見事に一致した。
「王族は後宮に愛人を囲うものだって聞きました!」
「……いや、それは陛下限定で……」
「そんなのおかしいです! 男はよくて女はダメなんて不公平です!」
「不公平とかそういう話じゃ……」
みんなが呆然とする中、それでもリーリア嬢の兄が若干、いや、かなり引きながらも一応諭そうと試みたが、ヒロインのヤツ、次の瞬間とんでもない爆弾を投下しやがった。
「だってそうじゃなきゃ、わたしがファーシル様を囲えないじゃないですか!」
…………………………は?
え、なに、え? 俺?
え、俺の出番、ここなの?
ていうか、マジなに言い出したの、コイツ。
戸惑うとかそういうレベルじゃなく理解できずに呆然としていると、急に周囲の温度が下がったような気がした。
え、なに。今度は本物のブリザード到来?
「なにを、仰っているのですか?」
り、リーリア嬢……?
ブリザードの正体、リーリア嬢だったのか?
ぼんくらとのやりとりの間は確かに冷え冷えとした態度ではあったが、それでも感情の起伏は感じられなかった。それがなぜか今は、空気さえ震わせているんじゃないかってくらい、底抜けの怒気を感じる。
さすがのヒロインでさえ、後退ったくらいだ。
「だ、だってファーシル様、どんなにアピールしても全然わたしのこと愛してくれなくて……。だったら王妃になって愛人として囲っちゃえばいいんだって思って……」
なんだその意味不明な極論。ツッコミどころ多すぎるだろ。
「あなたは、ファーシル様をお慕いしていたとでも?」
「そ、そうよ! だってファーシル様、いつだってわたしとまっすぐに向き合ってくれたし、いっぱいそばにもいてくれた。ファーシル様こそ、カッコよくて優しい、わたしの理想の王子様なんだから!」
本物の王子がそばにいたのに、一騎士を理想の王子とはこれいかに。
というか……。
「いや、だってぼんく……ごほん。殿下にくっついていられたら、殿下の近衛である私とも必然的にともにいることになるだろうし、ぼんく……殿下に常識を叩き込むのと同様、あなたにも常識が必要だと思ったから説いていただけなのですが」
あぶないあぶない。あまりのことに、一騎士としての仮面がどこかにすっ飛んでしまうところだった。
「だってそれは、わたしのことを想ってくれたからですよね?」
「いえ、私はいつだってこの国のことを考えて行動しています」
「じゃ、じゃあ、わたしが王妃になれば、わたしのことをいつだって考えてくれるってことですね! だって王妃って、国母でしょう?」
ちょっと待て。なんだその超持論。いっそ怖いわ!
というか、王妃殿下とリーリア嬢が、この上なく恐ろしい感じなんですが。あの気迫、それだけでひとを殺せるんじゃないだろうか……。
「話になりませんわ。陛下、これ以上王妃という存在を愚弄されてはたまりません。どうかお早い沙汰を」
ああ、うん。これ以上は耐えられないから、王妃殿下の怒りが爆発する前に、さっさとヒロインを退場させろと。王妃殿下の副音声が聞こえたのは俺だけではなかったようで、自分に怒りが向けられているわけではなくとも、ちょっと陛下がたじたじになっている。
「お待ちください、陛下、王妃殿下。わたくしに、すこしの猶予をいただきとうございます」
王妃殿下に急かされ、陛下がぼんくらとヒロインに最後通牒を言い渡す前にと、リーリア嬢が一歩進み出た。
このタイミングはいくらなんでもマズいんじゃあ、という俺の危惧は、杞憂だったらしい。少しだけ、王妃殿下の纏う空気が鎮まった。
「ああ、そうですね。ごめんなさいね、リーリア。大切なことがまだ残っていたというのに」
「いいえ。さすがにこれはわたくしも想像しておりませんでしたから、王妃殿下のお怒りは当然です。わたくしのわがままで時間を頂戴してしまうこと、申しわけなく存じます」
「いや、もとよりそれは必要なこと。これで最後だからな、存分に言い渡してやるがよい」
「ありがとうございます」
ん? なんかよくわからないが、事前打ち合わせでもしていたのだろうか。
陛下も王妃殿下も、リーリア嬢がこうして言い出すことも、それからなにをしようとしているのかもすべてわかっているような様子だ。
ていうか、あれ? もしかして、みんなわかっている側……? わかっていないの、俺とぼんくらとヒロインだけ?
え、俺、こっち側なの……?
