ドオル族の誇り
「見事なものだ。巨人をまったく恐れない。指揮官と軍師の薫陶が行き届いていると見える」
この言葉は俺の次に巨人を葬り去った男ボークスの言葉である。
天秤師団の勇猛さはさすらいの凄腕戦士のお眼鏡に適ったようだが、彼はひとつだけ疑念を持っているようだ。
「巨人に対抗できるのは分かっていた。お前は勝算のない戦いをしない男だからだ」
「お褒めにあずかり恐縮だ」
「しかし、それにしてもな実力と知謀だな。自ら前線に立つことによって兵を鼓舞し、細かな作戦によって脆弱な兵を勇兵に変え、巨人にすら対抗をする」
「本来、軍師が前線に出るのはいけないことなんだがな」
「まあ、そうも言っていられない台所事情だろう。――さて、我が同族も活躍しているようだな」
軽く戦場を確認すると、ルルルッカ率いるドオル族は無双の働きをしていた。
「このままタイタン部隊を全滅に追い込めるかな?」
「いや、そこまでは無理だろう。しかし、撤退はするはず。俺たちの目的はタイタン部隊をエルニアから追い出すことだ」
「ならば目的は果たせそう、ということか」
「果たせた、と言ったほうがいいかもな」
そう言うと巨人たちが俺たちに背を向けている。遠くからホラ貝の音が聞こえた。どうやらそれが撤退の合図のようだ。
「このまま追撃したいところだが、追撃をして反撃を喰らうのも馬鹿らしい。無視をするぞ」
「気前がいい」
「面倒くさがり屋なんだよ」
そううそぶくと、俺たちの後方から伝令がやってくる。息を切らせながら彼は言った。
「レオン様、ユジルの街に巨人が現れました」
「ユジルの街!?」
ユジルの街とは先ほどまで俺たちが滞在していた街である。例の温泉街だが、そこに巨人が現れたというのだ。
「敗残兵か?」
ボークスは尋ねるが、どうやら違うようだ。
「そ、それがなのですが、通常の巨人よりも遙かに大きい大型種が一体、現れたのです」
「大型種!? 今のやつらよりも大きいのか?」
「身の丈、20メートルはあるようです」
「20メートル……」
ボークスはごくりと唾を飲むが、すぐに気が付く、ユジルの街に妹が滞在していることを。
それに気が付くと、軍を反転させようとするが、それでは間に合わないと思った俺は、ヴィクトールとナイン、それにボークスに馬に乗るように言う。
「メイド救出部隊を編成するんだな」
とはナインの言葉であるが、要約するとそうであった。
「そういうわけだ。超過勤務になるがいいか?」
「残業代がでるなら」
「あとでコニャックをおごれ」
ナインとヴィクトールは快く引き受けると、四人はそのまま馬に乗った。
馬でひた走ると数時間でユジルの街に到着する。
遠目から煙が上がっているように見える。
「温泉街だから湯煙と混同するが、どうやら大型巨人が外壁を壊したようだ」
「丁度いいタイミングと言うべきか、最悪のタイミングと言うべきか」
「それは分からないが、ひとつ気になることが」
ナインが代表して言う。
「壁を壊したって言うのに巨人はなんで街の中に入らないんだ?」
「――それは」
見当が付きかねているヴィクトールに俺が説明をする。
大型種の巨人の足下で奮闘しているメイド服姿の少女を称揚する。
「お姫様一番のメイドクロエが戦っているからだ」
見ればメイドのクロエは懐中時計を振り回しながら、大型巨人の足を切り裂いていた。
素早い動きで敵を翻弄し、巨人を足止めしていたのだ。
その姿は聖女のようでもあり、宗教画の一コマのようであった。
「見事なものだ。あの小さな身体ひとつで巨人の侵攻を防いでいたのか」
「頭が下がるが、それも永遠というわけにはいかない。援護しようぜ」
ナインがそう提案した瞬間、巨人の強烈な足踏みがクロエを襲う。クロエはそれを避けるものの巨人の起こした簡易的な地震によって足を取られた。
――それが致命傷となる。
普段のクロエなら容易に避けられる巨人の横薙ぎの払いも足を取られたあとではどうしようもない。クロエはその一撃をまともに食らう。
クロエは数十メートルどころか、街の瓦礫の中にめり込むくらい吹き飛ばされる。
生死は不明であるが、それでも巨人は追撃しようとするので、俺はヴィクトールとナインに援護を頼もうとするが、すでにボークスは動いていた。
神速の速度で動くと、巨人の肩口に乗り、斬撃を加える。
