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上司との一杯

 俺の名はレオン・フォン・アルマーシュ。

 エルニア王国の宮廷魔術師 兼 宮廷図書館司書 兼 天秤師団軍師。

 エルニア王国の文官にして武官である。

 階級は少佐、いや、中佐だ。

 先日の巨人部隊(タイタン・フォース)討伐の功績により、少佐から中佐へと昇進したのだ。

 ちなみにシスレイア姫も一階級昇進を果たし、中将となっている。

 彼女は俺の昇進を我がことのように喜ぶが、自身の昇進にはさして感慨を持っていないようだった。

 元々、彼女は軍人に似つかわしくない優しい性格の持ち主、出世に興味がないのだろう。いや、むしろ武勲を疎んでいる節もある。

 階級が上がるイコール殺人を重ねると同義だと思っているようで、俺のように給料が増えたと単純に喜ぶことは出来ないようだ。

 そのことを彼女のメイドのクロエに話すと同意してくれるが、このような言葉もくれる。

「レオン様、たしかにおひいさまは喜ばれていませんが、それでも昇進は昇進。なにか祝いをせねば」

「そりゃ、構わないが、意外だな、君も喜んでいないかと思っていたが」

「無論、喜んではいませんが、おひいさまが出世されれば大望に近づけます」

「だな」

 ちなみに大望とは世界平和のことである。それも恒久的な。

 それを実現するため、彼女は軍人となり、俺を配下に加えたのだ。

「俺のような問題児を家臣にするくらいだものな」 

 戯けてみせると、クロエも冗談で返す。

「そうですね、給料泥棒の異名を誇る司書さんを配下に加えたのです。一日も早く、権力を奪取したいです」

「権力奪取か――」

「はい」

「まあ、それには協力するが、姫様には三人、兄と弟がいるんだよなあ」

「二人でございます」

「そうだった。三人のうち、ひとりは俺が殺したんだった」

 次兄のケーリッヒの悪辣な顔を思い出す。回想するのも不快であったが、彼に負けずとも劣らない醜悪な兄がもうひとりいた。それが長兄のマキシスであった。

「やつとは悶着あったからなあ。対決は避けられないだろうな」

「ふふふ、ぶん殴って歯を折ってしまわれましたしね」

「ああ、こっちにやる気がなくても向こうにふたり分あるだろうしな」

「王座という珠玉の座を争う以上、対決は不可避でしょう。ただ、ふたりの姉上については問題ないかと」

「たしかシスレイアの姉はふたりとも嫁いでいるんだよな」

「はい、それぞれ、侯爵家と伯爵家に降嫁しております」

「この国では他家に嫁いだものは王位継承権が剥奪されるのだったな」

「その通りです。姉上方おふたりはライバルではありません。それに彼女たちはあまり権力に関心がありません。シスレイア様とも仲がよろしいですし、敵対するよりもこちらに取り込んだ方がいいでしょう」

「なるほど。たしかに味方はひとりでも多いほうがいいな」

「はい」

「しかしシスレイアが未婚でちょうどよかった。女王にすることも可能だ」

「ですね。しかし、そう簡単に女王になってくださるとは思えませんが」

 たしかにシスレイアは最終的には女王を目指すと宣言していたが、今は機が熟していないとも公言していた。己の実力不足もあるが、国内情勢、帝国軍との軍事バランスなども考慮し、時期尚早だと思っているようだ。

 それに彼女は女王に拘りがない。彼女がほしいのは民を幸せにもたらすことができる〝権力〟であり、権威ではないのだ。

「この情勢だと、望んで王位に就かれることはないでしょう」

「奥ゆかしい娘だからなあ」

「はい。なにか策はお有りですか?」

「あるさ」

「さすがは天秤の軍師様、披露願えますか?」

「…………」

 一瞬、沈黙してしまったのは彼女がシスレイアの腹心だったからである。俺の構想がシスレイアに筒抜けになってしまうことを恐れたのだが、彼女は賢い娘、話すべき内容と場所を吟味できる娘であった。安直に吹聴しないと思った俺は正直に話す。

「姫様に王位継承権があるのは知っていたが、それを利用するつもりはないんだ、実は」

「まあ、ではどなたを王に?」

「無論、それはマキシスではない。姉ふたりでもないぞ」

「――となるとシスレイア様の弟君?」

「正解。クロエは賢いな」

「王の子供は限られますから」

「ああ、シスレイアの弟、レインハルト殿下、御年一三歳、俺は彼を次期王にしようと思っている」

「若すぎませんか? いえ、幼すぎると言ってもいいかも」

「そこが狙いだ。幼すぎる王には摂政が必要だろう」

「――なるほど、エルニア王国摂政シスレイア・フォン・エルニア、というわけですか」

「ああ、いい響きだろう」

 俺が同意を求めると、クロエはにこりと微笑み返してくれる。

「ええ、その通りだと思います。最高に素敵な肩書きです」

「俺もそう思う」

 素直な感想を口にすると、レインハルトに王位を継がせるにはどうすればいいか、考え始めた。



 先ほども述べたがこの国には王位継承権というものがある。

 国王がみまかれたとき、この順位の高いものが国王として即位するのだ。

 基本的に国王の子供が上位になるように順位は決まる。

 国王の長男が一位、次男が二位、三男が三位である。ただ、女性にはやや不利な方式で決まる。女性は男系男児より下位の順番となるのだ。たとえ姉でも弟の下位となるのが通例だった。さらにいえば一度他家に嫁げば王位継承権は剥奪される。