あんまり軽くもない絶望を覚えていると、リーリア嬢が一歩進み出る。そうして今度はしっかりとぼんくらを見据えた。
ぼんくらは廃嫡宣言を受けた上、愛しのヒロインから自分以外の人間を愛している宣言……大事なことなので言っておくが、俺は甚だ、全力で大迷惑だからな。とにかく、それを受け、もはや意気消沈を通り越し、今にも死にそうなほど愕然としている。
けれどそんなぼんくらを前にしても、リーリア嬢に容赦をするという選択はないようだ。……まあ、当然だろうけど。
「殿下。先程あと回しとさせていただいた、一番重要な件についてお話させていただきます。殿下はわたくしが嫉妬をした、と仰いましたね。それは遺憾なまでに勘違いでございます」
「……え?」
「なにしろ、わたくし、過去も現在も未来まで通したとして、殿下に懸想したことなど一度たりともございませんもの」
「……え」
「それでも、陛下がお定めになった婚約ですし、わたくしも貴族の娘としてなすべき責務は重々承知しておりましたから、王妃となるべく必死に邁進してまいりました。そこには迷いも躊躇いも抱いておりませんでしたわ。ですが、義務と感情は別のものにございます」
一拍置かれる。ただ呆然とリーリア嬢を見つめるぼんくらには、もはや生気はない。とにかくうるさく口を挟んできそうなヒロインも、周囲を飲み込むようなリーリア嬢が纏う空気の中では、大人しくなっていた。
「陛下から許可をいただきましたので、正直に申し上げます。わたくしにはもうずっと、別の想い人がいるのです」
「え……え……?」
え、そうなの? ぼんくらじゃないが、さすがに俺もそれは知らなかった。
まあ、うん、いくらなんでもぼんくらに惚れてはなさそうだなとは、薄々感じていたけど。それでもリーリア嬢は婚約者の立場としてぼんくらを立てていたから、別のだれかに懸想しているとはまったく感じられなかった。
俺、鈍いのかな……。
「い、いや、だが、お前は俺にわざわざ差し入れを持ってきたりもしたではないか」
「そうですわね。今だからお伝えいたしますが、あれは殿下への差し入れなどではございませんでした」
「……へ?」
「わたくしは婚約者がいる身ですし、別の殿方に個人的な贈り物をするのはよろしくありません。ですから、殿下を通してお渡しするという回りくどい方法をとらせていただいていたのですわ。もちろん、殿下がわたくしからの差し入れなど受け取らないことまできちんと計算に入れておりましたので、あの差し入れはひとかけらたりとも殿下のためには存在しておりません」
あー……確かに、ぼんくらのためにしてはぼんくらの好みとは違う菓子だなあと思っていたが、そんな事情が……。
て、あれ? そうなると、リーリア嬢の想いびとって……。
いや、いやいや、まさかな。うん、いくらなんでもまさかだろう。ははは、転生してイケメンになったからって自惚れるのはいけないぞ、俺。
「婚約者もいる身ですから、この想いは永遠に封じようと必死に蓋をしてまいりました。ですがそれももはや必要のないこと。なにしろわたくしは婚約を白紙にしていただき、今や身軽な身となりましたから。そういうことですので、殿下、わたくしが嫉妬からそちらの……殿下の新たな婚約者様に嫌がらせなどするはずがございませんわ」
はっきりと、きっぱりと。言い切られても、今のぼんくらには理解が追いついていないのかもしれない。アホ面のまま呆然としっぱなしだ。
まあうん、それはそうだよなあ。追い打ちに追い打ちを重ねて、本気で完膚なきまでに叩きのめされてるし。それだけのことをしてきたんだから仕方ないにしても、ちょっとだけ同情する。
どうであれ、一緒に過ごした年月はそこそこあったからなあ……。もちろん、味方をする気は更々ないけど。
リーリア嬢もとりあえずぼんくらのアホな勘違いを訂正して満足したのか、すっと陛下へと向き直り、最上級のカーテシーを優雅に決めた。
「貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」
「うむ。では、沙汰を下そう。先も申した通り、フォーレンは廃嫡後、平民となり、同時にメイシアなるそこの娘と結婚し、その後は自分たちで生活をするように」
「そ、そんな……」
「ひどいです! 廃嫡なんてそんな」
「黙れ! お前たちにはもはや発言権など存在せぬ! よいか、次にわしの許可なく口を開いたら、厳重な処罰を言い渡すぞ。お前たちのしでかしたことは、本来であればもっと重い罰を与えるものであるが、ほかでもないリーリアの温情によりこの程度で済まされていることを理解するのだな」
あー……そうだよなあ……。ぼんくらとリーリア嬢の婚約って、国による契約だったわけだし、それを正式な手続きもなく身勝手に破棄しようだなんて、いくら王太子といえど赦されるものじゃない。
その辺も、ちゃんと諭してきたつもりだったんだけどなあ……。
この上ない厳しく重厚な声で告げられ、厳重な処罰ということばもあわさって自分たちの立場の危うさにやっと気づいたのか、さすがにぼんくらたちも口を閉じる。廃嫡からの平民以上の処罰となれば、よくて追放、悪ければ極刑なんてことさえありえるからな。
いや、割と冗談じゃなく、本当に。国による契約に違反した上、公爵家の令嬢を無実の罪で糾弾したんだ。それは重い罪にもなるだろう。
リーリア嬢の温情が働いたってことだから、ふたりともちゃんとリーリア嬢に感謝しなければいけないんだが……そのあたりは、このふたりだから理解しそうにないな。マジ救えん。
とりあえず黙ったふたりを確認してから、陛下は改めて続けた。
「そして国王たるわしの権限において、いまこの場にて、ファーシルとリーリアの婚約を認める」
……………………は?
