あれが俺の妹だ
巨人のもとへ走ると、ヴィクトールが吹っ飛んでくる。
軽く足に触れ、吹き飛ばされたのだ。
俺はそれをひょいと受け止めると言った。
「男を抱っこする日がくるとは思わなかった」
「俺もお前に抱かれる日がくるとはな」
そう言うとナインもやってくる。
彼も満身創痍だった。
「つうか、あの化け物、倒せるのか。俺は自信がない」
「自信で倒せるならばいくらでも応援するが、生物を殺すにはすべて技術だよ。弱点に攻撃を加えれば死ぬ」
「それはそうだが、あの化け物の弱点にどうやって攻撃を入れる。意外と俊敏なんだ」
ナインはそこで言葉を句切ると、いまだ戦っているボークスを見る。
「まともに戦えるのはあの謎の戦士だけだ。あとはレオン中佐くらいか」
「戦力を過大に評価されるのはな。実は前の巨人との戦闘で魔力を使い果たした。さらにクロエに魔力を与えてしまったので、今の俺は鼻くそをほじる力もない」
「明日は魔力痛で地獄だな」
同じ魔術師としてわかってくれるナイン。
「まあ、その通りだが、明日、魔力痛で苦しむには今日を生きねば。そのためにできることをするぞ」
「分かった」
と了承するふたりに指示をする。
「まずはナイン、遠方から斜め45度の角度で巨人に《火球》をぶち込んでくれ」
「場所は?」
「上半身ならばどこでもいい」
「分かった」
「ヴィクトールはその火球が着弾したら、回り込むように移動し、巨人の気を引いてくれ」
「了承」
と準備を始める。
「旦那はなにもしないのか?」
「まさか、そんなことない。鼻くそをほじって援護するよ」
そう言うと俺は、クロエの援護をするため、動き出した。
メイドのクロエはただひた走る。
レオンに貰った魔力を解き放つため、一直線に巨人に向かうが、あの大型種の巨人は想像以上に賢かった。
クロエに、いや、その懐中時計にただならぬ気配を感じると、即座に注意を向けてくる。
近くにある瓦礫を蹴り上げ、それをクロエに当てようとするが、それは兄ボークスによって防がれる。周囲の壁を利用し、飛翔すると、上体に斬撃を加える。
その一撃は強烈で、クロエの接近を邪魔することはできなかった。
(……兄上)
兄上の献身的な行動を有り難く感じたが、同時に兄が肩で呼吸していることに気が付く。
(もう長くは保たない)
そう思ったクロエはまっすぐに巨人に突っ込む。
(フェイントも無用。玉砕してもいい)
そんな思いであったが、それが間違いであると教えてくれるものがいる。
それはクロエがもっとも敬愛する魔術師だった。
彼は己の部下に火球を放たせると、巨人の気を引いてくれる。
部下を後方に配置し、巨人の気をそらしてくれる。
自身は魔法の弓矢、エナジーボルトを放ち、巨人の目を射貫いてくれた。
本来、クロエがやるべき伏線をすべてになってくれたのだ。
「……レオン様、愛おしいお方。賢いお方」
素直に思ったことを口にすると、クロエは飛翔した。
飛んだ!
猛
禽のような感覚で飛び上がると、右手に持っていた懐中時計をぶん回す。
懐中時計が壊れてもいい。
腕がへし折れてもいい。
この命が燃え尽きてもいい。
そんな思いで放った一撃。
それはレオンにほどこされた魔力と相乗効果を発揮し、とんでもない威力となる。
それをまともに受ける巨人。
めきめきと頭蓋骨が砕ける音が周囲に響き渡る。
巨人は化け物であるが、生物である。巨大な人間である。このような強力な攻撃を食らい、頭蓋骨を破壊され、無事でいるわけがない。
中枢器官である脳を破壊された巨人は、膝を折り、そのまま倒れる。
巨人は二度と立ち上がることはなかった。
こうして天秤師団は巨人部隊を追い払い、大型種の巨人も倒した。
周囲の街にはひとりの死傷者も出さず、この国を救ったのである。
それはシスレイア姫の名声を高めると同時に、メイド服を着た少女の心を救った。
その光景の一部始終を見ていた彼の兄の心も救った。
クロエの兄ボークスは涙を流しながら、自分の妹を指さす。
「見てくれ。あれが俺の妹だ! 誰よりも強く、誰よりも優しい。
あれが俺の妹なんだ!」
その言葉を聞いた周囲のものはふたりの兄妹の絆の強さを誰よりも確信した。




