尾行
サキの森で氷を張り、そこにオーガを誘い込み、氷を割って溺死させる。
単純だが、最良の策でオーガを倒すと、そのままドオル族の村へ帰還する。
エルフたちは自分たちの村に帰って貰う。
「エルフをドオル族の村に連れて行かないのは理由があるのか?」
ルルルッカは尋ねてくるが、彼女には正直に話す。
「エルフは戦争に向かない。心優しい種族だから」
「なるほど、たしかにやつらは俗世の争いには興味がない。ましてやタイタン部隊と戦うなどありえない」
しかし、と彼女は続ける。
「それはドオル族も同じだ、とは思わないのか?」
「思わない、と言ったら自信満々過ぎるかな」
「勘違いイキリ野郎の称号を与える」
「だろうな。しかし、この短い間だが、君らと行動して分かった。ドオル族はやはり世間の評判通りの一族だ。誇り高く、勇敢だ。どんな窮地にも臆さないし、義理堅い」
「褒め殺しか」
「事実を言ったまでだよ」
「有り難い。まあ、その通りだし、時間が勿体ないから言うが、少なくとも我は協力するぞ。一傭兵としてお前に協力する」
「本当か?」
「ああ、我々としてもエルニア軍が負けてアストリア軍が進駐してきたら困るからな。やつらがこのバナの森の独立を保障してくれるか未知数だ」
「つまりドオル族の独立を守るため、戦ってくれるのか?」
「ああ、我とその部下はな」
にこりと微笑むと彼女は抱擁をしてくれる。そのまま暗がりに連れ込もうとするのはご愛敬であるが、丁重にベットインを断ると、彼女は本音を言う。
「協力するからには、ドオル族の件、しっかりと頼むぞ」
「分かっている。それは姫様の名誉に賭けて」
「ならば大丈夫だな」
と笑うと、姫様が補足する。
「お任せください。わたくしの目が黒いうちはエルニア政府にもエルニア軍にもこの森には手出しをさせません」
「有り難い。お姫様の言葉には千金の価値がある」
そう言うとルルルッカは微笑んだ。
さて、このようにしてルルルッカの協力は取り付けられたが、案の定、それ以外の協力は簡単には取り付けられない。特にドオル族の族長ウルマイットの首を容易に縦に振ることはなかった。
それはルルルッカの見立て通りであったし、俺自身、そこまで期待していなかったので、失望はしなかったが、落胆したのはたしかだ。森の脅威を取り除いたのだから、全面的に協力してくれると思っていたのだ。
シスレイアにそのことを正直に話すと、彼女はにこにこと言った。
「それは仕方ありません。族長はこの森の指導者です、容易に首を縦には振れないのでしょう」
彼女は族長の立場が痛いほど分かるようだ。
「まあ、そうだよな。ルルルッカとその部下の協力を得られるだけでも有り難いものだ。最強の傭兵一族の最強の戦士が加わってくれた」
「そのようにプラスに考えましょう」
と言いバナの森を旅立とうとしたとき、族長の使いがやってくる。
彼は言う。
「……オーガを倒してくれたことは嬉しいが、ドオル族の指導者として村を挙げて協力することはできない」
その言葉は想像通りなので怒りはしない。むしろ感謝の念を伝えると、使者はこう付け加える。
「……しかし、わしも寄る年波には勝てない。引退をしようと思っている」
「引退だって!?」
その言葉に一番驚いたのはルルルッカだった。
「父上はまだまだこの森最強の存在。まだまだ戦えるはずだ」
娘の抗議に使者は冷静に答える。
「――と娘は言い張るだろうが、それでも歳は歳だ。ただ、引退はするが誰に族長の座を譲るかは決めていない」
「族長の娘さんであり、一族最強のルルルッカ様が継ぐのではないのですか?」
シスレイアは不思議な表情を浮かべるが、その疑問は当然でった。俺はもちろん、クロエもそう思っていた。もしかしたらルルルッカ自身もそう思っていたのかもしれないが、その疑問を氷解させるため、伝令は族長の言葉を伝える。
「ドオル族を継ぐものは、ドオル族で一番強く、ドオル族で一番賢く、ドオル族で一番、義理堅いものだ。それを証明せよ。ドオル族の族長になりたいものはエルニアの姫君のもとにはせ参じ、巨人を討伐せよ」
その言葉で皆が察する。
族長の器の大きさを。彼の意図を。
ウルマイットはこう言っているのだ。
ドオル族の族長としてエルニアには協力できないが、ドオル族個人はエルニアの姫様に協力する、と。部族全体で協力するのではなく、傭兵として個々人が協力すると言っているのだ。
それはもしもアストリア帝国がこの森を支配したときの方便となる。
ドオル族はエルニアに味方しなかったと言い張ることができる。
逆にエルニアに対してはドオル族は姫様に味方する、という政治的なメッセージとなる。
なかなかに老練で政治的な手法を用いてきたのだ。