「え? え? え?」
なになに、どういうことだ。
いきなりわけのわからないかたちでなまえが出て、思いっきり困惑する。なぜか周囲がわっと歓声を上げた。
「ファーシルも、長年すまなかった。あれほどまでにリーリアに想いを寄せておったというのに、お前の我慢を思うといたたまれぬ。愚息のために身を引いてくれておったというのに、それさえ報われず、本当にすまない。詫びというにも烏滸がましいかもしれぬが、せめて今ここで、お前の想いを結ばせよう」
「え、え、え……?」
え、なに、俺の想い? え、ちょっと待って。俺が、リーリア嬢に、想いを寄せていた……?
「よかったな、ファーシル。あれほどあちこちでリーリア様への想いを熱く語ってきた甲斐があったじゃないか」
そばまで寄ってきた宰相の息子が、ぽんと肩を叩いてきながらいい笑顔も向けてくる。
……あちこちで、リーリア嬢への想いを語っていた……?
あれ、それってまさか、リーリア嬢の味方をつくろうと奮闘していたあれのこと、だったり、するのか……?
「ああ、そうそう。心配せずとも王太子には次子たる第二王子がつく。あやつはまだ幼いながらも聡明だ。そこのアホのような間違いは犯すまい」
「ええ。リーリアのことは残念だけれど、あの子の婚約者もしっかりした子ですもの。そうだわ! リーリア、あの子の婚約者の子の教育係になってくれないかしら? 彼女、リーリアのことをとても尊敬していたし、喜ぶと思うの」
「まあ。わたくしでよろしければ喜んで承りますわ」
「そうだ、それなら第二王子の近衛には、そのままファーシルにもついてもらおう」
「まあ陛下、それはよい考えですわ」
ちょ……ちょっと待って……。俺、当事者のはずなのに、全然追いつけてないから。
え、なに俺、もしかして俺、知らないうちに、外堀埋めちゃっていた感じなの……?
思わず呆然としていると、陛下たちとの会話が一段落したらしいリーリア嬢が、俺の目の前までやってきた。
「ファーシル様。わたくし、あなたがお城の廊下で助けてくださったあのときから、ずっとあなたをお慕い申し上げておりました。ふふ。これから、末永くよろしくお願いしますね」
それはそれはもう、どこまでも美しい微笑。
ああ、うん、これ、外堀は埋めてしまったのか埋められてしまったのか、どっちなんだかわからないな。
どうあれ、もはやこうなっては俺のこたえなんてもう決められてしまっている。
「こちらこそ、よろしくお願いします……」
どうしてこうなった!
ざまぁものが書いてみたい→短編にしよう→ちょっとだけ奇をてらって(できてるかはわかりませんが)外堀を埋めたか埋められたかのオチにしよう、と思って書きはじめた結果、びっくりするくらいヒロインの頭がおかしくなりました……。ここまでのつもりじゃなかったんですが……。
(再追記:6/27)
当作品では王妃は国王以上の権限等を許されていないものとし、「殿下」という尊称にさせていただいております。
以降、この作品についての王配に対する尊称に関して「陛下のほうが...」といったコメントはご遠慮いただけると幸いです。
教えてくださったかた、本当にありがとうございました!
追記。
誤字報告、ありがとうございます。大変助かるものがほとんどでとてもありがたく思っております。
ただ、ひらがな表記やルビの中などは、意識してわざとそうしておりますので、誤字ではありません。ちなみに一人称視点なので、必ずしもきちんとしたことば遣いとしていないこともあわせてご了承いただけると幸いです。
こちら、ずいぶん前に書いた作品ですし、いっそもう本当の誤字も纏めてこのままでいいかなと思いましたので、誤字脱字報告は受け付けないかたちにさせていただきました。この作品のために時間を割いてお知らせくださったかたがたには多大なる感謝を。本当にありがとうございました。今回の決定にご理解いただければ幸いです。