 異世界の〝フェミニスト〟が聞けば怒り狂いそうな方式であるが、この国では普通のことであった。

 さて、小難しい話になったが、端的にまとめればシスレイアの弟、レインハルトの王位継承権は二位だった。ひとつ上にいるのが兄のマキシスだから、やつを取り除くことが出来れば必然的に彼が次期国王となるのだ。

「理屈としては簡単だな」

 〝もうひとつの職場〟である図書館で独り言をつぶやく。

 意地の悪い上司が嫌味たらしく咳払いをするが、無視をし、思考を続ける。

「ただし、この方策はあまり取りたくない。やつを排除するのは簡単だが、それは姫様が厭がる」

 シスレイア姫は高潔にして清らかな姫、暗殺を忌み嫌う。

 あの〝クズ〟だった次兄が死んだときにも深く悲しんだのだ。あのときは終焉教団という邪教徒どもが次兄ケーリッヒに入れ知恵をし、悪魔化までした末の自衛処置であったが、それでも彼女は深く傷ついた。

 今現在は〝ただの人間〟である兄を暗殺するなど、彼女の思考法にはないだろう。ならば彼女の家臣としては彼女の心に従うまでだった。

「……まあ、一見、暗殺が最良にして最効率の方法に見えてそうでもないしな」

 古来より、暗殺によって王位を得たものは数多いる。しかし、彼らがそれによって幸せになったかは甚だ疑問だ。身内を殺したという大罪に苛まれるもの、身内の身内によって仇討ちされるもの、色々なパターンによって破滅していく。

 姫様にそのような運命は用意したくない。それに姫様は救国の姫将軍なのだ。国民がなぜ、彼女を支持するかといえばその清廉にして潔白な性格によるところが多い。

 ひっそりとスラム街の炊き出しに参加する有徳の志。

 辺境の民のために命を捧げる篤い義心。

 彼女がお忍びで街を歩けば、いつの間にか彼女の周りには子供たちの輪ができている。

 そんな聖女のような娘だからこそ、この国の国民は彼女を支持するし、期待もするのだ。

 安易に暗殺に頼ってその手を汚せば、彼女の手は黒く汚れる。

 彼女の心まで穢してしまうだろう。

 さすれば国民の支持は波のように引いていくに決まっていた。

 それは悪手だ。

 シスレイアはマキシスと違って宮廷内に支持基盤がない。

 門閥貴族の支援も望めない上、本人の領地も雀の涙だ。

 唯一の武器は〝民からの信頼〟それだけだった。

 たったそれだけを武器にして広大な領地と強大な武力を誇るマキシスに対抗しなければいけない。それは〝棒切れ一本〟で熊に挑むようなものなのかもしれないが、あるいはその棒切れこそが切り札にもなり得るかもしれないのだ。

