きんきんに冷えたイチゴ牛乳
軍部の無理難題。
一師団で帝国最強のタイタン部隊を打ち払う。
それを無事果たした天秤師団は、周囲の街の人々から英雄として扱われる。
兵を休めるためにユジルの街に入ると、若い女性は黄色い声を上げ、主婦たちは食べ物を用意し、男たちは酒を振る舞ってくれた。
天秤師団の兵たちの勇気を手放しに賞賛する。
兵たちは気を緩めるが、誰ひとり酒場に行くものはいない。
いまだ俺が戦闘態勢を解く許可を与えていないからであるが、姫様は具申してくる。
「兵たちは疲れています。それに帝国の脅威はいったん去りました。休養も必要でしょう」
その意見はもっともだったので採用する。
兵は休めるときに休ませなければ、いざ戦闘が始まると困るのだ。
言い訳をさせてもらえれば俺はその手の兵の機微に敏感なほうであったが、今現在は兵にまで気を配っている余裕がなかった。
昨日の戦闘で魔力を使い果たし、全身を魔力痛が襲っていた。
魔力痛とは筋肉痛の魔力版で、魔力を使いすぎたときに発生する。その痛みはフルマラソンをなんの準備もなくしたときの筋肉痛に、歯痛と火傷が重なったくらい、と言われている。つまり地獄の苦しみなのだが、俺だけでなく、魔術師のナインも似たようものであった。
宿舎で寝たきりの老人のようになっている。
俺のほうは魔力を使い切るのになれているのでそれよりもましだが、膝が笑っており、立つとぶるぶると震える。
「……数日間はなにもできないな」
そう悟ったが、俺を寝たきりにさせないように取り計らう娘がいる。
この師団の団長だ。
おひいさまは先日の温泉で湯治をしましょう、と言う。
姫様は屈強な兵士を用意すると、俺をかつぎ、先日の温泉へと連れて行く。
姫様らしからぬ強引さだったが、その謎はすべて解ける。
温泉に行くとそこは貸し切りと書かれており、大浴場にはすでに先客がいた。
メイドのクロエである。
彼女はにこりと微笑み言った。
「私も地獄の痛みです。痛い物同士、一緒にお風呂に入りましょう」
すべてシスレイアの取り計らいであるが、まあ、怒りはしない。
それに恥ずかしがりも。
彼女たちは全裸だったが、ここで余計に恥ずかしがれば男としての格が下がるというものだった。
ただし、軽く彼女たちに背を向け、景色に気を取られる振りをしながら話す。
「……クロエ、ボークスは元気か?」
「兄上ですか? 昨晩、一緒に泊まって、久しぶりにお話しして。起きたら消えていました」
「旅立ったのか?」
「はい。もう思い残すことはない。だから旅を続けると」
「……まあ、兄弟はずっと側にいなければいけないわけじゃない」
「そうですね。どんなに離れていても心は通じ合っているつもりです」
その言葉を聞いてシスレイアは、
「仲良きことは美しきかな」
と言った。
その通りなので反論せずに言うとクロエは言う。
「……レオン様、今回はありがとうございました」
「なんのことだ?」
「なにからなにまででございます。おひいさまに武勲を立てさせてくれたこと、ドオル族の問題を解決してくれたこと、兄と私を救ってくれたことです」
「どれも俺だけの功績ではない。巨人と戦ったのは兵士たちだし、バナの森を救ったのはドオル族とエルフ族の協力があったからだ。それに君たち兄妹を救ったのは結局、自分たちだよ。離れていても心の絆が離れることはなかったから、わかり合えたのだろう」
「でもすべてレオン様が架け橋になっています」
「そうか、ならば失業したら、大工にでもなるか」
そう笑うとその下手な冗談に姫様とメイドさんは笑ってくれた。
軽やかで艶めかしい声が浴場に響き渡る。
そのまま延々と聞いていたかったが、実は俺は長風呂が苦手なのだ。
普段は烏の行水タイプなのである。
なのでそのことを素直に伝え、先に出ることを伝える。
彼女たちは快く了承してくれたが、最後にクロエはこう言った。
「お風呂上がりはコーヒー牛乳にされますか? それとも普通の牛乳にされますか?」
俺は最短で正解を導き出す、なぜならば姫様の軍師だから。
「イチゴ牛乳にしてくれ。俺はイチゴ牛乳が好きなんだ」
クロエは子供の味覚、と笑うことなく、うやうやしく頭を下げると、きんきんに冷えたイチゴ牛乳を用意してくれた。