(武人のような見た目だったが、なかなかに政治家でもあるらしい)
それはその逆よりもいいことであった。
それに結局、ドオル族のほとんどが味方してくれると言うことは変わりなかった。
今回のオーガ討伐で姫様に感じ入ってくれたほとんどのドオル族はその指揮下に加わってくれたのだ。要はオーガ討伐隊はそのまま姫様の傭兵となってくれた。
強力な傭兵を支配下に置くことができたのである。
それはとても有り難いことであった。
俺は改めて姫様を見つめる。
彼女の美しさよりもそのカリスマ性に感嘆するとそのまま森をあとにする。
今は彼女に見とれているときではなかった。
それよりも今、必要なのはエルニア国内を南進している天秤師団と合流することであった。
当初の目的を果たすことだった。
おそらくではあるが、天秤師団は南進をし、タイタン部隊と対峙している頃だろう。
もとよりそういう作戦で、その隙を突いてタイタン部隊の横腹を突くというのが俺たちの作戦だった。
俺は改めてその作戦の詳細をルルルッカたちに説明すると、彼女たちはこくりとうなずく。
「分かった。そうする。というか、それしかないだろうな、強大なタイタン部隊に打ち勝つには」
ルルルッカものその作戦に全面的に同意してくれるが、苦笑も漏らす。
「完璧な作戦だと思うが、我らが協力しなかったらどうしていたのだ」
「確かにそうです。もしも我らが味方しなかったら負けます」
クロエも追随するが、俺はのほほんと言った。
「そのときは素直に負けるさ。即座に天秤師団を撤退させる。犠牲は最小限にする」
「それでは国王陛下の命令が果たせません」
「そんときはそんときだな。そもそもたったの一個師団でタイタン部隊を壊滅させろ、というのが土台無理な話なんだ。撤退しても誰も笑いものにはしないよ」
「ですが、命令を成功させなければ姫様の立場が」
「姫様の立場が悪くなったら、姫様を亡命させる。俺は彼女とこの国を改革し、この国に平和をもたらす約束をした。しかし、別にそれは姫様に王位を継がせないでもできる。アストリア帝国にこの国を征服させ、悪しき政府と軍部、王族を一掃させてから、解放軍としてこの国に帰ってくることもできるんだ」
その豪胆な考え方に、シスレイアも含め、全員が、驚愕の表情浮かべている。
「俺は大胆なことを言っているようだな。しかし、真正面から戦ってすべての戦いに勝とうというほうがよっぽど虫がよくないか? これから姫様は帝国軍、それにこの国の内部の腐敗、それに終焉教団という巨悪と戦う。いくつかの戦いに負けるかもしれない。問題なのは負けることを厭うのではなく、負けたあと、どうするか、だ。負けたって最終的な平和が得られるのならばいいじゃないか」
その言葉にあっけにとられる彼女たちであったが、最初に同意してくれたのは他ならぬ姫様であった。
「……たしかにその通りです。なにも犠牲にせず平和を得ようというのは虫が良すぎるのかもしれません。我々が負ければ民が困ることになるでしょうが、勝てば勝ったで困るでしょう。この国を改革するとき、必ず騒乱になるからです。しかし、それを忌避すれば、百年の平和は得られません」
「そういうことだ。大事の前の小事ってやつだが、ただまあ、今のところ『負ける』心配はしなくていい」
「つまり、タイタン部隊を打ち払う勝算がおありということですね」
「そうだ。シスレイア姫の軍師、レオン・フォン・アルマーシュは勝算のない戦いはしない。必ず主の期待に応える男だ」
そう言うと俺はルルルッカの方向へ振り向く。
「ルルルッカ、俺と姫様は一足早く天秤師団の本隊と合流するが、お前たちにドオル族の傭兵の指揮を任せられるか?」
彼女はその役目に私たち以上の適任はいようか、という顔をしたので、そのまま部隊の指揮を託す。
「それじゃ、俺と姫様は一気に森を抜けるか」
そう漏らすとそのまま森を抜ける。
ふたりは最短距離で森を抜けるルートを選ぶ。
さて、ここまでは完璧な計算のもとに作戦は進んでいるが、ひとつだけ不安要素があった。
天秤師団を南進させる ドオル族に協力を取り付け、その横腹を突かせる。
完璧な作戦であるが、不安要素がひとつだけあった。
俺の勝利の青写真になかった人物がひとりいるのだ。
それはオーガの巣穴で出会った黒衣の男だった。俺を窮地から救ってくれた男だ。そもそもあの男がいなければ俺はここにはおらず死んでいたというのが正直なところだった。
それはまあいいというか、逆にとても有り難いことなのだが、問題なのはその黒衣の男が俺と姫様を尾行しているということであった。
これに気が付いているのは俺だけのようである。
「…………」
さて、敵意はないようだが、どうするべきか。
俺は少しだけ迷っていた。