 棒切れとて急所に当たれば熊の目を潰すこともできるかもれない。心臓に突き刺されば命を奪える可能性もある。

 嘆いたところ領地も武力もわいてくるわけではないので、今はその武器を生かすべく策略を練るが、俺はとあることに気がつく。

「????そういえばレインハルトってどういうやつなんだ?」

 シスレイアの弟にして現国王ウォレスの末子。

 この国の一般常識として、あるいはシスレイアづてにその存在は聞かされていたが、俺は見たことがなかった。

 軽くあごに手を添えながら、忌々しげに俺を見ている上司に尋ねる。

「司書長殿、つかぬことを伺いますが」

「君の有給申請は却下だ。なぜならばもうすでにすべて消化されているからだ」

「我ながら労働者の鏡ですな。しかし、聞きたいのはそのようなことではありません」

「昇級ならばもっとあり得ないぞ。君の労働評価はEだ」

「過分な評価有り難いですが、そのようなことでもありません。ちと、世間一般の常識を聞きたくて」

「世間一般では君のような不良司書を穀潰しというのだよ。……それで? 聞きたいこととはなんだね」

 嫌味は忘れないが、質問には答えてくれるようだ。有難いのでこちらも皮肉は言わずに尋ねる。

「この国には王子がふたりいますが、彼らの評判はどうでしょうか。――特に末の弟君の情報が知りたいです」

「そんなことか。しかし、私は新聞で得られる情報しか知らんぞ」

「それが知りたいのです」

 本人の人柄を知らずに得られる情報、つまり全国民の共通認識と言うものを確認しておきたかった。上司は禿頭の頭を軽く撫でると吐息を漏らす。

「長兄であるマキシス殿下の評判はよろしくないな。漁色家で欲深いと聞く。恐れ多いが、このままなんの試練も受けずに王位に就かれれば国は立ち行かなくなるかもしれない」

「なるほど、それには俺も同意です」

「うちわの話だからな、口外するなよ」

「もちろんですとも。俺はあなたを敬愛していますから」

「ふん、俺よりも厳しい上司が代わりに赴任してきたら嫌なだけだろう」

「見破られましたか、さすがです。それで末子のレインハルト殿下のほうは?」

「そっちか、そっちも芳しいものはないな。無論、一三歳の子供ゆえ、好色とか強欲とか謗られることはない。ただ、マキシス殿下とは違った意味で心配だ」

「と申しますと?」

「レインハルト殿下は生来の病弱なのだ。幼い頃の大病のせいで満足に歩くこともできないらしい」

「なるほど――そういうキャラか」

「ああ、今は帝国との戦争の重要な局面だ。国王がそのように貧弱では軍部も従うことはあるまい」

「確かにそうかもしれません。慢性的な帝国との戦争状態、軍部の力は肥大していますからね」

「というわけで軍部はマキシス殿下を次期国王に推している。継承順位からいってもそれが正当だしな」

「しかし、軍部とて一枚岩ではないでしょう」

「だな。殿下の尊大な態度に腹を据えかねている軍人は無数にいる。良識派と呼ばれる将軍たちは殿下と対立しているしな」

「お詳しいですね」

「伊達に長年、官吏はやっておらん。サン・エルフシズム新聞の今日の御皇族の欄も欠かさずチェックしておるわ」

 偉そうなちょび髭をピンと伸ばし、自慢する上司。サン・エルフシズムとはインテリな新聞を読んでいるではないか。てっきり、トゥスポあたりを愛読しているかと思ったが。

 そのように思ったが、本人には伝えることなく、話をまとめる。

「なるほど、よおく分かりました。一市民の貴重な意見、参考になりました。助かります」

「私としては君が仕事をしてくれたほうが助かるのだがね」

「それは後日ということで。あ、最後に尋ねたいことが」

「なんだね」

「ここだけの話、マキシス殿下とレインハルト殿下、どちらが次期国王に相応しいと思っていますか?」

「究極の質問だな」

「性悪の国王が、病弱な国王か、究極の二択ですな」

「ならば性悪の国王だな」

「ほう、理由をお聞きしてもいいか?」

「マキシス殿下は人としてはあれなお方だが、国王は人格でやるものではない。結果論として民を幸せに導ければいいのだ」

「ふむ」

「漁色家ということは子宝に恵まれるかもしれん。国王の務めのひとつに王統を残すというものがある」

「その点は優秀かもしれませんな」

「それに強欲というところも見方を変えれば国の利益に繋がるやもしれん」

「国王の利益と国益が一致すればそうなるでしょう」

「というわけだ。今現在、見えている範囲内ではどう考えても長兄のマキシス殿下のほうが国王にふさわしい」

「たしかに」

「とういうわけで二択ならばマキシス殿下を選ぶ」

「この国が民主主義を標榜していなくてよかった。上司と政治的に対立したくない」

「抜かせ。なんとも思ってないくせに」

「はは、さすがですな。それではフォン・アルマーシュ、仕事に戻ります」

 そう言うと書庫に向かった。昼寝をするためではなく、書物の整理をするために。本当は働きたくなどなかったが、今日は上司に世話になった。彼の血圧を少しでも下げるため、真面目に仕事をすることにしたのだ。

 その姿を見て上司は逆に困惑して血圧をあげることになるのだが、俺の気遣いは感じてくれたようで、途中、「コホン……」と咳払いしながら書庫にやってきてくれた。

「真面目に仕事をしているようだな。ま、これくらいじゃ勤務評価は上げてやれんが」

 上司は恥ずかしげにそう言うと、こう続ける。

「先ほどの質問、二択だったからあのようになったが、もしも自分で選択肢を選んでいいのならば違う答えを選ぶぞ、私は」

「ほう、どのような選択肢を?」

 興味深げに尋ねると、彼はこう断言した。

「もしも次期国王を選べるのならば、おまえのお姫様を選ぶ。シスレイア・フォン・エルニア、彼女こそがこの国の指導者にふさわしい」

 その言葉を聞いた俺は満面の笑みを浮かべるとこう返した。

「奇遇ですな、小官も同じことを思っていました」

 互いに頷き合うと、俺と上司は久しぶりに酒場に向かった。飲み会を開いたのだ。ふたりは朝まで梯子酒をすると、酒臭い格好のまま図書館に出勤した。それを見た女性職員は目を丸くしてこう評したという。

「なにかよくないことが起きるんじゃないかしら」

 と――。

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