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温泉

 森をひたすら歩く俺とお姫様とメイド。


 その後方にぴたりとくっついているのは黒衣の男だった。彼はオーガから俺を救ってくれた男である。

 

 彼はいったい、なにものなのだろうか。俺たちの味方なのだろうか、敵ではないだろうが。


 好奇心と警戒心がわくが、彼を追求することはできない。

 警戒心を発動させ、彼にコンタクトを取ろうとした瞬間、気配を消されたからだ。


「……結局、正体は掴めずか」


 残念そうに漏らすと、シスレイアが首をかしげる。


「いや、なんでもない。暗がりで美人だと断定しないほうがいいかな、と思っただけさ」


「よく分かりませんが、もうすぐ森から抜けられそうです」


 彼女が宣言すると、森の出口が見える。


 長期間、森の中にいたから、木の葉越しの光になれていた俺たち。なにもない平原の光はとてもまぶしかったが、気を取られることなく、平原を進む。


 途中、農家を見つけると、市場価格の5倍で馬を譲ってもらう。


 その馬を飛ばし、天秤師団との合流を急ぐ。


 もしかしたらすでにストリア帝国のタイタン部隊と交戦中、という可能性も考慮されたからだ。その場合はそのまま指揮を執ってなんとかするつもりであったが、そのような緊急事態は避けられた。


 師団を任せていたヴィクトールとナインは慎重にことを構え、俺の帰還を待っていたのだ。


 ヴィクトール少佐は言う。


「俺に指揮ができるわけがないだろう。てゆうか、この師団はレオンの旦那のものだ」


 ナインも似たようなことを言ったが、それは間違っている。この師団は姫様のものである。


 というわけで姫様に布告を出して貰い、近日中にタイタン部隊と対峙する旨を布告して貰ったが、だれひとり臆するものはいなかった。


 姫様に全幅の信頼を置いてくれているわけだが、その勇気がすぐに試されることはなかった。


 タイタン部隊との決戦は数日後になったからだ。


 ヴィクトール少佐は言う。


「現在、タイタン部隊はエルニアの南方の都市を攻略中だ。斥候の報告によると、すでに都市は陥落寸前らしい」


「つまり今から行っても間に合わない、ってことさ」


 ナインは戯けて言うが、行っていることは冷徹だった。無論、責めたりはしない。彼らの見識が正しいからだ。城塞を破られた都市に今から救援に行っても無駄なのは自明の理だった。


 もしも今からその都市の救援に行けば勢いに乗った巨人の手痛い洗礼を受ける。地の利をまったく得られずにボロ負けする。


 ただでさえこちらの戦力は少ないのに、戦う場所を選ばないのは愚将のするところであった。


 それにアストリア帝国も鬼ではない。陥落させた都市は帝国に編入させ、支配下に置く。住民を手荒に扱うことはないだろう。――絶対ではないが、一軍の将としてはそういう計算で動くしかない。


 今、俺がすべきなのはヴィクトールからこの辺の地形を聞き出し、巨人と戦いやすい地形を探すことであった。


 幸いとこの付近に峡谷のようなものがあるという。巨人と戦うにはこれ以上ない地形だと思った俺はそこに工作部隊を先に送り込む。


 天秤師団は三日後に向かうことになった。


 つまり三日間、手隙になったわけであるが、その間、俺は存分に書物を読めると喜ぶ。


 ――三十秒だけ。


 滞在している街の仮の宿舎で本を読んでいると、クロエが頬袋を膨らませながらやってくる。


 彼女は俺の部屋の扉を開けると、

「レオン様にふたつほど言いたいことがあります」

 と言った。


 ひとつ目は察した通りだった。


「レオン様、タイタン部隊との決戦、私を留守役にするそうですね」


「君は軍属ではない――、の一言で済ませようと思っていたのだが、駄目かな」


「駄目です」


「しかし、君は本当に軍人じゃない」


「しかし、おひいさまのメイドです。それに武力にはいささか自信があります」


「おひいさまをひとり戦場に立たせたくないのだな」


「はい」


「だが、今まではずっとそうだったはず。正直、君にメイド服を脱いで軍服を着てもらいたくない」


「どうしてですか?」


「エルニア陸軍の女性士官の軍服はダサイから」


「…………」


「冗談のつもりだが、笑えないかな。でも本心さ。それに君にはこの街の警護を頼みたい。どうやら帝国軍の斥候が入り混んで破壊工作を行っているとの報告もある。君は情報の扱いに長けているから、敵の斥候を見つけられるだろう」


「なるほど、私には私の役目があるのですね」


「ああ、頼りにしている」


 半分本当、半分嘘である。そのような報告はないが、常識的に考えれば帝国工作員は紛れ込んでいるだろう。それを捕まえて貰うというのはここに残らせる大義名分となり得た。


 クロエは納得したようだが、もうひとついいたいことがある、と言ってくる。俺はどうぞと許可をする。


「実はこっちのほうが重要なんです」


 とクロエは真剣な表情をすると、こう言った。


「この街には温泉があるのです。おひいさまと一緒に浸かりに行ってください」


 にこにこと小悪魔のように言うクロエ。

 すでにタオルとシャンプー、バスローブなどが用意されている。

 有無を言わさぬ態度でそれを渡されると、温泉浴場のチケットも。

 なかなかに策士である。

 俺が断れないように嬉々とした姿で待機している姫様の存在も告げてくる。


「もしもいかないと言ったら、おひいさまはさぞしょんぼりされるでしょう」


 などとも言われる。

 完全に追い込まれ、策にはまっているわけであるが、悪い気はしなかった。


 戦場で敵に打ち負かされるのは厭だが、日常生活においては他人に騙されるのも悪くはない。ましてや相手の善意から出ている策略、いや、サプライズに驚くのは、人生を楽しむコツであろう。


 そう思った俺はクロエからお風呂セットを受け取ると、そのまま温泉に向かった。

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