ヴィクトールとナインもそれに続く。
俺は彼らに感謝すると、瓦礫の中にいるクロエのもとへ向かった。
俺の知っているクロエならばこの程度では死なないはずである。ただ、それでも大怪我をしているのは容易に想像できた。実際、彼女の殻は酷く傷付いていた。
瓦礫の中に埋まっているクロエ。
彼女ご自慢のメイド服はぼろぼろで、骨も何本が折れていた。あばらに右腕、他数本が折れているようだ。
即座にポーションを与えるが、骨はすぐに接合しない。傷は塞がり、止血くらいにはなるが、それでもすぐに戦うことはできないだろう。俺は彼女を待避させようと背負うが、彼女はそれを拒否する。
穏やかに、力強く俺の手を払い除けると、クロエは言った。
「……レオン様、レオン様の好意は有り難いですが、今、ここで逃げ出すわけには行きません」
「君は義理を果たした。君が街の入り口を守ってくれたおかげでユジルの街の被害は最小限に抑えられた。これ以上、なにを望む?」
「名誉です。我が家族が勇気あるものだと世間に知らしめたい」
その言葉でクロエの意図が分かった。こんなにも傷付きながら戦う理由が分かった。
「……私の兄は私を救うため、ドオル族の戦士の試練を途中で放棄しました」
「……知っていたのか?」
「兄は内緒にしていたようですが、知っていました」
「ならば君は兄上が世界一勇気のある戦士だと知っているだろう。世界一優しい兄だと知っているだろう。ドオル族はなによりも名誉を尊ぶ。それを捨て去ってまで愛する家族を救ったんだ。誰しもができる行為ではない」
「はい、知っています。だから私は戦いたいのです。自分にも兄と同じことができるか。兄と同じ血が流れているか確認したい」
「…………」
「兄と同じように自分ではない誰かのためにこの身を捧げられるのか。か弱き物を守れるのか確かめたいのです。それは今、この瞬間しかできない。ここでこの街を守り、誰ひとり傷付かなかったと確認したとき、初めて私の肩の荷が下りるような気がするんです」
クロエの目をじっと見つめる。
彼女は兄に命を救われた。兄は一族から白眼視され、自身も不当な扱いを受けてきたと聞いた。森の外が見たい、婚約者から逃れたい。それが森を出た理由のひとつと言っていたが、本当は同族からの耐えがたい偏見の目が彼女を森から遠ざけたのだろう。
ドオル族は義侠心あふれる一族であるが、その代わり偏狭な一面もある。どのような事情があっても戦士の儀を放棄することを許せないのだろう。その家族も同様の目で見てしまうのだろう。人間社会でもよくあることだった。
今さらそのことでドオル族を責める気はクロエにはないようだ。
俺にもない。
彼女が決着を着けたいのは、ドオル族への恨みではない。自分の中の心の葛藤なのだ。
ここで最後まで戦い。巨人を打ち倒す。
さすればすべてのわだかまりが氷解すると思っているのだ。
それは間違いなかった。
だから俺は彼女に協力することにする。
「……今、施したのは簡易的なポーションだ。これから骨がくっつく強力なのを与えるが、副作用があるがいいか?」
「もちろん」
「副作用の内容くらいたしかめろ」
「ふふふ、そんなものはどうでもいいのです。レオン様ならば酷い副作用のものは飲ませないでしょう?」
「まあな。あとで激痛が来るくらいで人体に影響はない」
「まあ、有り難いお言葉」
戯けながらも躊躇することなく、真っ赤なポーションを飲み干すと、クロエは両足を大地に付ける。しっかりと踏みしめながらつぶやく。
「……これならば戦えそうです」
「ああ、それでいい。そのポーションは攻撃力も同時に強化できる」
「なるほど、筋肉が肥大している感覚です」
「あとはその懐中時計に俺の魔力をありったけ注ぎ込むから、あの巨人の脳天にそれをぶちまけてくれ」
ボークスたちが戦っている巨人を見る。
その姿はどこまでも大きく凶暴である。
「……肩口までは乗れます。私も兄もそこまではできました」
「できれば。いや、絶対に額に当ててくれ。頭蓋骨を砕きたい」
「なるほど、やってみましょう。――難しいですが」
と言うと彼女は走り出す。
戦っているボークスたちが苦戦をしていると感じたからだ。
クロエは疾風のような速度で戦線に復帰し、俺はその後方を走った。




